正式入団 001



 日中の作業が終わり、夜も更けてきた頃。

 いつも通りテライアの酒場を荒らしに出てきた「流星団」は、しかし一際大きな盛り上がりを見せていた。

 それもそのはずで。


「みな、よくギルドを守ってくれた! 今夜は儂の奢りじゃ、潰れるまで飲み散らかすがよい!」


 宴の中心に、ギルドマスターであるアウレアさんがいらっしゃるからだ。


「マスター、王都はどうだったよ」

「お土産はないの?」

「またどっかのギルドに喧嘩売ってきてねえだろーな。ぎゃはは」

「一度にどかどか喋られても聞こえんわい。儂が帰ってきて嬉しいのはわかるが、もう少し落ち着け」


 メンバーたちに囲まれ、実に楽しそうなアウレアさんである。

 言わずもがな、さすがはマスターといった慕われ具合だ。


「あの子が『流星団』のマスターで、二つ名持ちの『魔女のアウレア』なんですよね? にわかには信じられませんけれど」


 僕の隣でチビチビと酒を飲むエルネが眉を潜める。

 アウレアさんの見た目は完全に少女のそれなので、疑いたくなる気持ちはわからなくもない。

 と言うか共感しかない。


「ウィグさんはもうマスターとお話しされたんでしたっけ?」

「たまたまあの人を道案内したから、その流れで少しだけね……ちなみに、ああ見えて五百歳越えてるらしいよ」

「五百⁉」

「そういうスキルなんだって。本当か嘘か知らないけど」


 まあ恐らく本当なのだろう。

 そう納得させる謎の説得力が、アウレアさんの節々から滲み出ている。


「長寿と不老のスキルなんですかね……私もお話ししてみたいです。五百年前の出来事を生の声で聞けるなんて、貴重過ぎる体験じゃないですか」

「その辺を期待してるなら無駄だよ。昔のことは覚えてないらしいから」

「そうなんですか? うう、残念です」

「五百年前のことなんて聞いても何の得にもならないし、残念がることじゃないでしょ」

「損得じゃありません。コスパ人間のウィグさんにはわからないでしょうけれど、歴史にはロマンがあるんです」

「誰がコスパ人間だ。人を無暗にカテゴライズしないでくれ」

「ではドケチ人間と言い換えます」

「言い換えた結果酷くなってるじゃないか。訂正と謝罪を要求する」

「間違ったことは何も言ってません。ウィグさん、貸したお金全然返してくれないですし」

「ぐぅ」


 ぐぅの音が出てしまった。

 借金の話は耳が痛い。


「ギルドがこんなことになったとは言え、他に稼ぐ方法くらいあるでしょう? 明日までに耳揃えて返してくださいね」

「明日って……無理に決まってるじゃないか。今何時だと思ってるんだよ」

「じゃあ仕方ないですね。利子を十倍にして新たに貸し付けてあげます」

「手口があくど過ぎる」


 エルネ金融は闇金らしい。

 関わる人間を間違えたかもしれない。


「……とりあえず、ギルドが再開したら依頼を請けてきちんと払うよ。それまでは待っててください、お願いします」

「ウィグさんがそこまで言うならいいでしょう。私は優しいですからね、しばらく返済は待ってあげます」

「いやあ、エルネさんは優しいなあ。よっ、ギルドマスター」

「ゴマすりが下手過ぎて笑えないレベルですね」


 人の処世術を笑わないでほしいが、よく考えれば処世術なんてものを使ったことは一度もなかった。

 下手で当然である。


「もっと愛想よくできないんですか? 笑顔で話すのは人間関係の基本ですよ。ほら、にっこりスマイル~」

「生憎正直に生きてきたからさ、愛想笑いってやつができないんだ」

「正直さは関係ありません。コミュニケーション能力不足です」

「ぐぅ」


 ぐぅの音、二度目。

 ズバッと言い切られてしまったものだ。


「マスターも帰ってきたことですし、上の立場の人には愛想よく接しないと嫌われちゃいますよ」

「その点で言えば、昼間の時点で既に失敗してるからなぁ」


 滅茶苦茶無愛想に受け答えをした記憶しかない。


「今ならまだ挽回できますって。あとで一緒に挨拶に行きましょ」

「別にそんなことする必要ないよ」

「必要はあるぞ、ウィグ」


 エルネと僕との間に割って入った人物――ナイラが、ジョッキを机に叩きつけた。


「お前とエルネはまだ正式なメンバーではないんだ。マスターが気に入らなければ、『流星団』に入ることはできない」

「来るもの拒まずが心情なんじゃなかったっけ、お宅のマスターは」

「基本的にはそうだが、お前については事情が違う。私がどれだけ推薦しても、『無才』をギルドに置いてくれるかはわからんのだ。何分前例がないからな」

「気に入られるために媚びを売れって?」

「そこまでは言っていないが、念には念を入れて損はないだろう。『翡翠の涙』との一件はマスターに報告したが、お前に関する言及は今のところない。マスターの中でも決めかねているということだ」

「ふうん……じゃあ、具体的にどうすればいいの?」

「それは……知らん。自分で考えろ」


 そう言って、ジョッキを勢いよく傾けるナイラ。

 何かアドバイスがあるわけではないらしい……困ったものだ。

 今からお酌でもしにいこうか。

 エルネの言う通り、にっこりスマイルを携えて。


「儂はお主のことをちゃーんと気に入っておるぞ、ウィグ。儂が不在の『流星団』を守ってくれたんじゃからな」


 不意に背後から加えられた刺激に、ビクッと身体が反応する。

 マスターアウレアが、僕の肩に手を置いたのだ。


「……そりゃまあ、どうも」


 ……この人、一体いつの間に移動したんだ?

 常に意識していたわけではないが、視界の端には捉えていたはずなのに……昼間の雷といい、油断ならない人物である。


「それにナイラやみなの推薦もある。文句なしに正規メンバーとして迎え入れよう……てゆーか、こちらが頭を下げてお願いするレベルじゃな。カハハッ」

「はあ……ありがとうございます」

「が、一つだけ確かめたい」


 言いながら、マスターアウレアは酒場の外を指差す。


「お主の力を今ここで見せてはくれんか。テストっちゅーわけでもない、ただの余興じゃ。ナイラをも唸らす『無才』の剣技がどれほどのものか、この目で確かめたいのじゃ」


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