142てぇてぇ『禁止ってぇ、可能性狭めるんだってぇ』

「……おもしれー女にしてくれるんですね?」


じとっとした目でルカさんはツノさんを見つめている。ツノさんは楽しそうにその目を受け止め笑う。


「おう」

「分かりました。宜しくお願いします。じゃあ、何を教えてくれるんですか?」


ルカさんは目を伏せ、近くにあった椅子に座り、ツノさんの言葉を待つ。


「おっけ。じゃあ、まずは……アンタの配信を見よっか」

「反省点を探すと言う訳ですね。分かりました」

「るいじのごはん待っている間、私たちも見る」

「そっすねー」


ルカさんとツノさんがキッチンのモニターの前を陣取るとその周りにマリネたちがみんな集まってくる。俺は、さっきからずっと焼いていたクッキーを差し入れる。飲み物も準備しておいてよかった。


「さするい~。ありがとありがと」

「ありがとうございます」


ルカさんは画面から目を離さずノートも持ったままお礼だけ言ってくれる。

画面の中ではルカさんが配信の様子を振り返る。


……カリカリ。


……カリカリ。


……カリカリ。


「って、こわいわー!」

「ひえ!?」


ツノさんが突然声をあげ、ルカさんが飛びのく。ノートとペンが跳ね上がり、野生児さなぎちゃんが素早くキャッチする。


「な、な、なんですか!?」

「普通こういう時って、『わーきゃー』『やめてやめてー!』『もー!』って初心な反応するもんじゃねーのお!? 何、カリカリカリカリって、ペンを走らせる音しか聞こえねーんだけど! カリカリカリって!」

「だって、配信を見ろって言うから!」

「大体、おめーは何書いてんだよお! さなぎちゃん!」


ツノさんにいきなり呼ばれたさなぎちゃんが慌ててノートを覗き込む。逆だったらしく、上下反転させてる。かわいい。


「ひゃ、ひゃい! えーと……『声がくらい』『発言が面白くない』『もっとテンション上げる』『噛んだ』とかです、綺麗な字ですね」

「あ、ありがとうございます」

「あ、ありがとござぃます……じゃねーんだわ! そこじゃねー! 色々そこじゃねー! アンタが見るべきところはココじゃい!」


そう言ってツノさんが指さしたのは、


「コメント欄?」

「ここを見るんだよ!」

「なるほど! ファンのダメ出しを見て勉強しろと」

「ちげぇええええええええ!」


ツノさんのツッコミが止まらない。


「見るのは、アンタを褒めてるコメントでしょうがぁあ!」


ツノさんはそう叫ぶ。

その叫びに一瞬びくりと身体を震わせたルカさんだが、ふと横に視線を外してぼそりを呟く。


「ほ、褒めてるコメントですか……?」

「アンタ、どうせ自分が駄目な所を指摘しているコメントしか見えてないんでしょうが! あーあー! そういう感じ! そういう感じがつまんないの! ダメしか見えてない感じ! アタシが学校嫌いなのはね、アタシの知ってる学校の先生がなんでもかんでもダメっていうから! ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメじゃねーだろ! おもしれーとこ見つけろよ! 決めつけるなよ!」

「でも、なんでも上手く出来なくて」

「上手く出来てない所もかわいいだろうがぁああ!」


ツノさんは叫び続けた。


俺もそう思うぜぇええええええええええ!


俺も心の中で叫び続けた。


「かわ、いい? え、あ、え、あの、え? かわいい?」


ルカさんが顔を真っ赤にさせて固まっている。口だけがパクパク動いているが、それ以外は微動だにせずただただ色だけが赤く染まっていく。

一方のツノさんは、セミナーでも開いてんのかってくらい歩き回りながらオーバーな動きで話し続ける。


「出来てないのは別にいいのよ! でもね、『出来ないから』って決めつけてやらないのは人生めっちゃ損してるとアタシは思う!」


そう。ルカさんは、自分でセーブすることが多い。常に配信に対してしっかり考えて危険を予測する。だけど、そのかもしれない運転があまりにも慎重すぎる。だから、出来る事がどんどん狭まっていく。


「視聴者に対しても同じよ。これはよくないかも、悪い影響を与えるかもって考えながら企画考えてるんだろうけどね、そんなこと考えだしたらキリがねーわ! 注意事項だらけでタイトルもキャッチコピーも見えない缶詰作る気かアンタは! 『あけた時に手を切るかもしれません』『ちょっと重いから落として足を骨折するかもしれません』『なんかの拍子でぶん投げたら家のものを壊すかもしれません』『メダパ●くらって缶ごと食べたら歯が欠けるかもしれません』暗い未来なんて無限に出そうと思えば出せるんでしょうが!」


流石陰キャ女神ヘラと一部で呼ばれているツノさんだ。ネガティブなことならいくらでも出てくる。そう、ツノさんだってネガティブだ。正直、ルカさんよりもネガティブかもしれない。

だから、二人は姉妹になった。

俺が、社長に提案した。

ツノさんならきっと、


「でも、じゃあ、どうすればいいんですか?」

「おもしれー女になればいいのよ!」


ツノさんのその言葉に、ルカさんは下唇をぐっと噛み一度目を伏せ顔を上げる。


「そんなの、む、り」

「無理って言うなー! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理! ダメダメダメダメダメダメダメ! ジョジ●のスタンドか、おめーは! ほんと、あの人に似てるわ、アンタ。……いい、学校ってところはね、ダメの少ない、『真っ当な』生徒が評価されがちな世界よ。まあ、それがしょーがないところもあるんだろうけど、ネットの中でダメっつっても見つけるやつは見つけるし、駄目って言っても止めるのなんて難しい。だったらさ」


ツノさんは少しだけ揺れる瞳で俺を見る。俺が小さく頷くとツノさんはふっと笑い胸を張る。


「『こっち来いよ! こっちの方がおもしれーぞ!』って教えてあげるべきじゃないの?」

「え?」

「エロいの見たくなるのは仕方ないけどリアルで踏み越えちゃいけないラインは守った方がかっこいいぞ、悪口はゲームのキャラに言ってもいいけど現実に持ち込んだらダサいからゲームだけにしとけとか、いじめなんてつまんねーことするくらいならこっちで楽しいこと・かっこいいこと・おもしれーことしようぜって、誰かくさしたり傷つけたりするよりおもしれーこといっぱいあるぜって教えてあげるのがアタシ達なんじゃねーの?」


ツノさんはしっかりルカさんの目を見て伝えると、俺が置いたクッキーをとってルカさんに見せつける。


「これ、ルイジのクッキーね。こん中には野菜とか魚とか入ってんの。アタシも含めて偏食どもが多いから、どうにかして食べさせようってこういう事してんの。そんで、アンタの飲み物見なさい」

「飲み物?」


ルカさんが近くにあった俺がルカさんに淹れた飲み物を見る。


「アンタのその飲み物なに?」

「緑茶、ですけど……」

「アタシは、コーラ! みんなのは!?」

「あたし、ハニーミルク」

「ワタシ、ロイヤルミルクティー」

「わ、わたしも緑茶です!」

「うふふ、私、紅茶です。今日はアールグレイですね」

「あたし、カフェオレ~」


それぞれが自分のカップやコップを見て中に入っているものを言っていく。なんだこれ。ちょっと恥ずかしいぞ。

ツノさんはみんなが言い終わると満足そうに頷き、口を開く。


「みんな違うわ。なんでか?」

「えと……もしかして、クッキーを食べやすくするため?」

「そーう!」


びしいいい! と音が聞こえてきそうだ。

ルカさんに指をさしたツノさんが笑っている。


「お菓子ばっかり食べるなとか、栄養あるものを食べろとか言っても、アタシ達はダメ人間だからね! 無理なのよ! だから、ルイジはいつだってうま~く誘導してくるのよ。この孔明が」


自信満々にダメ人間宣言するかね。

ドヤァなツノさんが俺の所にやってきて肘を肩に置き、逆の手で俺のほっぺをぷにぷにしてくる。やめなさい。あと、ちょっと胸が当たってるから!


「そういうルイジがアタシはおもしれーって思うし、か、カッコいいって思ってるのよ!」


かっこいいで言いよどまないで欲しい照れないで欲しい顔を赤くしないで欲しい。

こっちも照れるでしょうが!


でも。ツノさんの言いたいことは分かる。好きなものは好きだし性分は変えられない。じゃあ、あとは、どれだけ楽しく、人様に迷惑かけず愛を表現できるかだと俺は思ってる。


「で、でも……出来るんでしょうか。私にそんなことが……」


ルカさんが再び俯こうとしたその瞬間、ツノさんがルカさんの顔を、ほっぺたを両手で挟んで持ち上げ、叫ぶ。


「出来る出来ないじゃねーつってんでしょうが! やるかやらないか! 出来るか出来ないかなんてなんだってどれだってだれだってわかんねーのよ! わかんねーからおもしれー! 分かんないことに出来たらかっこいいかもってことにチャレンジしていくのがおもしれー女だとアタシは思ってますけど!?」


とんでもない声量で、そして、どこか説得力のあるかっこいい声。

神野ツノのみんなを惹きつける声が『妹』にぶつけられる。

ツノさんはすぐヘラる。それは彼女が相手の感情に敏感で、自分に自信がなくて、悩み続け迷い続けるから。だけど、だからこそ、彼女に惹きつけられる。迷いながら悩みながらも一緒に行こうぜと声を振り絞る彼女に。

一生懸命おもしれーを目指す神野ツノにみんなはついていく。

その不安そうでそれでも誰かを思って振り絞った声が今は『妹』にぶつけられる。

そして、妹は目を逸らすことが出来ずただただ『姉』の目を見て、ほっぺたが寄せられてとんがってしまった口のまま声を振り絞る。


「わ、わたひも、なれまひゅか? おもひれー女い?」


届いた。


間違いなく姉の言葉は、妹に届いた。


たった一つの思い。

それを伝えるだけでも俺達はいっぱい失敗してうまくいかなくて後悔もする。

それでもやっぱり届いた方がおもしれーから。

届いたら、あんなに最高の笑顔で、


「なれる!」


最高に嬉しそうな声で、笑えるから。

彼女達は伝え続けることをやめないんだろう。


ツノさんの根拠なき確信、ルカさんを信じる思いが伝わったのだろう。ルカさんはぼろぼろとまた涙を溢しながら、挟まった顔のまま小さく頷く。そんなルカさんを見てツノさんはやっぱり笑い、優しく告げる。


「だって、アンタ、超おもしれーよ。隠してるつもりだろうけど、超むっつりスケベだもんね」

「……ち、違いますけどぉおおおおおおお!?」


この二人もやっぱりおもしれー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る