第15話

 学校から自宅の帰り道を、古沢夕は歩いていた。

 瑞貴達とは反対方向の、比較的新しい住宅が立ち並ぶ区域だ。

 所謂建売住宅が多いせいか、似たようなデザインの家ばかりが並ぶ光景は奇妙なようにも、整然としているようにも見える。

 どれも人が住んでいるはずなのだが、挨拶したこともなければ住民の顔が全く分からないのも……まあ、現代的な生き方と言えるのだろうか。

 そんな理由で近所付き合いと言えるほどの近所付き合いも古沢家にはないが、それでだろうか。

 幼馴染で家が近所同士という瑞貴達に初めて会った時、夕には物凄く眩しく見えたのだ。

 最初は、目で追うだけ。

 自分にもあんな関係の子がいたらなあ、と思う程度。

 別にいなくても友達はいるし、ない物ねだりをしても仕方が無い。

 その程度のはずだった。


 ……はたして、きっかけはなんだったのか。

 班分けでたまたま同じになって話したからだっただろうか。

 それともたまたま、笑顔を見たからだろうか?

 それとも、それとも。

 考えてみても「これだ」というのはないし、あるいは全部なのかもしれない。

 けれど、気付けば夕は瑞貴を視線で追うようになっていた。

 積極的に話しかける理由も勇気もない。

 ただ、視線で追うだけ。

 それ以上の理由を自分の中で持っていなかったというのもあるだろう。

 あのまま何も無ければ、「ちょっと気になる男の子」で終わっていた可能性すらある。


 そうでなくなったのは、食堂での一件だろうか。

 あの時、瑞貴達と会話して。

 なんとなく、瑞貴をフォローして。

 その瞬間に、気付いてしまった。

 ああ、好きなんだ……と。


 恋に気付くと顔も見れなくなるとかいうけれど、そんなことはなかった。

 夕自身の中にあった色んな気持ち全部に、ストンと納得がいってしまって……今度は、もっと貪欲になった。

 どうすれば、もっと話せるかな。

 どうすれば、もっと見てもらえるかな。

 どうすれば、もっと仲良くなれるかな。

 どうすれば……好きになってもらえるかな。

 

 色んな感情と、色んな気持ち。

 いつも一緒に騒いでいる小島君が羨ましい。

 いつも自然に隣にいる霧峰さんが羨ましい。

 いつも……だったか記憶が不鮮明だけど、自然にくっつける紅林さんも羨ましい。

 羨ましくて、妬ましい。

 どうして自分はあの場所にいないのかという、ちょっとだけ理不尽な感情。

 口に出したい感情も、口に出せない感情もたくさんある。

 それが全部合わせて「好き」なんだということを、夕は理解した。


「……ふふ」


 でも、今日の夕は恋を自覚したスペシャルな夕なのだ。

 昨日までの夕とはモノが違う。

 何しろ、いつもにも増してぼうっとしていた瑞貴からスマホのメールアドレスを聞き出してしまったのだ。

 あのまま放課後までぼうっとしていたのは心配だったが、先生も耕太達を除く他の誰も瑞貴を気にもしていなかったのが、少し気になった。

 授業中もそうだが、まるで「そこにいない」かのような扱い方をしているのだ。

 出席はとっているからいることは認識しているのだろうが……。


「まさか、いじめ? え、ええ!?」


 夕は思わず立ち止まって、学校のほうへと振り返る。

 そんな兆候などなかったはずだが、夕の知らないところでいじめが進行していたのだろうか。

 いや、でも……まさか。

 やはり帰れという紅林さんに抵抗してでも残るべきだったのだろうか。

 しかし、今更帰っても、もう居ないかもしれない。

 けれど、心配だ。

 心配で心配でたまらない。


「ど、どうしよう……心配だよう」


 オロオロとする夕は、突然ハッとしたように手の中のスマホを見る。

 そうだ、私にはこれがあったじゃないか。

 そう気付いて、夕はスマホのメッセージアプリの画面を開く。

 リストから瑞貴のものを選び、メッセージ作成。

 なんか皆でそういう流れになった時に交換したものの、ずっとメッセージを送れていなかった。


 遠竹くんへ。

 初メッセージがこんなのでごめんなさい。

 でも、どうしても気になっちゃいました。


 今日はずうっと、ぼーっとしてたみたいだけど……何か悩みでもありましたか?

 気のせいだったらごめんなさい。

 ノートもいつも通りしっかりとってたみたいだから、私の気のせいかもとは思うんです。

 でも、もし何か悩みがあるんだったら是非相談してください。

 遠竹くんが私をどう思ってくれているか分かりませんけど、私は友達のつもりですから。


 一心不乱に文面を打って、そこでピタリと夕は手を止める。


「……これはちょっと……初メッセでこれはやりすぎだよね。私何様って感じだよ。ていうかストーカーみたい。うう……」


 文面を全部消して、書き直す。


 遠竹くんへ。


 今日はちょっと元気なかったみたいですけど大丈夫ですか?

 ちょっと心配です。

 悩みでもあるなら、私でよかったら聞きます。

 折角お友達になったんですから、遠慮しないでくださいね。


「ダメダメ、まだ図々しいよ!」


 遠竹くんへ。


 今日はちょっと元気なかったみたいですけど大丈夫ですか?

 ちょっと心配です。

 風邪とかには気をつけてくださいね。


「ううー……鈍感で気の利かない人みたい」


 遠竹くんへ。


 今日はちょっと元気なかったみたいですけど大丈夫ですか?

 ちょっと心配です。

 気にしすぎだったらごめんなさい。


「む、むむう……」

 

 この程度が無難だろうか。

 なんとなく納得いかないものを抱えながらも、夕はメッセージを送信する。


「返信……くるかなあ」


 スマホをぎゅっと抱きしめて、夕は夕焼けで赤く染まり始めた帰り道を歩き始めた。

 既読はまだ、ついていない。それでも、何度も確認してしまいながら。

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