第2話 また、会いたかった

身内以外で普通に接することができた、数少ない友だち。

そして身内以外で普通に接してくれた、数少ない友だち。

それが魁界人くんだった―――。


「ホントに来たんだな、おまえ」

「約束ですから」

「いいや、おまえと“約束”なんかしてねえ」

「ええっ?そっか。じゃあ・・“宣言”したし!」と言った界人くんに、父さんは鼻を鳴らして応えただけだった。


「父さん」

「はいはい、こいつを“イジる”のはもう止める。で、どうする?雅希。こいつらと一緒に帰るか?」と父さんに聞かれた私は、界人くんと一緒にいる女生徒一名に、視線を向けた。

だから返事するまで少し間ができたけど、結局私は「うん」と答えた。


「もち俺も一緒に帰る!」と名乗りを上げた忍に、「そうしてくれ。なんかあったとき、おまえがいると助かる」と、父さんは言った。


「おまえたち、一緒に住んでるしな」

「父さんもでしょ」

「ついでに言えば、新伯父さんも」

「おいおい俺って“ついで”な存在!?いまだに?それとも今更?」

「さあな。じゃあ父さんは先帰っとくぞ」

「うん。あとでね」

「おう。今日は寄り道せずになるべく早く帰ってこい」

「うん」




「にしてもひっさしぶり~!界人くん!」

「9年ぶりだもんな」

「最初パッと見たとき、一瞬誰だっけって考えた」

「私も」

「まーちゃんには実際“誰”って言われた」

「まーの超ストレートキターッ!けどまーがそう言ったのも分かる。おまえ見た目超変わったし。めっちゃ背ぇ伸びてんじゃん。今俺と同じくらいじゃね?」

「先月測ってもらったとき、182だった」

「マジ!?おまえも“イッパニ”キタ!?」

「うん。まだ成長止まんね」

「三人の中で界人くんが一番背低かったんだっけ」

「そーそー。そして」

「三人の中で俺が一番デブで、トロくてドンくさくて。スポーツは何をやっても下手で苦手だった」

「えっ?ホントに!?」

「ホント。だから俺はいっつもいじめられてた。あの頃の俺は典型的ないじめられっ子の成りしてたから、いじめっ子たちには恰好のターゲットに見えたたんだろうね。そこをいつも忍くんとまーちゃんがやっつけてくれてさ」

「へえ。今の界人くんからは想像できない・・・」

「そういえばあなた誰。私まだ名前聞いてないよね」

「あっ、そうだった!えっと。私、佐渡真珠さわたりしんじゅと言います」

「真珠ちゃんも、俺と同じ高等部からの編入組で同じクラスメイトだよ」

「そう。神谷雅希です。よろしく」

「こちらこそよろしく、です!」

「で、佐渡さんは界人くんとつき合ってるの」

「まーの超ストレートまたキターッ!」

「えっ!?なな、なにを・・・!?」「いやいや!俺たちはそういう関係じゃないよ!」

「でも仲良いね」

「そりゃあ、まあ・・」

「別にいいじゃんか、つき合っても。実際お二人さんは似合いのカップルだぜ」

「いやホントに違うの!もうこうなったら言っても良い?ていうか、そのうち言うつもりだったし。界人くんも誤解されたままじゃイヤでしょう?」

「まあ、真珠ちゃんが言ってもいいなら俺が言おうか」

「どうぞ!ズバッと言っちゃってください!!」

「じゃあ。えっと・・真珠ちゃんは、俺の兄ちゃんの婚約者なんだ」


私たち四人は、その場に立ち止まった。


「界人くんにお兄さんなんていたっけ。初めて知った」

「俺も!界人くんの兄ちゃんには会ったことないはず」と言う忍に、私は頷いて同意した。


「だろうね。正確には“いとこの”兄ちゃん。父さんのお姉さんの息子なんだ」

「なるほど~。じゃあ俺とまーみたいな関係ってことだな!」

「私たち、同い年じゃん」

「あ、そっか。じゃーいち兄ちゃんとまーみたいな関係?」

「そうだね」と言った界人くんに、私は「ちょっと違うんじゃない?」と異議を唱えた。


「確かに一兄ちゃんは私より年上だけど、栄二叔父さんは私の父さんの“弟”で、“お姉さん”じゃない」

「えー!?それじゃあまーで例えられるいとこはいねえじゃん。頼雅らいが伯父さんは長男だから」

「まぁまぁ。“いとこ”という関係は当たってるということで。二人とも、話続けていい?」


いつも明るくてテンション高い忍は、その場を盛り上げるボケ役で、口数が少なくて無愛想な私は、(主に忍に)ツッコミ入れてバッサリ斬る係。

界人くんは私たちを上手にまとめる、チームリーダー的な存在。

三人それぞれの役割を、自然と忠実・的確に(義務感や演技ではなく)果たすことができる私たちは、出会ってすぐ仲良くなり、友情の絆を育んでいった。

私は忍と界人くんと一緒にいると安心するし、つい顔がほころんでしまう回数が増える。

界人くんはそれを「笑顔になる」と言ってたっけ。


そして9年ぶりに再会した今、私は「いいよ」と言いながら顔がほころび・・界人くんが言うところの「笑顔になって」いた。

だって私たちには9年のブランクがあったのに、再会してすぐにまた、9年前と変わらない役割を自然に果たしていたこと。

そして9年連絡を取ってなくても、私たち三人の仲の良さは変わってなかったことが嬉しくて、つい・・・。


「おうよ。大体なんで界人くんは、そのいとこの兄ちゃんと一緒に暮らし始めたんだ?」

「それより“いつから”でしょ」

「ええっと、6年前になるのかな。俺が9歳のときから」

「じゃあ界人くんがアメリカ行ってたときからってことか」

「うん、まあそういうこと。だから二人が飛鳥兄ちゃんのこと知らなくても当然だけど、アメリカで暮らしてたのは2年間だけだったから、そのときにはもう日本に戻ってたんだ」

「そうだったんか!じゃあなんで俺らに連絡しなかったんだよコノヤローッ!」

「戻ったのは東京じゃなかったから・・」

「あっ、そうなんか」

「うん。だから連絡しなくてごめん。そのころはまだ、スマホも持ってなかったし」

「だよなぁ」

「しかたないよ」 

「だったら今すぐ番号交換しよーぜ!忘れないうちになっ」

「あ、うんっ。もちろん!ぜひ!」


もしかしたら界人くんは、そう言われると思っていなかったのか。

そのときは珍しく、テンションが高くなっていたような気がする。


「これを機会に俺のことは“しのぶ”と呼んでくれや」

「うん。じゃあ俺のことも“かいと”でいいよ。まーちゃんもね」

「なに」

「だから、俺のことは“かいと”って呼んでほしいって話。くんづけなしの呼び捨てで!」

「あぁうん、分かった」

「えっと、これからはまーちゃんのこと、その・・・俺も名前で呼んでいい、かな」

「別にいいけど。なんで照れてるの」

「いや別にそんな俺、照れてないし!」

「あ、そう」


そういう、あたふたしている界人・・の姿を見るのも珍しいことだったせいか、私の顔はまた、ほころんでいた。


こうして私たちは、再会してすぐにお互いの番号を交換し合った。

9年前と違うのは、佐渡さんというメンバーが増えたこと。


「えぇ!?私も良いの!?」

「もち。界人の身内なんだろ?ってことは俺たちの友だちじゃんか」

「あ・・ありがとう。あの、私のことも名前で呼んでほしい・・な」

「真珠?」

「わ・・」

「珍しい名前だな」

「でもキレイ。宝石の名前だし。私は“佐渡さん”より“真珠”のほうが好き・・なんで泣きそうな顔してるの」

「嬉しくて、つい。感激してるの!」

「真珠という名前は、あなたに似合ってる」


真珠のように純粋な心と波動を持ってる優しい女性。

確かに私はそう思ったし、そう感じた。


「で、界人は今、どこに住んでんの?前住んでた家?」

「いいや。今は玄武岳げんぶだけに住んでる。兄ちゃんたちの家に間借りさせてもらってるんだ」

「そっか。ま、神谷家がある上神楽坂かみかぐらざかとは方向が反対になっただけで、距離的にはまだ“ご近所さん”と言えるな。ギリもギリだが」

「界人は真珠と飛鳥さんと一緒に暮らしてるんだ」

「えっ?そっち?てことはちょっと待てよ?おまえの両親はどうした」

「まだ宮城にいる」

「宮城!?そりゃあ遠いところに住んでんな~」

「うん。“気に入った”んだって。それでアメリカから帰国して以来、ずっと宮城にいるよ。でも俺は高校の3年だけでもいいから、どうしても慶葉に行きたかった。それで両親に何回も説得を試みた結果、兄ちゃんのところに居候させてもらうことを条件で、父さんと母さんは俺が慶葉に行くことをやっと許してくれたんだ。とは言っても、二人を説得できたかどうかはいまだに分かんねえし、俺のせいで兄ちゃんと真珠ちゃんの二人暮らしを邪魔してることは申し訳ないと思ってる。ごめんな、真珠ちゃん」

「だからね、それは気にしないでいいって言ってるでしょ!私たち家族なんだよ?」

「それよりさ、なぜに界人は、そこまで慶葉に入りたかったん?」

「それは・・・会いたかったから。まーちゃ、雅希に」

「え?」

「また、雅希に会いたかった」

「あ・・・そう」

「ねえ俺は?俺!」

「あ、うん。もちろん、忍にも会いたかった」

「なんか、取ってつけたような言いかただったが、まぁいいや。俺たち同じ特進クラスになったことだし。また仲良くしようぜ!」

「うん!」


「じゃあ俺らはこっちだから」

「うん・・・あのさ、これからうちに来ないか?そのー、再会初日記念ってことで」

「今日は止めとく」

「一応倒れそうになったしな、まーは」

「あぁそうだった!ごめん、何も考えずについ誘ってしまって」

「私が倒れそうになったことは別に考えなくていいよ。“一応念のために”今日は止めといたほうがいいと思っただけだから」

「じゃあ、“近いうちに開催”ということで。どうかな」という真珠の提案に、男二人は即「賛成~!」と言い、私は頷いて同意した。


「じゃ~な~」「また明日ね~」と言いながら、お互い住む家へと向かい始めたとき、「雅希!」という界人の低い声が、私を呼び止めた。


「なに?」

「また・・また明日から一緒なっ」

「うん。界人」

「なに?」

「誘ってくれてありがとう。真珠も」

「あ・・・明日!明日開催しようよ!みんな、明日の予定は?」

「俺は大丈夫。空いてる!」

「俺も!」

「私も」

「じゃあ“善は急げ”ということで。明日の放課後、うちに集合だよっ!」


魁界人くんは、幼いときから身内以外で普通に接することができる、私の幼馴染。

そして界人は、身内以外で普通に接してくれて、私に「また会いたかった」と言ってくれた数少ない私の友だち。

界人と9年ぶりに再会したその日から、身内以外で普通に接することができて、私に普通に接してくれる数少ない女友だちが、一人増えた。 

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