第2話 神曰く、この世界は
「私は、あなた方が神と呼ぶものです」
「あなたが、ダイヤモンド神さま……!?」
「そんな仰々しい名前で呼ばないで、ダイヤで良いわよ」
「そういうわけには……」
神はいつのまにか現れた豪奢な天蓋付きのベッドに、長い脚をゆったりと組みながら腰掛けた。
「いいのいいの。……というより、仰々しいのは私が嫌なだけだから。うーん、そうね……神命令よっ!」
神がピシッと指差すと、リラのおでこをピリリと電気のようなものが走る。
「うう……それでは、ダイヤ様」
「まあ、それで良しとしましょう。ところで、聡いあなたは気付いているでしょうけれど……。リラちゃん、残念ながら、あなたは死んでしまいました。ここは世界の外の、私──神の領域です」
リラは特段驚いた様子を見せなかったものの、口をつぐんだまま、何か考え込むように俯く。
神は困ったような優しい表情で彼女を見つめ、指を軽く一振りした。するといつの間にか、リラの手の中に湯気の立つココアの入ったマグカップが握られていた。
淡く細かい泡が揺蕩うココアの表面には、小さなマシュマロが数個浮かんでいる。
「前回の終わりが、あんな感じだったから……。受け入れづらいわよね」
リラは戸惑いつつも、神に促されてマグカップに口をつける。甘くこっくりとした味わいが口の中に広がり、思わずほっと声がもれた。
しばらくの沈黙ののち、リラが意を決して口を開く。
「あの、ダイヤ様……。私の居た世界が、ゲームの世界だというのは本当でしょうか……?」
「うん、そうね……。話すと長くなるのだけれど……」
そう言って、神が話し出した内容はこうだ。
この世には神が複数いて、ある一つの世界『地球』を観察して楽しんでいた。
長いことみんなで地球を見ていたが、とある神がこう提案する。
「各々自分だけの世界を創ろうではないか!」と。
ダイヤ神はそれならばと、以前地球で見て惚れ込んだ乙女ゲームの世界を再現することにした。美しい自然と、街並みと、剣と魔法の世界──。
「でも、どうやらこの世界ちゃんってば、私の手からひとり立ちしてしまったみたい──」
世界観の土台と登場人物だけ借り、後は自由な人々の営みが見たかった神の心とは裏腹に、世界はゲームのシナリオ通りに進んでしまう。
世界を創るのが初めてだったためか、はたまた「原作」の強制力のためか──。
干渉しようにも、世界の外から与えられる影響は微々たるものだった。
予想の出来ない未来を望む神は、ひとまずゲームシナリオを「クリア」することにした。
地球から元の乙女ゲームのプレイヤーだった少女を呼び寄せ、主人公として転生させることにしたのだ。
それが、サクラだった。
「でもねでもね、あの子ひどすぎよ!いくらちょーっと改変力を授けたからって、ゲーム以上に人を殺したり、好き放題暴れ回るなんて!」
神はプンプン!とコブシを振り上げる。
「そのせいで、あなたには辛い思いばかりさせたわね……。私にも原因の一端があるわ、本当にごめんなさい」
神が深々と頭を下げるのを、リラは両手を振りながら止める。
「そんな!神ともあろう方が、頭を下げないでください!辛かった……ですが、幸せな瞬間……生きていて良かったと思える時間も、確かにありました」
リラは長い睫毛を伏せながら、遠い家族の記憶に思いを馳せる。
「それにあなたが望まなければ、私達は生まれることも、幸せを感じることさえもなかったのですから」
僅かに首を傾け穏やかに微笑むリラに、神はほろりと涙をこぼす。
「リラちゃん……」
「でも……主人公の思い通りに動かされたり、気まぐれに殺されたり……やっぱり私たちは、ゲームの登場人物に過ぎなかったのでしょうか……?」
「そんなこと!……そんなことは、絶対にない!」
神は声を震わせながら、リラを抱きしめる。
「確かに始まりはゲームだったけれど、あなたたちは生まれて、心を持って愛を育み、そして死んでいく……紛れもない人間なの」
神は涙で濡れるリラの頬に手を添え、目と目を合わせて微笑む。
「ずっとあなた達を見守ってきた私が言うのだから、間違いないわ。──私は、あなた達一人一人を愛しているの」
神はリラの手を取り、こう続ける。
「今までは、私の望んだ世界じゃない。そして、世界ちゃんが良しとするストーリーでもなかった。未来が続かず、ループを続けていたのがその証拠よ」
神はキラキラと光る睫毛で縁取られた目で、リラを力強く見つめた。虹色の瞳が揺らめき、気を抜くと吸い込まれそうな気分になる。
「この世界はもう一度、過去に戻って繰り返す。あなたはそこで、望まれたエンドを迎えて。そうしたら、自然と未来は開かれるはずだから」
「望まれたエンド、とは……?」
「それはね──あなたが幸せになることよ!」
神のセリフに合わせて、どこからともなく現れた小さな天使達が、手にした籠の中から花びらを撒き始める。
「……はい?」
「何故ならば、あなたが私の『推し』だから!!」
神が神々しい笑みでそう言い放つと、背後から現れた天使達がラッパを吹き鳴らした。
──なんだか、予想もしない角度に話が進んできた。
「ふわっふわのアメジスト色の髪に、ビスクドールも裸足で逃げ出す白い肌!星空のように煌めく瞳に困ったような下がり眉が深窓の令嬢の雰囲気を醸し出すも、逆境にも屈しない強い心を持つギャップ!そして全てを許し、全てを愛すラブ&ピース!まさに天使……いや、聖女!?これを推さずに誰を推す!!」
神が片膝をついて腕を上げると、天から光が差し込んでくる。
「か、過分なるお褒めの言葉……恐縮にございます……?」
「まあ私が創った以上、人類みんな箱推しなのだけど……あなたが最推しで、そして推しカプで……あっ本人目の前に推しカプなんて言うのもヤボよね」
神は顎に手を当て、ブツブツと一人で呟いている。リラが呆気にとられていると、神はその手をギュッと握りしめた。
「そして推しに実際会って、こうして話して握手なんてしちゃって……不謹慎ながら実は私、大興奮だったり!?」
キャッと照れながら頬をおさえる神を、リラはぽかんと見つめるしかなかった。
「世界ちゃんの推しもあなただと思うのよね。だからこそあなたが死んじゃうと、悲しくてストーリーをやり直しちゃうのよ」
「は、はあ……」
意思疎通は出来ないけれど、世界ちゃんも私の子供、そうに決まっているわ……と、神はうんうん頷きながら一人で納得している。
「まあとにかく、ゲームのストーリーが終わる頃にあなたが幸せであれば、万事解決なわけ!」
神がパチンと指を鳴らすと、天使達が苦心しながら黒板のようなものを引きずってくる。
「……そうと決まれば、作戦会議よ!」
いつの間にか眼鏡をかけて黒いスーツに身を包んだ神が、ビシッと天に向かって指を上げた。
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