人生"最期"の異世界ライフ

月出 四季

0話目 逝こう、異世界。

あるマンションの7階。少年は“不合格”と書かれた用紙をグシャッと握りしめた。

自分が自由になるための、最後の切り札高校受験


母親は既に他界、父親はクズでクソ野郎でおまけに女と酒好き僕は玩具。

子供を何とも思っていない奴だ。


友達はおろか、遊びすらせず、勉強というものに一心を注いだ。

しかし受からなかった。当然だ、自分は父親譲りの脳筋なのだから。


それでもサイトにある話の様に、頑張れば、努力すれば報われると

信じていたのに…。


また父親に殴られる毎日だ。今までは受験という希望があったから生きていた。

もう、限界だ。


「(ならばもう、いっそ…)」


どうぜもう何も未練なんかない。強いていうなら自由が欲しかった。

でも手に入らない、永遠に。このまま父親に飼い殺しされて終わりだ。


こんなクソッタレな世界、捨ててやる。死んで嘲笑ってやる。

死ぬのが愚かだなんて思わない。こんな世界がいけないんだ。


そうして迷わず7階から飛び降りようと足をかけた――ハズだった。



「ねぇ君、私の創った世界へ“逝く”気はなぁい?」

「…は???」



ふと聞こえた声を、足がかかったまま探す。


「ここだよこーこ。君の上。」

「……な、あっ!?」


言われた通りに上を見れば、異空間のような穴からひょっこり少女が覗いていた。

青い海のような髪は長く穴から垂れ下がり、星の様に生き生きとした緑色の目が

こっちをじっと見ている。


「……誰!?なんで浮い…穴が!?」

「あっと、これ刺激強かった?」


首を傾げながら少女は穴からはらりと出、綺麗に着地した。

ギリシャ神話に出てきそうな白い衣を纏った少女だ。


「君今死のうとしてたでしょ?だからと思ってさー」

「ちょうどいい?」


そう問いかけると少女はにっと笑う。


「今言ったじゃん、私の創った世界へ“逝く”気はないかって。」

「創…は?え?何…」

「私?私はね~…君達の世界で言うところの神様?創造神?だよ。“この世界の”ではなくて、ぶっちゃけ異世界の神様なんだけどね~」


自殺寸前希望を失った少年に自称「神様」を名乗る少女は手を差し出す。


「いや~、世界を創ったは良いけどこれ本当に世界として成立してる?って疑問に案じてさー。最近スランプだったからかもねー。だからテキトーに選んだこの世界で未練なさそうな人探して生活してもらおうと思って」

「それが僕?」

「何人か誘ったんだけどね、意外と未練あったみたいでさ、良いことなんだろうけどね~…君はどうなの?」


逝き先は、“私の創った世界”。ようは自分が創った世界をお試し生活して

ほしいのだと少女もとい神様は言う。


「僕は……」


どうぜ帰る場所なんてない。帰ればデッドエンドだ。

―勉強漬けの日々。それが報われないのならせめて……



せめて、最期ぐらい遊んでやろうではないか。



「…行く。本当かどうか疑わしいけど、この世界から逃げられるなら」

「おーおー良いいきだね!じゃあさ、一つ質問なんだけど…?」

「――――え」


その言葉に男が止まれば、少女はやれやれと言った風に肩をすくめた。


「私の世界で生活をするということは、すなわちこの世界とはおさらばだ。あっちの時間軸はご都合主義じゃないからね、こっちと同じように動くよ。それで君があっちの世界で暮らせば…たった数年で君は死亡確定だろうね。どうする?逝かない?」

「死亡…確定……」


いつぞやで聞いたことがある。行方不明から七年経てば死亡扱いということを。

まずあのクソ親父が行方不明届けを出すかどうかだが。


「構わない。」


しかしどんなのどうってことない。もとよりこの世界とはおさらばする予定

だったのだ。今更死ぬのなんて怖くない。


「わぁ~…やっと見つけたよ、死ぬ覚悟が本当にある子。大体こう言えば皆迷ってやめちゃうんだよね。死にたいって言ってたのにさ~~」


まぁいっか、と少女は言いながら空中で未だ空いている穴に手をかけた。

そして体重をかければ一気にぐっと穴が広がる。


「この穴の先に、私の創った世界がある。君にはそこで一から生活してもらうよ。もちろん金も何もないけどいい?」

「えっないの!?」

「あったりまえじゃん。この世界のゲームだって最初から金持ってたりしないでしょ?その代わり魔法だの精霊だの居るから許してよ~……」

「しゅ、主人公ご都合の恩恵とか……」

「恩恵?強いて言うなら私に選ばれたってことかな♪」

「……まぁ、ここから逃げ出せるなら苦しくないし」

「うんうんその域その域♪」


かくして男は、神様の手をとったのだった。

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