第17話 茶会は進む
「お招きいただき……大感謝です!!!」
どこかリラ達の父マシューを彷彿とさせるオレンジの髪の少年が、たくましい腕を見せつけるようにして立っている。
5月なのにやけに薄着なのは、自慢の筋肉を露出したいからだろうか。凛々しい太い眉と、大きく笑った口から見える白い歯が印象的だ。
「エド!出会い頭にポージングをするなとあれほど言ったのに!!……申し訳ございません、殿下」
後ろからポニーテールの少女が追いかけきて、少年の頭をぐいと下げながらお辞儀をする。
年齢は少年と同じく9歳くらいだろうか。透けるような美しい黄緑色の髪に、切れ長の大人びた印象の目、眉がスッと上がった凛々しい顔立ちだ。
「そんな調子だから、脳筋などと言われるのだろう!……私は大臣の娘、セレナ=ペリドットと申します」
「脳まで筋肉で鍛えられるのならば、最高じゃないか!どうも、騎士団長の息子、脳筋のエドワード=シトリンです!!」
セレナは、もう駄目だ……といった様子で頭を抱える。
二人を見て、リラは目を輝かしていた。
セレナは過去のループの学園生活の中で、大好きな親友だったのだ。
マイペースなリラと、クールでありながら面倒見の良い姉御肌なセレナは意外と相性が良く、多くの時間を共に過ごした。
──セレナとこんなに子供の頃に出会えるなんて!……それにしても、以前は見られなかったセレナの子供姿……大変眼福ですね。ハッ!これが「推し」……?
リラが図らずも推しの概念を理解しかけている間も、エドとセレナはコントのようなやり取りを続けている。
エドワード=シトリンは、おそらく「攻略対象者」だ。
幾度目かのループの際、サクラと恋仲になっていたことがあるのだ。──セレナと、婚約者であったにも関わらず。
そのループの際、セレナはエドを見返す為に身体を鍛え上げ、女性騎士団を設立し、初代団長にまで上り詰めた。
……そのスラッとした長身の体を、ごりごりのマッチョにして。
──セレナがお父さまみたいになるのは、絶対に避けなければなりません!
リラは決意も新たに二人に自己紹介をし、ふんっ!と無い力こぶを作る。一応、エドに対抗しているつもりだ。
エドは一瞬キョトンとした後、勢いよくリラの手を握って上下に振り下ろした。
「なんと!アメジスト家といえば、あの引退した伝説の騎士団長、マシュー殿のお嬢さんと息子さんか!?お会い出来て光栄だ!!……その、今はまだ小柄なようだが、いずれマシュー殿のように立派なマッチョになられるだろう!」
エドワードから励ましの言葉を貰ったが、マッチョになる予定のない二人には全く響かなかった。
横でテディが「……ぼく、お姉さまの筋トレを減らすように、お父さまにお願いしますね……」と耳打ちする。
「……もういいか?」
アレクが待ちくたびれたように声をかけると、全員が慌てて着席した。執事のヨハンがいつの間にか現れ、参加者全員分の紅茶を用意している。
アレクは、紅茶を一口飲んでから話し始めた。
「みなを招いたのは……孤児院設立計画のために意見をもらいたかったからだ」
「孤児院設立……ですか?」
「そうだ。現在王都には、40人ほどの孤児が路地裏に暮らしている。……由々しき事態だ」
アレクはテディをちらと見てから、前髪をかき上げて小さくため息をついた。路地裏の子供達の様子を思い出したのだろう。
「王に、孤児院を建てたらどうかと進言したのだがな……。三年以内に採算がとれなければ、国費は出さないと仰った。使える駒以外に、出す金はないと」
「そんな……。建設費用や人件費、生活費などでかなりの金額がかかりますよね。数年で採算がとれるものではありません」
「そうだ。孤児院は未来への投資になるかもしれないが、そもそも利益の出る事業ではない。──そこで、お前たちの意見が聞きたい。もう俺では、考えが浮かばなかった」
アレクが一同をまっすぐな瞳で見つめる。
「王にとっては駒でも、国民は全て守るべき存在だ。幸せに生活させる義務がある……と俺は思う」
「王太子にとっては、ですね」
「ああ、そうだ」
アレクは僅かに笑ってから、一同に向かって頭を下げる。
「……この通りだ。力を貸してほしい」
プライドが高く、人の力を借りないアレクのそんな姿を見たのは初めてで、一同は驚きで黙り込んでしまう。
しばしの沈黙の後、声を上げたのはセレナだった。
「あの……私では、お力になれるかわかりませんが……。孤児院を、庶民も通える学校として建設してはいかがでしょう?読み書き計算が出来る人材が増えれば国の財産となりますし、商人やお店をやっている方たちも、子どもが教育を受けられるならばありがたいでしょう」
「……良い考えだが、三年で費用回収までは至らないだろうな。学校にするとなれば、建設費用や人件費も倍以上になる。それに商人や店の子どもたちは、親にとって貴重な労働力となっているのだから、日中学校に通わせることをしぶるはずだ」
セレナが項垂れるのを見て、アレクが慌ててフォローする。
「だが庶民向けの学校は、いずれ建設しなければならないと思う。読み書き計算が出来る人材は、セレナの言う通り国の財産となるからな。国民の生活も向上するだろう」
セレナが気を取り直して微笑むと、今度はエドが勢いよく手を上げた。
「では!騎士団が孤児を引き取って鍛え上げて、騎士団員とするのはどうでしょう!?幼少期から鍛えれば相当な手練れになるはずですし、宿舎は騎士団のものを使えば、40人くらい……なんとか……」
「40人も収容できるか?寝床も必要だが、宿舎はほぼ満員のはずだぞ。それに騎士団は今でさえ忙しいのに、子どもの面倒を見る余裕はないだろう」
エドワードもセレナ同様項垂れるが、アレクはさらに畳み掛ける。
「しかも孤児の中には体の弱い子どもや、『体力』が少ないものもいる。鍛えたところで、全員団員として雇えるわけではないしな。……まあ、体格の良い子どもを数人程度なら引き取れるかもしれない」
なかなか良い案が出ずみんなが頭を抱えていると、ノアが呟く。
「でも孤児院用に建物を立てないというのは、金銭面ではいい案かも。引き取るとなると……現実的に考えて教会が一番だろうね。王都には大小合わせて3つ教会があるし、教会は今人不足だから、宿舎の問題も大丈夫。……でも、教会はお金にならないと動かないだろうね」
「王命でも動かないか?」
「うーん……表向きは引き取るかもしれないけれど、どんな扱いを受けるかはわからないね。そもそも教会もお金不足だし、満足に居住環境や食事を与えられるかどうか……」
皆が沈黙していると、テディがおずおずと手を上げた。
「あの……。一時的にでも、どこかで引き取れるのならば、そうしてあげてほしいです……。路地裏の子たちは月に何人か増えるけれど、同じくらい減っていくんです。病気になって、というのもあるけれど──人攫いに、あって……」
「……人攫いだと?」
「はい。子どもたちの中での噂ですが、魔力が高い子や容姿の良い子は、悪い人に捕まって売られるんだそうです。跡継ぎがほしい貴族の人の子どもや、奴隷として……。貴族の子どもになれた場合はましだけど、大半がひどい目にあうって……」
テディは目に涙を溜めて、アレクを見つめた。
「お願いします。ぼくにできることなら何でもやりますから、みんなを助けてください」
リラは過去の記憶から、人身売買組織が捕まったことを思い出していた。
今の時代から約10年後、国の綿密な調査によって組織は投獄されたが、関係者が口を割らなかったのか詳細は明かされなかった。
あの時首を突っ込んでいれば……と、リラは唇を噛み締める。
「助けたい気持ちは山々だが、俺の一存で動かせる金はわずかで、どうにも……」
「……それでは、人身売買を公共の事業として、教会に行わせてはいかがでしょうか?」
リラの発言に、一同が顔を見合わせる。
「……正気か?」
「はい。教会はお金があれば動くのですよね?ならば教会に子どもを育ててもらって、貴族が『里親』という名目でお金を払って引き取れば良いのです。それまでにかかった養育費+αを、寄付という形で」
「今は何故かどの貴族も子どもが出来にくくて、跡継ぎに困っているって噂を聞いたことがあるよ。……いけるかもしれない」
ノアが顎に手を当て、真剣な表情で同意する。
「はい。教会も貴族が視察にくるとなれば、子どもたちを悪いようにはしないでしょう。清潔に見えるように良い服を着せるでしょうし、食事もしっかり与えるはずです」
「教会で聖書の勉強をすれば、読み書きも覚えられるかもしれませんね!」
「そうですね!貴族の子どもとなるならば読み書きは出来た方が良いですし、付加価値が高まってよりお金がもらえるならば、教会も教育を惜しまないでしょう。普段行なっている聖書の勉強会からも、大きく外れないでしょうし」
アレクは少し考え込んでから、こう質問する。
「……では、貴族に引き取られないような、魔力の低い子供はどうだ?貴族が欲しいのは、自らの家系に近い髪色で、魔力の高い子どもだろう」
「里子に出されなかった子どもたちは、王都で仕事についた後に、お給金の一部を教会に納めるというのはいかがでしょうか?……生活に無理のない範囲で。読み書きが出来るならば王都でも良い職につけるでしょうし、それならば教会も損はしないです」
「教会も人手不足だし、神聖力の高い子はそのまま神官になっても良いかもしれないね!ヒールで治療が出来れば、悪い言い方だけどお金も稼げるしね」
「ならば、体力の多い者は騎士団に勧誘しよう!田舎に仕送りしている者もいるし、給金から多少教会に納める余裕はあるはずですぞ」
トントン拍子に話が進み、アレクはしばし呆然とする。自分一人で結論が出なかったことが、話し合いでこうもスムーズに解決するとは。
「……どうでしょうか?」
一同に見つめられ、アレクはぐるっと皆を見渡した後、こう切り出す。
「全てが上手くいくとは限らないが、やってみる価値はある。……教会に交渉してみよう。教会が頷けば、国の事業として貴族たちに周知させるつもりだ。王都で事業が成り立てば、地方の孤児たちも救える可能性がある」
リラ達は立ち上がり、歓声を上げながらハイタッチをした。テディは嬉しさに涙を浮かべてリラに抱きつきつつ、ハッと気がついたように声を上げる。
「あ!お茶会の途中で立ち上がるのは、マナー違反です!……先生に怒られちゃうな」
「良い!今日はもう無礼講だ、マナーを気にせず過ごすが良い!」
「……ブレイコー?」
「身分の上下を気にせず楽しんで良いということですよ!……つまりは、テディもアレクさまとお友だちだということです!」
「そこまでは言ってないぞ!……まあ、どうしてもというのなら……」
「では、俺もセレナも友だちということでいいかな、殿下!」
「そんな!殿下相手に無礼だぞ、エド!」
「いや、良い。……その、お前たちが良ければだが……」
エドはもちろんだ!と大きく笑いながら、アレクと肩を組む。反対側から、ノアも笑顔で兄の体に抱きついた。その姿を、執事のヨハンは号泣しながら見つめていた。
「ええと……ライラックさん?私たちも、友だちに……」
「ええ!リラと呼んでくださいな、セレナさん!」
「私も呼び捨てで良いよ。よろしく、リラ!」
こうして、リラ達の初めての茶会は、和気藹々と過ぎて行った。
・・・・・・・・・・・・・・・
「……ということになりました、父上。国費は使わず、教会との交渉のみで済ませます」
アレクとノアが王の前に跪き、教会里親制度について報告する。
「ハッ!面白い。ワシを頼らずに進めるつもりか、子供風情が。──どこまで出来るかやってみるが良い」
アレクが退出した後、王は自慢の髭を撫でながら呟いた。
「──さて、あの小娘達の計画が上手くいくか……見ものだな」
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