第19話 ドキドキ!魔石クッキング
リラの頭に、過去の記憶が断片的に蘇る。
・・・・・・・・・・・・・・・
「討伐に行ってきます。すぐに帰りますからね」
リラの頭を撫でてから家を出た、母の優しい微笑み。
・・・・・
数日後、部屋に飛び込んできて「サフラン様が……!!」と叫び、膝から崩れ落ちて震えていたマリーの真っ青な顔。
・・・・・
戦地から運ばれてきた、粗末な棺桶の中の、変わり果てた母の姿。
・・・・・
小雨に全身を濡らしながら、父に肩を抱かれて見つめた母の墓標……。
・・・・・・・・・・・・・・・
あまりの悲しみのために前後の記憶が曖昧で、七回繰り返したにも関わらず、断片的にしか覚えていない。
いつこの討伐があったかも、今までは思い出せなかった。
──大地震の後、だったのですね……。
母の死後、アメジスト家は没落した。
敏腕領主だった母の代わりを、体力だけが頼りの父が務められるはずもなく、次第に領地の力は落ちていった。
そして、父はお人好し過ぎた。
貴族同士の裏のあるやり取りを読み取れず社交界では孤立し、困窮を装った貴族に嵌められ、財産を奪い取られた。
あげく、サクラの策略によって王殺しの濡れ衣を着せられ、獄死した。
──母の死が、全ての悲劇の始まりだったのだ。
我に返ったリラは、両手で自分の頬をバチンと叩いた。涙で濡れた頬が、じんじんと痛い。
……泣いている場合では無い。母を救うために、少しでも記憶を思い出して手立てを考えなければ!
まだ幼かったリラを慮ってか、周囲の人も母の死の詳細を語らなかった。
ただ、「魔獣の魔力にあてられて……」と、メイド達が小声で話していたのを聞いたことがある気がする。
「魔獣からお母さまを守れる、神聖力があれば……」
そう呟くと、リラは領地内の教会へ走った。
・・・・・・・・・・・・・・・
「本当にごめんなさい、リラちゃん。ネタバレになるようなことは、話せない決まりなの……」
教会で神に祈りを捧げ母の死因を聞くと、神は痛切な面持ちで頭を下げた。
「頭を上げてください!そうですよね……」
「ごめんね、力になってあげられなくて……」
いつものふざけた調子でなく、神は申し訳なさそうに肩をすぼめている。
「……あの!私、神聖力を付与した魔石を作ろうと思っているのです。少しでも魔物の魔力を浄化出来るように……」
「いい考えだと思うわ!……でも魔力と違って、神聖力を宝石に付与することは、今まで出来なかったでしょう?」
「はい。でも、必ずやってみせます。……神さまの石なので、ダイヤモンドに付与を試してみようかなと思うのですが……」
神が大きく目を見開くと、リラの頭上から「いいね!」のハートの砂糖菓子が降ってくる。
神は慌てて両手で顔を覆ったが、表情を見せないようにしているのだろうか。
「ワタシカラハ、ナニモイエナイケド、イインジャナイカシラー」
神が抑揚の無い裏声でそう言うと、隣に座っているテディベアのパンジーが、怒った様子でぐいぐいと神のパジャマの裾を引っ張る。
「これぐらいは許してちょうだい!……あと、この話とは関係ないけれど、物置に銀の甲冑があるでしょう?あれも討伐に使えると思うから、それとなく廊下に出しておくと良いと思うわ!」
「……?はい、わかりました!」
パンジーはポカポカと神を叩き始めるが、神は気にせず話し続ける。
「それとリラちゃんは勘違いしているようだけど、テディよりもリラちゃんの方が神聖力は上よ。7回の人生分の信仰と、私との直接対面というバフがあるもの!……だからお母さまへと渡す石は、リラちゃんが自分で付与なさい」
「……わかりました。ありがとうございます!」
「検討を祈るわ。頑張ってね!」
神がウインクをすると、さらにハートの砂糖菓子が何粒か降ってきた。口に含むと、ほんのり甘い。少しだけ、元気が湧いてきた。
リラは教会の神の像に向かって深々とお辞儀し、力強い足取りで教会を走り出て行った。
・・・・・・・・・・・・・・・
翌朝。
テディがリラの部屋に呼ばれて行くと、姉は白いフリルのついたエプロンを着て仁王立ちしていた。
声をあげて泣いていた姉の姿はなく、少し腫れた目は決意に満ち溢れている。
「お姉さま、大丈夫ですか……?」
「はい!起きていない未来を嘆いても、仕方がありませんものね! ──テディ、お母さまを守るために、お手伝いしてくれますか?」
「もちろんです!」
「では、一緒に……魔石クッキングです!!」
リラはテーブルの上に、自らのコレクションの宝石をぶちまける。ルビーやサファイア、家名のアメジストをはじめ、色とりどりの宝石が並んでいる。
リラは両腕の袖をめくり、白くて細い腕をあらわにする。
「今日はこちらの宝石に、魔力付与を行なっていきたいと思います!まず基本ですが……宝石には、同じ色属性の魔力を付与出来ます。ルビーは赤いので火属性、といった具合に」
「じゃあ……サファイアは青いので水、ですか?」
「その通りです!そして付与出来る魔力は、自分が使える魔法と同じですから……私は紫の髪なので、火と水ですね。それから水色の風属性と、ピンクの花属性も、ちょっとだけ付与出来ます」
リラはサファイアを手に取り、左手の手のひらに乗せた。
「そもそも、魔力付与ってどうやるのですか?」
「ええと……テディは、ケーキにクリームを絞ったことがありますか?」
脈絡のない質問に、テディはきょとんと目を丸くする。
「ありますけど……あ!お姉さまのお誕生日会のケーキは、ぼくがクリームを絞って塗ったんですよ!」
「そうでしたね、とっても美味しかったですよ!……魔力付与も、あれと同じイメージです」
リラは手のひらのサファイアに、人差し指を軽く押しつける。
「クリームよりももっと細く……チョコペンくらいの細さですかね。それをこの石の端から端まで、円形に隙間なく絞って埋め尽くしていくイメージで……」
リラが目を瞑り息を潜めると、指先から青い光が溢れて、石の底に溜まっていく。
静止しているようだが、よく見ると指先が僅かに動いているようだ。
5分ほど経ち石が光でいっぱいになると、リラはゆっくりと手を離した。
「ぷはっ……これで、付与、出来ました……」
「息をとめていたのですか!?」
「いいえ……でも、集中していて、呼吸していたかどうか……」
付与されたサファイアは、ほんのりと青く発光している。リラが洗面用のタライに石を入れ軽く指で触れると、石から大量の水が溢れ出した。
「付与は成功したようですね。これでこの魔石に魔力を込めれば、誰でも水魔法が使えるようになります」
「すごいですね!!……でもぼくは魔力がないから、魔力付与のお手伝いはできないかも……」
「大丈夫ですよ。テディにお手伝いしてもらいたいのは、こちらなんです」
リラはテディの手のひらに、ダイヤモンドを乗せる。
「ダイヤモンド、ですか……?でもダイヤは、魔石には出来ませんよね?」
「一般的にはそうですね。……話は変わりますが、宝石と魔力、髪色の関係を考えると、神聖力は何色にあたると思いますか?」
テディはしばらく黙り込んだ後、ハッと顔を上げる。
「髪色が白に近い方が、神聖力の適性が高いってことは……神聖力の色は、白……?」
「私もそう思います!神聖力は、透明に近い白だと思うのです。……それにダイヤモンドは神の石ですし、神聖力を付与出来るならばダイヤでしょう」
リラはダイヤモンドを高く掲げ、陽に透かす。
「神聖力の魔石を量産して、お母さまを……そして討伐隊の皆さんを守りましょう!!」
テディは手を叩いて拍手しながら、こう尋ねる。
「でも、どうやって?普通には付与出来ないんですよね?」
「そうなんですよ〜……」
テディの質問に、リラはふにゃふにゃとテーブルの上に崩れ落ちる。
「石にヒールをしてみたのですが、このように……」
リラがダイヤモンドに指を当て目を瞑ると、指先が白く光り出す。それは石に吸い込まれていくかに見えた……が、そのまま石を通り抜けて霧散してしまった。
「……こんな風に、神聖力が石に留まってくれないんです。少しの間は、心なしか輝きが増しているような気がするのですが……」
付与されたダイヤは僅かに虹色の光を見せたが、すぐに元の状態に戻ってしまった。
「うーん、神聖力が石をすり抜けてしまっているように見えますね……」
「そうですよね!魔石や神聖力に関する本も読み漁ったのですが、今まで誰も成功出来ていないみたいで……。とにかく、色んなやり方でやってみましょう!」
「はい!」
二人はそれから、様々な方法を試した。聖書に挟んで全体にヒールをかけてみたり、二人同時に力を込めてみたり、箱にいれたり、火にかけたり、水に入れたり……。だが、どれも上手くいかなかった。
「他の色の宝石も、試してみましたが、やはりダイヤが一番可能性がありそうですね……」
「一瞬なら、付与できるん、ですけどね……」
二人が息を切らして倒れていると、マリーがノックも無しに部屋に飛び込んできた。
リラの心臓が、ドクンと音を立てて跳ねる。
──まさか、もうお母さまが……!?
「リラ様、テディ様!大変です!」
「どうしたの!?」
「それが……」
廊下から数名の声が聞こえ、何かが担架に乗せて運ばれてくる。それは──うめき声を上げる、銀の甲冑だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます