夜遅くになっても、テライアの街は眠ることを知らない。

 そして、現在街一番の盛り上がりを見せているのは、間違いなくこの場所だった。


「では、『流星団』を救ってくれたウィグ・レンスリーに乾杯!」


 酒場の中心、机の上に仁王立ちしているナイラが乾杯の音頭を取る。

 それに合わせ、「流星団」のメンバーが沸き立った。


「お前には感謝してもしきれない! 本当によくやってくれたな!」

「いやあの、それ聞くの十回目とかなんだけど……」

「いくら言っても言い足りないのだ! さあみんな、もう一度乾杯するぞ!」


 頬を真っ赤にしたナイラが再びジョッキを掲げる。

 一体何度乾杯をすれば気が済むのだろうか。

 厄介な酔っ払いである。


「そろそろお開きにした方がいいんじゃない? みなさんだいぶ出来上がってるみたいだし、お店にも迷惑が……」

「今日は朝まで飲むと言っただろう! 店にはたんまり金を払うから問題ない! ウィグも気兼ねなく楽しんでくれ!」

「ハハハ……」


 迷惑な上に嫌な客だった。

 普段の毅然とした態度とは違い、普通にへべれけなナイラさんである……もろに酒に飲まれるタイプだ。

 「豪傑のナイラ」の二つ名に傷がつくから是非やめた方がいい。


「む、ジョッキが空いているではないか! 誰か、ウィグに酒を持ってきてくれ!」

「いや、僕はもう勘弁……」

「変に遠慮をするな。とことん楽しんでもらわねば、私たちの気が済まない……おい、早く持ってこんか! 殴り飛ばされたいのか!」


 横暴が過ぎる。

 お酒って怖いなぁ……(遠い目)。


「ちょ、ちょっと外で風に当たってくるね……」

「なに? まさか逃げ出すつもりじゃないだろうな? 私の酒が飲めないと?」

「もてなしてる相手に凄まないで……」


 本末転倒も良いところである。


「酔いを醒ましてから舞い戻るよ。その方が長く楽しめるし」

「そういうことならいいだろう。よし、誰か私に付き合え!」


 次なる獲物を探し始めたナイラを尻目に(選ばれる人は気の毒だ)、僕は酒場を後にした。

 適当な段差に腰かけ、長めに息を吐く。


「……」


 夜風が冷たく頬を撫で、火照った身体が静まるのを感じる。

 ああいう馬鹿騒ぎは性に合わない……やっぱり、一人でいる方が落ち着く。


「ギルドか……」


 人付き合いは苦手だ。

 今だって、無理をしていないと言えば嘘になる。

 まあ、思っていたよりはそつなく溶け込めたと自分を褒めておこう。

 それに。

 多少は、楽しめているみたいだし。


「……」


 正直、自分の気持ちを理解できていない。

 父に復讐するという目的を達成してから、流れに身を任せてここまで来たけれど……僕は一体、何がしたいのだろうか。


「……したいことなんてないんだよなぁ」


 ただ剣を振っていた四年間。

 僕の生き方は、間違っていたのだろうか。

 ナイラをはじめとした「流星団」の面々を思い出し、そんな疑問が首をもたげる。

 あそこまで楽しそうに、心の底から笑っている人たちを見て。

 自分の惨めさを感じるなという方が、無理がある。

 それに……


「ウィグさん、ここにいたんですね」


 ふと、背後から声を掛けられた。

 ちらっと視線を送ると、若干赤ら顔になったエルネがニコニコと笑っている。


「隣、座ってもいいですか?」

「……どうぞ。僕の家じゃないし、断る権利はないさ」

「では遠慮なく」


 言いながら、エルネはゆっくりと腰を下ろす。

 ふわっと、良い匂いが辺りに香った。


「……」

「……何ですか?」

「いや、別に。男って生き物の業の深さを感じてただけ」

「たまーにわけのわからないことを言いますよね、ウィグさんって」


 そこが魅力の一つでもあるんでしょうけど、とエルネは微笑む。


「ふー……こんなに大人数で宴会をするのって久しぶりで、結構疲れちゃいました」

「そう? 全然余裕そうに見えるけど」

「そりゃ、ウィグさんに比べたら余裕ですよ」

「ナチュラルに僕を下に見てるな」


 賑やかな場が苦手な引き籠りだとでも思っているのだろうか。

 実際正解だが。


「昼間の戦い、無事に勝利したとは聞いていましたが、本当に怪我はなかったんですか?」

「ああ、この通りピンピンしてるよ……むしろ、ナイラの方が大怪我を負っててもおかしくないんだけどな。なんだか元気そうだし、心配ないみたい」

「……ふーん」


 突然、唇をすぼめだすエルネ。

 拗ねた子どもみたいだ。


「随分と仲良くなったみたいですね、ナイラさんと」

「……? まあ、昨日に比べたら険悪ではなくなったのかな」

「険悪どころか、超気に入られてるみたいじゃないですか。ずっとウィグさんの傍から離れてませんでしたし」

「そうだったっけ? まあ、嫌われてるよりはマシなんじゃないかな」

「それはそうですけど……むぅ」


 さらに唇を突き出すエルネ。

 何が言いたいのかわからないが、機嫌がよろしくないのは確かなようだ。


「……私、ウィグさんと仲良くなるの時間かかったんですけどねぇ」

「言うほど仲良しでもないと思うよ」

「うわ、この男最低です。でも私は優しいので、聞かなかったことにしてあげます。あーあー、聞ーこえーなーいー」


 優しいエルネさんは両手で耳を塞ぎ、聞こえないポーズを取る。

 それからふーっとため息をつき、膝を抱えた。


「……私なりにいろいろ頑張ってるんですよ、これでも。ウィグさん、すぐに一人でどこかに行こうとするし」

「それはほら、僕、単独行動が好きだからさ」

「そういうことじゃないんです。しばらく一緒にいるって口では言ってくれていても、気づいたら目の前から消えちゃいそうで……今も不安なんですよ?」

「……」

「なのに、ナイラさんの前ではあんなに楽しそうにデレデレしちゃって……私の頑張りは無意味なのかなって、ちょっとへこんじゃいました」


 言って、エルネは再び大きなため息をつき、


「……こんなこと言われても困りますよね。すみません、今のは忘れてください。少し飲み過ぎちゃったかな」


 照れ隠しのようにはにかんだ。

 緑色の髪に隠れた横顔が、月明かりに淡く照らし出される。


「……僕は正直、人付き合いが苦手だよ。嫌いと言ってもいい。だから、エルネにはいろいろ気を遣わせちゃうことも多いと思う」


 全く、僕と旅をするなんてストレス以外の何物でもない。

 我ながら性格の悪い人間だ。

 性根が腐っていると断言できる。

 けれど、エルネと共に過ごしてきて。

 彼女がいろいろと頑張ってくれたお陰で。

 昔に比べて、変われた気がする。

 それが良いことなのかはわからないが……今は何となく、この関係が心地いいような。

 そんな、錯覚染みた思いがあるのは確かだった。


「……ウィグさん?」


 中々次の言葉を発さない僕を訝しんでか、エルネが顔を覗いてきた。

 ああ、くそ……僕のキャラじゃないんだけどな、こういうの。

 でもまあ、ここまで引っ張ってしまったのだから、今更引っ込むわけにもいかない。


「……」

「ウィグさん? 大丈夫ですか?」

「……だからその……僕みたいな偏屈のことを友達って言ってくれて嬉しかったというか……僕の方こそ、エルネに嫌われないように努力したいというか……やっぱ何でもない。僕も酔い過ぎたみたいだ」

「……」


 ポカーンと口を開けて固まるエルネ。

 数秒後。


「もー! ウィグさんのいけず! そんな風に思ってくれてたんですね!」

「いや、酔っぱらったせいで思ってもないことを口走っただけ……」

「素直じゃないんですから! でも知ってます、それがウィグさんですもんね!」

「ちょ、ちょっと訂正させて……」

「いいんですいいんです! 恥ずかしがらないでください! さ、酒場に戻って飲み直しましょー!」

「話聞いて……」


 グイグイと僕の襟元を引き寄せ、エルネは酒場へと行進していく。

 やっぱり飲み過ぎは良くないようだ。

 みなさん、お酒は程々に。


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