エルネ・ドリアード 001
「――――……」
強烈な倦怠感と吐き気を感じ、私は目覚めました。
自分至上最低最悪の起床です……おえっ。
二日酔いと表現するには些か生温い自身の体調に戸惑っていると、見知らぬ場所にいることに気づきます。
ついでに、鉄製の椅子にロープで縛られていることにも、遅ればせながら気がつきました。
「えっと……」
状況を整理しましょう。
ウィグさんが言っていました、いつでも冷静に状況を分析するのが大事だって。
私の名前はエルネ・ドリアード、うら若き十七歳の乙女で、非公認ギルド「流星団」のメンバー……うん、ちゃんと覚えています。
では次に、思い出せる限りの記憶を遡ってみましょう……確か前夜祭で飲み過ぎて、ウィグさんに雑に担がれて、それから……。
「……」
いくら頭を悩ませても、その後が思い出せません。
ということはつまり、泥酔した私を何者かが拉致監禁したとみるのが妥当でしょうか。
わざわざもっともらしく考えを巡らせなくても、普通にわかることでしたね。
名探偵への道は遠そうです。
「……問題は、誰が何のためにってところですか」
周りに人の気配がないので、とりあえず呟いてみます。
首を回して見える範囲の情報を整理すると、どうやらここは古びた倉庫のようです。
僅かな陽の光と埃っぽい空気……このままだとカビてしまいそうですね。
「……」
自分の置かれた状況を一通り把握し、お腹の底がぎゅっと疼きました。
恐怖――シンプルに言えば、私は怖がっているようです。
でもこれは、
「……」
冷えた汗が、つーっと頬を伝い。
冷静になろうとする脳内を、乱していきます。
「……ああ、やっと起きたかい」
と。
突然倉庫の入り口が開き、重厚な扉の音と共に一人の男性が入ってきました。
眩しい陽光に目が眩みます。
「薬の量を間違えたかとヒヤヒヤしたよ。気分はどうかな、お嬢さん」
この状況にそぐわない紳士的な態度を取る男性……逆光でハッキリとは見えませんが、確かに聞き覚えのある声です。
「昨日会場にいた君に名乗る必要はないと思うけれど、一応、礼儀として……俺の名前はユウリ・レンスリー。しばしの間よろしく、お嬢さん」
戸が閉じ、薄ぼんやりしていた男性の顔が浮かび上がりました。
レンスリー家次男、風の使い手ユウリ・レンスリー。
前夜祭でナイラさんに倒された、ウィグさんのお兄さんです。
手酷いやられかたをしたはずなのにすっかり元気そうなのは、「明星の鷹」に優秀な回復スキル使いがいることの証左でしょうか。
「少々埃っぽいところだが我慢してほしい。本当なら豪奢なホテルの一室でも借りたいところだったんだけどね、それじゃ足がついてしまう」
言いながら、ユウリさんはつかつかとこちらに近づいてきました。
近くで見ると、ところどころにウィグさんの面影が窺えます……いえ、正確に言えばこの方の面影がウィグさんに遺伝しているのですけれど。
そんな仔細はどうでもいいのです。
今重要なのは、どうしてこの人が私を攫ったのかという一点……これにつきます。
「まあ、如何わしいことをするにはそれに相応しい場所を選ぶべきだろう。この倉庫は打ってつけなのさ、まさにね」
「……如何わしいことですか」
「ああ、勘違いしないでくれよ? 別に君に危害を加えるつもりはないんだ、名も知らぬお嬢さん……今のところは、だけどね」
意味深に笑い、ユウリさんは私の背後へと消えていきます。
危害を加えるつもりはない、ですか……額面通りに受け取るほど私もお人好しではないですが、
同時に、次なる疑問が首をもたげます。
レンスリー兄弟の次男に拉致監禁される理由……全くもって思いつきません。
心当たりがなさ過ぎます。
買っていない宝クジでも当たったかのような気持ちです。
「あの……」
「ん? お腹でも空いた?」
「いえ、それは大丈夫なんですが……私はどうして攫われたんでしょうか? もしよければ教えて頂けると助かります」
姿の見えなくなったユウリさんにダメ元で問いかけてみます。
何やら背後でゴソゴソと動いているようですが……何かを探しているのでしょうか?
「君を攫った理由はねー……お、あったあった。ま、これを見てもらう方が早いかな」
呑気な声色で答えたユウリさんは、再び私の前に移動し。
一つの水晶を見せてきました。
「これは……映像水晶?」
「そ。対抗戦を全国中継してくれる優れものさ。もちろん、今日行われる俺たちと君らの戦いも放送される」
「対抗戦はまだ始まっていないんですか?」
「焦らなくてもすぐに始まるさ……そして、君がここにいる理由もわかる」
意地の悪い笑みを浮かべるユウリさん……同じ意地悪でもウィグさんとは大違いです。
とても邪悪で、悪意に満ちた。
そんな目をしています。
「あ、そうそう……一応君の名前を聞いておこうかな。明日には忘れるだろうが、あの出来損ないの弟と仲良くできる人間は貴重だしね」
「……エルネ・ドリアードです」
「そう睨まないでくれ、エルネ。俺にとっても意外なんだよ、あいつがギルドに入って仲間を作るなんてね。昔から愛想の悪い弟でさ、全く懐いてくれなかったもんだ……おっと、弟って言うと父さんが怒るんだった。無能の『無才』って呼ばないと」
「……どうして、実の弟にそんな酷いことを言えるんですか」
「血の繋がりなんてくだらない。俺たちが求めているのは力だけ……弱い奴は必要ないんだよ。シンプルだろ?」
家族の絆という言葉は、レンスリー家には通用しないようです。
人様の家庭に口を出す権利はありませんが、控えめに言って反吐が出ます。
「……あなただって、昨日ナイラさんに負けたじゃないですか。ウィグさんのことを必要ないなんて言う資格はありませんよ」
反射的に、意趣返しのセリフが口をつきました。
それを聞いたユウリさんの眉がピクッと動きます。
「……君、自分が置かれている状況わかってる? それとも、腕の一本でも折らないとわからないかな?」
「やりたいならご自由にどうぞ。仲間を馬鹿にされて黙ってはいられません。それに、ウィグさんは強いです。あなたなんかよりもずっと」
痛いのは嫌ですが、弱音を吐くわけにもいきません。
ここで黙れば、ウィグさんを否定することになる。
そんなこと、私にはできないのですから。
「……まあいいさ。小娘の戯言くらいは笑って受け流そう。もっとも、ここから逃げようとしたら別だけどね。その時は容赦なく脚をもぐ……自分の身体が可愛いなら、無駄口を叩かずに大人しくしていることだ」
今は黙って指示に従うしかありません。
そもそも、私のスキルではこの人から逃げることなど不可能ですし。
「……さて、そろそろ始まるよ。君の大好きなお仲間がどんな目に合うか、しっかり見届けるがいいさ」
「……ウィグさんは一度、『業火のエド』に勝っています。覚悟するのはそちらの方ですよ」
後から振り返れば、これほど滑稽なセリフもなかったでしょう。
察しが悪いにもほどがあります。
ですが言い訳をさせてもらえるなら……
私がここにいる理由。
こうして身体の自由を奪われ、『明星の鷹』の監視下にある理由。
思い当たっていなかったと言えば、嘘になります。
けれど。
まさか。
あのウィグさんが、
私なんかに人質の価値はないと、本気で思っていました。
でも。
映像水晶に映し出されたのは、試合開始と同時に炎に飲まれるウィグさんでした。
「……」
ウィグさんがあの程度の攻撃を躱せないはずがありません。
たったの一太刀で「業火のエド」を斬り捨てたウィグさんが、初動から苦戦を強いられるはずがありません。
なら――これは。
この状況は。
全て、私のせい?
「これでわかったろ? あの愚かな無能は、君のために八百長を演じているのさ……君を無事に解放してほしければ指示に従えってね。さあ、これからもっと楽しくなるよ」
ユウリさんは水晶を見つめながら、弟とは似ても似つかない邪悪な笑みを浮かべたのでした。
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