ワケアリ不動産へようこそ!

junhon

第1話 ジバク霊 その壱

「なんて読むんだ? ワケアリ? ブンユウ?」

 

 俺は頭上の看板を見上げて呟いた。そこには「分有不動産」と書かれている。

 

 しかし、その疑問はすぐに解消した。

 

 自動ドアをくぐれば「いらっしゃいませ! ようこそワケアリ不動産へ!」と元気な声が俺を迎える。

 

 カウンターの女性がにっこりと微笑む。二十代後半くらいの美人だった。

 

「こんにちは。あの、部屋を探しているんだけど」


「はい、承りました。わたくし吉沢と申します。よろしくお願いいたします」


「あ、はい」


 そう答え、俺も自分の名を名乗る。

 

「まずはご希望をお聞かせ願えますか?」


「そうだな……広くて綺麗で駅とコンビニが近くにあって、家賃が安い所がいいな」


 俺は無理難題をふっかける。だがこれも交渉術だ。本来の狙い所より上を提示することで、こちらに有利となる譲歩を引き出すのだ。

 

「そうですね……ここなんかがピッタリですが、いかがでしょうか?」


「……え?」


 俺は差し出された書類を見て目を丸くした。俺の無茶振りを見事にクリアし、家賃は一万円!?

 

「な、何でこんなにいい物件が?」


「はい、実は……ちょっとワケアリでして……」


 そう言いながら、吉沢さんは俺を値踏みするかのように見るのだった。

 

       ◆


「こちらになります」


 俺はその部屋へと案内してもらった。立地良し、間取り良し、日当たりも良しのものすごくいい部屋である。

 

「では、とりあえずお試しということで、一晩過ごされてみて下さい」


 そう言って、鍵を渡した吉沢さんが部屋を出て行く。

 

 テレビにベッドなど、生活に必要なものは一通り揃っているようだ。コンビニ弁当で夕食を済ませ、シャワーを浴び、ビールを飲みながらテレビを観る。

 

「ふぅう……」


 酔いが回ってきたし、そろそろ日付が変わる頃だ。寝ることにしよう。

 

 歯を磨き、ベッドに入った俺は吉沢さんの言葉を思い出す。

 

『この部屋、出るんですよ。……ジバク霊が』


「ふん、馬鹿馬鹿しい……」


 俺は神も幽霊も信じちゃいない。そう呟いて瞼を閉じた。

 

       ◆

 

 ブゥオオオオオオ!

 

 エンジンの音らしき騒音に俺は目を覚ました。

 

「……え!?」


 俺の目の前には青空が広がっている。そして眼下には青い海。そんな風景が ガラス越しに見えた。

 

「え、え、え!?」


 ベッドで寝ていたはずの俺の身体は、なぜか窮屈なシートに収まっている。そして俺の前にもシートがあった。

 

 わけが分からないが、どうやら飛行機――いや、戦闘機のコックピットのようだ。

 

「お国のために! うぉおおおおおお!!」


 戦闘機を操縦する前の男が、そう叫びながら海に浮かぶ大きな船――空母に突っ込んでいく。

 

「お、おい!? 何する気だ!? やめろ! おい!」


 しかし、俺の言葉は男には届かない。

 

 空母の対空機銃に傷付きながらも、俺と男が乗った戦闘機は特攻する。そして俺は爆発に飲み込まれる。

 

「うわぁあああああ!!」


 俺はそう叫びながらベッドから跳ね起きた。

 

「……夢」


 俺の身体はちゃんと今日案内された部屋にある。

 

 だが心臓は破裂しそうに脈打ち、酷い寝汗を掻いていた。

 

「なんて夢だ……まったく」


 もう一度シャワーを浴び、再び俺はベッドに横になる。

 

 しかし、眠りに落ちると――

 

 ブゥオオオオオオ!

 

 あのエンジン音が聞こえてくるのだった。

 

       ◆

 

 翌朝、俺は再び分有不動産を訪れた。

 

「いらっしゃいませ! あら、酷くお疲れのようですわね?」


 俺とは対照的に元気はつらつの吉沢さんが、そう訊ねてくる。

 

 夕べは眠りに落ちるたび、繰り返し繰り返しあの夢を見て、ほぼ眠れていない。

 

「吉沢さん……あの部屋に出る幽霊って……」


「はい、自爆・・霊でございます」


 そう言って吉沢さんはにっこり微笑むのだった。

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