第30話

 そう言うと六花は、瑞貴と茜の正面に座りこむ。


「まぁ正直、やめといた方がいいと思う。相性とか以前に、単純に遠竹はナヨナヨしてるし。外見も正直、好みじゃないし。お人好しそうな性格も、ちょっとなあ」

「そ、そうですか……」 


 ちょっと悲しくなってきた瑞貴の気持ちを察した膝の上の茜が、手を伸ばしてよしよしと撫でてくれるのが、瑞貴には更に悲しかった。


「まあ、それでも。遠竹自身が力を貸してほしいっていうなら、考えない事も無い。名前の礼もあるしな。それでも気がすまないってんなら、アタシをこっちの世界に招待とやらをすればいいさ」


 瑞貴は、考える。

 六花は、呪いの剣だ。

 それが一体どういうものなのかは分からないけど、きっと強いのだろう。

 そんな人が、力を貸してくれるかもしれない。

 瑞貴は先程、琴葉に弾き飛ばすと答えたが……それでは、完全な解決になっていないことは分かる。

 赤マントはどこかで、完全に倒す必要がある。その為には……力が必要なのはわかりきった事だった。


「六花さん。僕に、力を貸してくれますか?」

「何の為に?」


 六花の問いかけは赤マントを倒す為とか、そういう事を求めているのではない。 何の為に赤マントを倒すのか、ということなのだろうと瑞貴は理解する。

 だから瑞貴は、こう答える。


「僕の為です」

「へぇ?」

「そいつに、殺されたクラスメイトがいます。そいつに、殺されるかもしれない人がいます。僕も、殺されるかもしれない。でも、殺されたくない。僕は……茜と、皆と過ごす日々を、守りたいんです」


 茜が来てから、瑞貴の生活は少しずつ変わっていった。

 退屈な日常は、少しずつ色が増えるように賑やかになっていって。

 静かだった遠竹家にも、思い出が増えていく。

 まだまだ、これからやりたいことが、瑞貴にはたくさんある。


 まだ、三日しか過ごしていないのだ。

 三日では、足りない。


「だから、お願いします。僕に、力を貸してください」

「いいね、いいじゃないか」


 六花は、瑞貴の肩を叩いて爆笑する。

 甘酸っぱい、と六花は思う。

 人の死を前にすれば、大抵の人間は正義か復讐を第一目的に掲げる。

 過去に六花を扱った人間はそうだったし、それを果たした人間は別の欲望に身を染めた。

 欲望を食料にする六花にとって不快な生活ではなかったが、ドロドロとした欲望に食傷気味だったのは事実だ。

 それに比べたら、女の子と一緒に居たいから戦うと宣言する瑞貴の欲望の、清々しい味ときたら。


「中々イイぜ、遠竹。ナイスな欲望だ。人間、そうじゃなくちゃな」


 たまらない、と六花は思う。

 実にたまらない。鮮烈で、新鮮で、瑞々しい欲望。

 それを手の中で形にすると、青リンゴとなって六花の手の中に現れる。

 瑞貴はそれを見て、影法師の時の事を思い出す。

 思わず膝の上の茜をぎゅっと抱きしめるが、茜は然程強い反応を見せなかった。


「遠竹君は、欲望の塊ですからね」

「ミズキは、ちょっと思春期をこじらせてるだけ。酷い事言うな」


 茜が六花に襲い掛からなかった事実への安心と、何気にけなされている事への落ち込みで複雑な表情を浮かべる瑞貴の肩を、六花が強く叩く。


「いいぜ、気に入った。力を貸してやるよ、遠竹。条件付きで、だけどな」

「条件、ですか?」

「おう。遠竹の特訓とやらは手伝ってやらん。つーか向こうに帰る」


 疑問符を浮かべる瑞貴から手を離し、六花は立ち上がる。


「遠竹はさ、アタシをこっちに呼べるんだろ?」

「あ、はい」

「使いこなせとは言わねえよ。土壇場でアタシを活用してみせろ」


 つまり、それが六花が瑞貴に力を貸す条件だ。

 大概の伝承では意思持つ武器は使い手に試練を与えるというが、それは呪いの剣である六花も例外では無い。


「遠竹。前に見せた剣の姿と、この姿。どっちを呼ぶかも含めて、その場で判断しな」


 そう言うと、六花は身を翻して。

 部屋のドアを開けて、ピタリと立ち止まる。


「……つーかさ。どうやって帰ればいいんだ?」

「え? どういうことですか?」


 こっちに来たのなら、ダストワールドに帰れるのではないか。

 そんな事を考える瑞貴の顔を、茜が見上げる。


「ミズキ。こっちの世界から、ダストワールドは見えないの。当然帰り道も、こっちから見る事はできない」


 ああ、一方通行なのかと瑞貴は納得する。


「ほら、遠竹君。特訓の時間ですよ? 人型のものを向こうに弾き飛ばす特訓ができて、よかったですね?」


 琴葉は、椅子の上で脚を組んで……さも楽しそうに笑っている。

 その様子を見て、瑞貴は納得する。

 琴葉は、最初からこの流れに帰結する事が分かっていたのだ。

 茜がやけに冷静だった理由も、その辺なのかな、と考える。


 そう思って瑞貴が茜の顔を見下ろすと、茜も瑞貴の顔を見上げてニヤニヤと笑う。


「ぐ……ぬぅ。てめえ、この化け狐……アタシをからかって遊んでやがったな?」

「言葉遊びはこっくりさんの得意技ですからね」


 サラリとかわす琴葉と、悔しそうに歯ぎしりする六花。

 そうして始まった特訓ではあったが、いざやってみようとすると中々上手くいかない。

 唸ったり睨んだりする瑞貴を変なものを見るような目で見ていた六花もやがて飽きたのか、座り込んでぼけっとし始める。

 そうして、時間だけがどんどんと過ぎていき。

 アクビをしていた六花が、思い出したように瑞貴の方へと向き直る。


「ああ、そうだ遠竹。思い出したよ」

「思い出した?」

「おう。赤マントの居場所。アタシ、こっちに来る前に見たわ、そういえば」


 その言葉に、部屋の空気が変わる。

 赤マントの居場所を、知っている。

 その事実は、重大な意味を持っている。


「学校の屋上で見たぜ。昨日あたりからかな? ニヤニヤしながらこっちの世界覗いててよ。気味悪かったなあ」


 学校の屋上。

 昨日の学校の屋上に、何があったか。

 誰が、何をしていたか。

 赤マントが覗いていたのは、何なのか。

 その事に思い至った瑞貴は、蒼白な表情で茜を見る。


「茜……まさか」

「……ごめん、ミズキ。私のミスだ」


 瑞貴と茜は、顔を見合わせる。

 昨日の学校の屋上。

 それは、瑞貴と茜が約束をした場所だ。

 その場所に赤マントがいて、こっちの世界を覗いていたということは、二人の会話が聞かれていた可能性も高いということだ。

 ならば、必然的に。


「ミズキの力が、赤マントにバレてる可能性が高い」


 琴葉はそれを聞いて、表情を険しくする。

 瑞貴の力がバレているという事は、赤マントが瑞貴を狙ってくるという事だ。

 それは危険ではあるが、同時に瑞貴以外は狙われないという事でもあるはずだ。 ならば、被害が拡散する危険性はない。


「それでも、やる事は変わらないよ。むしろ、赤マントを見失う可能性が少なくなるって事だよね」

「そうですね。それに、偶然屋上に居たとも考えられません。そこに、こちらへ来る為の道が開くと考えていいでしょう」


 琴葉の言葉に、瑞貴も強く頷く。


「六花さん。屋上からの道が開きそうな時間は分かりますか?」

「知らね。でもまあ、見た感じ明日の夜には開くんじゃねーの?」


 明日の夜。

 その時間に、赤マントはこっちの世界にやってくる。

 なら、逃がすわけにはいかない。

 赤マントを見失う前に、決着をつけなくてはいけない。

 そう、瑞貴達がやることは一つだ。


「迎え撃つつもりか?」


 六花の言葉に、瑞貴達は沈黙で返す。

 その意味を受け取って、六花は肩をすくめて見せる。

 自分でもそうする。

 そう思うからこそ、言葉では返さない。


「……明日」


 学校の屋上。

 赤マントと戦う事を決めた、その場所で。

 望む日常を賭けた戦いが始まる。

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