エルネ・ドリアード 002



「……」


 映像水晶に映る、ウィグさんの姿。

 それは、私の良く知る彼のものではありませんでした。

 どんな相手にも臆さず。

 どんな魔物をも斬り伏せてきた。

 そんなウィグ・レンスリーとは、全く別物でした。


「開幕からいきなり飛ばすねぇ、兄さんは。かなり鬱憤が溜まってたみたいだし、こりゃ長いこといたぶりそうだ」


 苦悶の表情を浮かべるウィグさんを見て、ユウリさんはさらに口角を上げます。


「ほら、君もしっかり見届けないと。あいつは君のために無抵抗で頑張ってるんだから……ほんと、昔なら考えられない献身っぷりだよ」

「……」


 逸らしていた目を水晶に戻します。

 ウィグさんが私のせいで傷ついている

 一体どうしたら……


「っ――!」


 「業火のエド」が放った炎が真っすぐ飛んでいき、ウィグさんの腹部を貫きました。

 鮮血が散り、地面が真っ赤に染まります。


「わお、あれはちょっとばかしやり過ぎじゃないかな? せっかくの玩具が壊れちゃうよ」

「ウィグさんっ……」


 思わず声が漏れてしまいました。

 あの出血、死んでもおかしくありません。

 それでもウィグさんは拳を地面に叩きつけ、前を向きます。

 そこに、追撃の炎が放たれました。


「っ……」

「おいおい、目を瞑ったりしちゃダメじゃないか。あの無能が蹂躙される様をしっかり目に焼き付けないと……これは君たち『流星団』へのお仕置きでもあるんだからね。前夜祭で俺たちに恥をかかせた分、今日はとことん滅茶苦茶になってもらうよ」


 彼らはどうしても私たちに制裁を加えたいようです……公認ギルド序列四位のプライドでしょうか。

 くだらない。

 本当にくだらないです。

 でも、いくら憤っても、私には何もできない……それどころか、私が捕まったせいでウィグさんが苦しんでいる。

 自分の不甲斐なさが――心底情けない。


「お、今度は逃げ回り出したよ。はははっ! いいねぇ、だいぶと面白い見世物じゃないか! ぶっちゃけ俺はウィグ個人のことはどうでもいいんだけど、これだけ無様を晒せば『流星団』の評価も地に落ちるだろうさ」


 絶え間なく放たれる火球を命からがら躱しながら、ウィグさんは走ります。

 諦めず、必死に。

 あんな大怪我を負ってなお、走り続けます。


「なんで……ウィグさん、早く降参しないと……」

「エド兄さんが降参を禁止してるのさ。許可なく倒れれば君を殺すっていう指示を出してね」

「そんな……」


 ウィグさんは降参もできず痛めつけられるしかないというのですか。

 私を――守るため。


「ウィグさん……」


 もういい、もういいんですよ。

 あなたが頑張らなくても、私は大丈夫ですから。

 例え殺されることになったとしても。

 ウィグさんが死んだら――意味ないじゃないですか。

 だからもう頑張らないでください。

 諦めてください。

 でないと、死んでしまいます。

 私なんかのために、命を懸けないでください。

 私は、自分のことよりも。

 あなたの方が――大切なんですから。


「はははっ! まさかあいつが仲間のためにここまでするなんてね。正直驚いているよ。君を人質にするっていう作戦には懐疑的だったんだが、こうもハッキリ結果が出た以上認めざるを得ないな……なあ、エルネ。一体どんな手を使ってあいつに気に入られたんだい?」

「……何もしていません。私は、何も」


 むしろ私の方がウィグさんに助けてもらってばかりで。

 仲間だとか友達とか、一方的に押し付けているだけで。

 それだけで充分で。

 それだけで――幸せだったのに。


「ふうん……ま、そこまで興味もないからいいや。とにかく、あの愚か者が果てるまで見守ってやりなよ。ウィグが倒れた時、君たち『流星団』も終わるのさ」


 私のせいでみんなに迷惑が掛かっている。

 私のせいでウィグさんが死にかけている。

 私が、私なんかがウィグさんと一緒にいたいと思ってしまったから。

 いつも守ってもらってばかりで。

 いつも頼ってばかりで。

 ウィグさん、ウィグさん、ウィグさん、ウィグさん。

 どうか、私を見捨ててください。

 あなたが死んでしまったら、私は。

 きっと、自分を許せなくなってしまう――




「『流星団』は終わらん! 私たちは仲間であり家族! どんなことがあっても決して折れることはない!」




 突然、倉庫の扉が吹き飛びます。

 一気に視界が開け、眩い光が溢れました。


「なっ……誰だ!」

「昨日のお灸が甘すぎたようだな、ユウリ・レンスリー! お前の性根は一発殴っただけでは直らんようだ!」

「『豪傑のナイラ』……いいか! 少しでも動いたらこの女を殺すぞ!」

「エルネ!」


 いきなり呼びかけられ、ビクッと身体が震えます。


「お前の命、私に預けてもらうぞ!」

「は、はい!」


 よく意味がわかりませんが、反射的に答えました。

 いえ……反射などではありません。

 本当に命を預けていいと、そう思っているのでしょう。

 私たちは、仲間だから。


「《龍牙逆鱗リュウノイカリ》‼」


 閃光が走ります。

 その光が銀色のオーラだと気づいた時には、ユウリさんの身体は宙に浮き。

 激しい衝撃音と共に、倉庫の屋根を突き破っていきました。


「ぐああああああああああああああああああああああ‼」


 情けない断末魔だけが残り、ユウリさんは空の彼方へ消えていきます。

 下から吹き上げる衝撃波でしょうか……凄まじい威力です。


「ふん、お前も空から落ちる気持ちを味わうがいい」


 ナイラさんは頭上を仰ぎ、小気味よく右腕を払います。

 それから私の元へ駆けより、ロープを切断してくれました。


「……ありがとうございます、ナイラさん」

「いいんだ。こっちこそ遅くなってすまない」

「私は平気です……それより、ウィグさんが……」

「ああ、わかっている。すぐに会場に向かうぞ……少々手荒になるが、我慢できるか?」

「もちろんです」


 一息ついている暇はありません。

 今は――一刻も早く。

 ウィグさんの元へ。


「振り落とされるなよ! 《銀狼獣脚ギンロウノアシ》!」


 ナイラさんは私をおぶり、全速力で駆け出します。

 景色が歪み、とんでもない風圧で身体が後方に投げ飛ばされそうです。

 でも、こんなことで音を上げるわけがありません。

 だって、ウィグさんは今も戦っているのですから。

 私のために。

 必死に、戦っているのですから。


「待っていてください、ウィグさん」


 腕の力を入れ直し、私は前を向きます。


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