【神推し令嬢】神が推す!悪役令嬢に仕立て上げられた聖女は、攻略対象者たちを“救済”します![第三章 開幕]
きなこもちこ
第一章 幼少期編
第1話 幽閉された姫君
「まったく……誰よ、アイツをこんな所に閉じ込めたのは……」
古びた石塔の螺旋階段に、場違いなヒールの音が響き渡る。ローブについたフードを目深にかぶった人物は、自らの杖で周囲を照らしながら階段を上っていく。
「まあ、私なんだけど、ね!……っと」
フードの人物は息を切らしながら、錆び付いた扉の前で立ち止まった。扉には鎖が何重にも絡まり、錆びた南京錠がかかっている。
「『解錠〈アンロック〉』」
フードの人物が杖を近づけて呟くと、鍵は外れ、鎖が騒々しく音を立ててほどけていった。
重低音を響かせながら扉が開くと、中にいた少女がビクリと体を震わせる。その拍子に、少女の手と足を拘束している鎖が僅かに音を立てた。
乱れた紫の髪に粗末な服を着た少女は、やつれた青白い顔でフードの人物を力なく睨みつける。
「あらぁ、ご機嫌よう、アメジスト伯爵令嬢!……と、伯爵位は剥奪されたんだったわね。では、リラと呼べば良いかしら?」
フードの人物がローブを脱ぐと、赤いドレスに艶やかな長い黒髪がこぼれ落ちた。リラと呼ばれた少女と対照的に、手入れの行き届いた身なりだ。
「……何の用でしょうか、サクラ皇太子妃様」
「そんなに睨まなくたって良いのに!……やっぱり、婚約者が奪われたのが憎い?」
サクラと呼ばれた少女はふわりとしゃがみこみ、リラの頬を掴んで無理矢理に目線を合わせる。
「それにしてもおかしいのよね〜、他の攻略対象者は簡単に落とせたのに、最推しのノア様だけ攻略出来ないなんて!」
「……何のことでしょうか?」
「ふふん、もうリセットだから教えてあげるけど、この世界はゲームの世界なの!私が主・人・公の」
状況が飲み込めないリラの表情にサクラは満足げな笑みを浮かべ、杖で豪奢なソファを出してボスンと勢い良く腰掛ける。
「イケメンな推したちを攻略して自分のものにする、いわゆる乙女ゲームなわけ。そしてあなたは、悪役令嬢役ってこと」
いぶかしげに見つめるリラを指差しながら、サクラは退屈そうな表情で続ける。
「今回は幽閉エンドにしてみたんだけど、どう?前回は国外追放で、その前は娼館送り…もちろん処刑も一番最初にやったわ!もうこれで、7回目のループなの」
その瞬間、リラの頭にこれまでの7回の人生の記憶が流れ込んできた。殺される家族、使用人たち、そして自分……。
リラは唇を噛み締めながら、声を絞り出す。
「……お父さまを……みんなを殺して、何がしたいのですか」
「何って……あなたを悪役に仕立て上げて、それを許して憐れむ聖女ー!な私を引き立たせているだけ。──攻略しやすくするためにね。周りの人を殺す必要はなかったけど、7回も同じゲームをやってると飽きちゃった」
サクラは口に手を当て大きくあくびをすると、頬杖をつきながら金色の瞳でリラを見つめた。
「どう?私が憎い?」
「……あなたが、私の大切な人たちにしたことは……決して、許されることではないでしょう……」
「あは、いいわ!ようやく人間らしくなって。あなたの偽善者聖女ムーブにはもう飽き飽き。──まあ何にせよ、あなたは殺さなきゃいけないんだけど。次のループに進むために、あなたの死が必要だから」
サクラはそう言って小声で呪文を呟くと、杖を鋼鉄の剣に変えた。リラは目から溢れる涙をそのままに、唇に血を滲ませてサクラを睨みつける。
「いざ殺されるって時でも、命乞いもしないのね。……そういうところが、大嫌いだったわ。──サヨナラ」
剣が空気を切るように宙を舞い、リラの身体を斜めに引き裂く。
その瞬間、サクラの後方のドアが勢いよく開いた。
「リラ様!!」
燃えるような紅い髪をした少年がサクラを押し退け、倒れているリラの元に駆け寄る。
「な!?あなたは……ノア様!?」
「サクラ!!お前は……兄上を、国を操るだけでなく、リラ様まで……」
驚くサクラをよそにノアは懸命にリラに呼びかけるが、流れ出した血で辺り一面が赤く染まっていく。
「リラ様、だめです、リラ様……」
「……ノ……ア……さま」
リラがかすかに目を開けると、ぼんやりとした視界の中でも分かるほど、顔を歪めるノアの姿があった。
ノアの目からこぼれた涙が、リラの頬を伝わって落ちていく。
「そんなに、泣かないで……ください……。最後に、あなたに会えて良かった。……あなたは、優しい人、だから……どうか、恨まず、生きて……」
「そんな……行かないでください、リラ様……」
泣き崩れるノアの肩に、サクラがポンと手を置く。
「その子はどうせあとちょっとで死ぬわ。もうリセットが始まるだろうから、最後に一つだけ教えてくれない?あなたの攻略方法は……」
「お前は、お前だけは、絶対に許さない……」
ノアがゆらりと立ち上がると、周囲を異様な熱気が包む。涙を拭ったノアが杖を向けると、何もないはずのサクラの足元から炎が立ち昇った。
「熱!?何これ!?まさか……!?ねえ、早まらないでよ、ねえ!?」
「リラ様、私も……一緒にいきます。来世こそは、共に……」
その瞬間、サクラを炎が包みこみ、やがて石塔も真っ赤な炎と共に崩れ落ちるのだった……。
・・・・・・・・・・・・・・・
「───リラちゃん、リラちゃん!」
どこかで自分を呼ぶ、間の抜けた声がする。
「……リラちゃん、リラちゃんてば!」
リラがハッと目を覚ますと、虹色の瞳を輝かせた、世にも美しい顔が鎮座していた。
「はっ……え!?」
「良かった〜!リラちゃんてば、ずっと目を覚さなかったから、心配しちゃった!」
ほーっと胸を撫で下ろす美しい顔の持ち主は、白とも銀ともつかない、虹色に光沢する長い髪をフルリと振るう。
「ここは……?私は死んだはずでは……?」
リラはあたりを見渡すが、キラキラと光る何もない空間に、ふわりと身体だけが浮かんでいる。
汚れていたはずの体はキレイになり、お気に入りの白い礼拝用のワンピースを身につけていた。
「浮かんだままじゃ話しづらいかな?……ほいっと!」
長髪の人物が指を動かすと、ポンッ!という音と共にフカフカの大きなクッションが数個飛び出し、どこからともなく現れた猫足の可愛らしいソファの上に置かれた。
「座って……と、まずは自己紹介かな」
長髪の人物は中性的な顔をわずかに傾け、胸に手を当てる。
「私は、あなた方が神と呼ぶものです」
神は切れ長な美しい目元をゆるめ、厳かに微笑んだ。
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