帰還 001



 「流星団」が「翡翠の涙」に襲撃されてから一週間が経った。

 あれから、僕とエルネはテライアの街を出ることなく、郊外の安宿に留まっている。

 日中はギルドを建て直す手伝いをし、夜は酒場で宴会……まるで「流星団」のメンバーのような生活を送っていた。

 僕がナイラに認められたこともあり、正式なメンバーと同じ扱いをされているのだろう……忌憚のない意見を述べさせてもらえれば、滅茶苦茶疲れる。

 いきなり大勢と関係を持つことになり、僕の人間関係キャパシティが爆発した。

 絶賛修理中である。

 同じく仮メンバーとして働いているエルネは早くもギルドに馴染んだようで、毎日楽しそうにしているが。


「さ、張り切っていきましょー!」


 今日も今日とて元気一杯なエルネの後を、ゾンビみたいな足取りで追う僕。

 真逆過ぎる二人組だった。


「今日はギルドに寄った後、ニーナさんと病院へお見舞いに行こうと思ってるんです。ウィグさんもどうですか?」

「……ニーナって誰だっけ」

「……いい加減覚えてくださいよ。受付をしている方です。ほら、茶髪でおさげの」

「あー……うん」

「絶対に思い浮かんでないですよね?」


 失礼なことを言うなと憤りたいが、実際顔が浮かんでこない。

 人の顔と名前を一致させるのは苦手なのだ。

 逆特技である。


「お見舞いは遠慮しておこうかな……僕が行っても、誰だお前ってなるだけだし」

「そんなわけないじゃないですか。ウィグさんは『流星団』を救ったヒーローなんですから、みんな歓迎してくれますって」

「それはそれで嫌だよ。できるだけ目立ちたくないんだ、良い意味でも悪い意味でも」

「うわー、強者の悩みってやつですねー。鼻につきますー」

「その鼻へし折っておこうか」


 注目を浴びるのは嫌いである……例え名誉あることだとしても。

 嫌味な風に聞こえるだろうが、僕的には切実な悩みなのだ。


「老婆心ながら助言しますけど、もっとギルドのみなさんと仲良くした方がいいですって。マスターが戻れば晴れて正式なメンバーになれるんですし、今から準備しておかないと」

「仲良くねぇ……それができたら、僕は僕じゃなくなると思うんだ」

「確かにそうですね」

「秒で納得しないで」

「でも事実ですし。愛想の良いウィグさんなんて見たくない気もしてきました」


 酷い言われようである。


「とは言うものの、私とはこうして仲睦まじく和気藹々とできているじゃないですか。ギルドの方たちともきっと友達になれますよ」

「別に、エルネと仲良しこよししてるつもりはないけどね」

「またまた~。この前言ってたじゃないですか、私と友達になれて嬉しいって」

「二度とその話をするな」

「剣に手を掛けないでください! シャレになってません!」


 慌てて距離を取るエルネだった。


「うぅ……あの時はデレデレしてくれたのに」

「記憶にない。本人が覚えていないのだからその事実は存在しない。オーケー?」

「どんだ二段論法です……」


 納得(?)してくれたようで良かった。


「まあ冗談は置いておいて、私相手にはこうやってお喋りできるじゃないですか。他の人にも同じことをすればいいんですよ」

「エルネのことは、最悪斬ってもいいと思ってるから適当に話せるんだよ」

「衝撃の事実過ぎます! っていうか怖いです! サイコパス!」

「嘘だよ」

「ですよね、さすがのウィグさんでもそこまでは……」

「もう斬ったから」

「我が生涯に一片の悔いもありません!」


 バタッとその場に倒れるエルネ。

 ノリの良い奴である。


「……私で遊ばないでもらえますか」

「ごめんて。睨まないで」


 そこまでのリアクションを求めたつもりはないのだが、一応謝った。

 人間関係の基本は自分がへりくだることである。

 知らないけど。


「全くもう……それじゃ、ウィグさんはお見舞いに同行しないってことでいいですね?」

「え? ああ、うん」


 話が戻り過ぎて戸惑ってしまった。

 改めて確認するほどのことでもないと思うが。


「はあ……わかりました。ニーナさんは残念がるでしょうけど、そのように伝えておきます」

「残念がる?」

「ええ。ニーナさん、ウィグさんとお近づきになりたいって言ってましたから」

「そりゃまた酔狂な人だね」

「私も止めたんですけれど。あの人は狂ってるから近づかない方がいいって」

「風評被害をばら撒くな。ギルドのメンバーと仲良くなってほしいのかほしくないのか、どっちなんだ」


 ダブルスタンダードが過ぎる。

 主義主張は一貫してほしい。


「まあとにかく、ウィグさんって結構人気らしいですよ。不本意ですが」

「なんで君が不本意なんだよ」

「べっつにー。なんでもありませーん」


 エルネはスタスタと歩調を速め、僕を抜き去っていく。

 ……よくわからない奴だ、本当に。


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