第32話 学校を作ろう!
帰りの馬車の中、テディは姉の杖を手に取りしげしげと眺めていた。
「いいなあ、お姉さま……。この世界のどこかの木に選ばれて、それが自分の杖になるなんて……とっても夢がありますよね」
ため息をつくテディの頭を、サフランが撫でる。
「テディも、洗礼を終えたら杖を作りに来ましょうね」
「え!?でも、ぼくは魔力がないから……」
「リラが魔力付与をしているから、髪色も紫がかって来ているでしょう?きっと一人でも魔法が使えるようになりますよ」
「そうですよ、テディ!それにわたし、聖石みたいな魔石を作りたいと思っているんです」
「聖石みたいな魔石……ですか?」
リラは杖の持ち手の魔石を、順に指でなぞる。
「聖石は神聖力を溜めることが出来るでしょう?……宝石に魔力を付与すると魔石になって、それ以上は魔力を注げなくなりますが……いつか魔力を溜められる魔石を作ってみせます!──それを使えば、テディみたいな魔力の少ない人も、魔法が使えるようになりますから」
リラは目の奥をメラメラと燃やしながら、力こぶを作るポーズをする。
テディは姉の優しさに微笑み、きっとですよ、と呟いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「お姉さま!みんなが到着しましたよ!」
杖作りから10日後、王都の教会から元孤児達がアメジスト領にやってきた。
リラが邸宅を飛び出して出迎えると、5歳から12歳頃の子供がぞろぞろと馬車から降りてくる。
ほとんどが修道服を着て綺麗な身なりをしているが、一人だけ痩せこけて簡素な服を着た少女がいた。
興味津々でキョロキョロと辺りを見渡す子供達と違い、その子は隣にいる年長者の少女の影に隠れている。
他の子供と比べても一際小さいその少女は、焦点の合わない暗い目つきでリラ達を見つめていた。
「さあ、皆さんいらっしゃい……アメジスト領へようこそ!」
サフランが腕を広げて、子供たちを抱きしめる。
その様子を少し離れた場所で見守るリラの横で、マシューが小声で呟いた。
「……あのピンクの髪の小さい子……あの子はな、もう少しで奴隷になる所だったらしい」
「えっ……みんな元孤児で、教会から来たのではないのですか……!?」
「その予定だったんだが……あの、王都でリラ達を攫おうとした奴らがいただろう?そいつらの大元が、人身売買組織だったんだ」
普段の太陽のような笑顔は見る影もなく、マシューは悔しそうに顔を歪めながら続ける。
「捕まった奴らが吐いて、組織は解体された。攫われていた人達も解放されて、すんでの所で売られずに済んだんだが……。相当酷い目にあってきたのか、感情も出さんし何も喋らないらしい。教会よりも良いだろうということで、急遽うちが引き取ることになったんだが……」
「……あなた、そんなに難しい顔をしていては、子供達が怖がりますよ」
子供達と両手を繋いだサフランが呼びかけると、マシューはパッといつもの笑顔に戻る。
「……すまんすまん!今日の夕飯のことを考えとった!」
「まあまあ、まだ朝ご飯を食べたばかりですのに!食いしん坊なんだから」
サフランが笑うのに合わせて、子供達が声を上げて笑い出す。そんな中ピンクの髪をした少女だけは、紫色の瞳に光を映さず俯いていた。
「さあ、では貴方達のお家となる場所へ参りましょう!着いて来てくださいね」
ぞろぞろと数分歩いて辿り着いた場所は、領地の教会だった。教会の後ろ側に、立派な家らしきものが増築されている。
「ここが貴方達の新しいお家です!では、中に入ってみましょうね……」
教会は以前よりも席数が増え、40人ほどが収容出来るようになっている。壁には黒板がかけられ、各机にノートと聖書が置かれていた。
奥に続く家にはベッドのある寝室の他に、お風呂、キッチンに加え、三つほど空部屋が造られている。
建物を一周して教会に戻るとサフランは子供達を席に着かせ、パンッと手を合わせた。
「さて!ここをですね……アメジスト領の学校にしようと思っています!近くの子供達を集めて、授業をしていく予定です」
サフランが晴れやかな笑みで宣言したところで、リラがおずおずと手を上げる。
「あの……前、王都に孤児院を建てる話になった時に、学校を併設する案も出たのですが……。街の子供は労働力になっているから、通わないだろうという話になったんです。そこは……?」
「うふふ!もちろん、そこも対策済みですよ。なんと子供を学校に通わせると……税金が10%免除になります!」
サフランが輝く笑顔で両手を天に掲げる。
「10%!かなり大きいですね……!あの、子供たちを前に言うのも何ですが、領地の資金繰りは大丈夫なのですか……?」
「うふふふふっ……そこはリラ、貴方のおかげで」
「わたしですか……?」
「洗礼式の後、聖石の注文がもう……すごいのですよ!教会で売れに売れているようで、事前にあれだけ作っておいた在庫も、もう半分ほどになっています」
サフランは両手で口元を覆うが、溢れ出る笑みが隠しきれていない。
「なので今、アメジスト領はお金持ちなのです!赤字領地と言われていた過去から十数年……ようやく、夢だった学校建設に至りました……!」
リラの横で何故か生徒に混じって座っているマシューが、「長かったなぁ……」と拳で涙を拭いている。
「子供への投資は領地への投資!学のある子供を育てて、領民の幸せと領地の繁栄を目指します!」
サフランの熱意に、よく分かっていないだろう子供達もパチパチと拍手をする。無意識に人を巻き込む力は、さすがのカリスマ性といったところだろう。
「……ということで、勉強を教えていただく先生方を紹介しましょう!」
サフランがパチン!と指を鳴らすと、ぞろぞろと数名の大人達が入室してくる。
「まずはこの教会の長でもある、ギルバート神父です」
ギルバート神父は呆れたような顔で、銀縁の眼鏡を指で押し上げる。
「まったくサフランは……昔から型破りなことばかり思いつくんですから……」
ギルバート神父は、サフランの従兄弟だ。昔から、行動派の母に振り回されてきたのだろう。
リラも生まれた頃からお世話になっており、真面目な性格を表すように、いつも薄紫色の髪をピチッと後ろに流している。
「ギルバート神父には、聖書を教材に読み書きを教えてもらいます。ここにいるシスター達と一緒に皆さんの身の回りのこともしてくれるので、気軽に『ギル神父』と呼んでくださいね!」
「ちょっとサフラン、そういうのは私が自分で言うもので……」
「はいはい!では次ですが……リラとテディの家庭教師でもある、パドマ先生です!」
質素なロングドレスに身を包んだパドマが、しずしずとお辞儀をした。正面に向き直った顔はやる気に満ち溢れ、眼鏡の奥の瞳が爛々と輝いている。
「パドマ先生には、生活する上での基本的なマナーと王国の歴史、計算を教えてもらいましょう。……社会に出ても困らないようにね」
すっかりサフランに懐柔されたパドマは、顔を上気させながら子供達に自己紹介を始める。
王妃教育のため王から派遣された時はスパイの役割を担っていたはずだが、現在雇用契約はどうなっているのだろうか。
「最後に魔法と剣術ですが……ユーリ=エメラルド先生、お願いします」
白いシャツに眼鏡姿のユーリが登場すると、リラは「あ!!」と声を上げて立ち上がった。
「ユ、ユリウス先生!?」
「……?私の名前はユーリですが……」
リラはハッと口を噤むと、失礼しました……と言いながら着席した。バクバクする心臓を抑えながら、下を向いて考える。
──思い出しました。彼は……。
「もう!リラちゃんたら、気付くのが遅すぎよ!」
頭の中に、突然クリアな声が響き渡る。
「ダイヤさま……」
リラが心の中で呟くと、神はプンプン!とした様子で続けた。
「全然攻略対象者だって気が付かないから、ハラハラしちゃったわ!ネタバレ警察がいるから、私の口からは言えないし……。さてはリラちゃん、人の顔と名前を覚えるのが苦手なタイプね?」
「うっ……ごめんなさい……。学園で教わっていた時と、外見が違うものですから……」
過去のループで、彼は「ユリウス」という名前で魔法学園にて教鞭を執っていた。
何故偽名を使っているか分からないが、以前より髪も短く眼鏡もなく、騎士団の服に身を包んだその姿に、リラは彼だと気付けなかった。
「それに彼は、サクラさんのお義兄さまのはずでは……?宰相の息子でないというのは……」
サクラは召喚後、王宮で宰相をしているエメラルド家の本家に引き取られる。「ユリウス」はサクラを過保護に守る血の繋がらない兄だったが、先日ユーリは「宰相は叔父」と言っていたはずだ。
「そこは色々事情があるみたい。とにかく……」
「……お姉さま、具合が悪いのですか?」
外から声が聞こえ目を開けると、テディが心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
「……大丈夫ですよ、ごめんなさい」
前を見ると、ユーリが自己紹介を終えたところのようだった。相変わらず無表情で、何を考えているのか分からない。
「そして……リラとテディ、貴方達に『付与』の授業をしてもらおうと思っているのですが、いかがですか?」
サフランが二人の方を見て尋ねると、テディが驚いて立ち上がった。
「ぼくたちが授業、ですか!?」
「そうです。付与には才能や潜在的な魔力量も必要ですが、幼少期から付与の練習が出来たか、というのも大きいと思うのです。リラもテディも、小さい頃から付与を始めましたし……」
サフランは近くに置いてあったダイヤを手に取り、子供達に手渡した。子供達は石を陽に透かし、感嘆の声をあげている。
「魔法と神聖力の実践がてら、付与の練習をしてみましょう。実際に魔石や聖石を作ることが出来なくとも、力の操作の練習にはなるはずです。……そして上手くいけば、アメジスト領を挙げての事業に……!領地拡大、学校増設、農地改革にインフラ整備……」
うふふふ……と怪しく笑うサフランを見て、リラとテディは顔を見合わせて苦笑する。
「お母さま、私達で上手く授業ができるかわかりませんが……やってみます。みんな、遊びの一環だと思って頑張りましょうね!」
こうして、アメジスト領の学校事業は幕を開けたのだった。
・・・・・
その頃、飛行便から手紙を受け取ったメイドのマリーは、またしても顔を真っ青にして、サフランの執務室へと走っていた……。
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