114てぇてぇ『れもねーどってぇ、書けなくなったんだってぇ』

 恋愛なんてするつもりなかった。

 アイドルになりたかった。

 アイドルは恋愛禁止だと思っていたから。

 いや、まあ実際に大体そうなんだけど……。


 だけど、事務所に黙っている子もいた。

 アタシはそういう疑い持たれそうな所も全然いかなかったし不用意な行動も発言も気を付けていた。

 アイドルになりたかったから。

 すごいアイドルに。


 テレビの前でキラキラ輝く彼女たちが好きだった。あこがれていた。

 なりたくてなりたくて頑張った。

 そしたら、なれた。

 だけど、うまくいかなくなって。

 グループが解散して。

 自分じゃない小村れもねーどというVtuberになって。

 そして、オリ曲まで出してそこそこ売れて。

 注目度もそんじょそこらのアイドルよりも高まってきて。


 そして、アタシは苦しんだ。

 マネージャーを、るい君を好きになったから。


 Vtuberが恋愛していいかどうかは事務所との契約による。

 【フロンタニクス】は恋愛NGだった。

 勿論、隠れてしている子もいっぱいいた。

 アイドルに比べれば圧倒的にバレにくいし。


 付き合えないかなと考えたこともあった。

 だけど、るい君はそういうのに敏感で、


「るい君、あ、あの……話したいことが……」

「……おう、どした? 俺はお前のマネージャーだからな。マネージャーとして出来ることならなんだって、やってやるぞ!」


 線を引く。

 そういう時は、いつものアタシが大好きなくしゃっとした笑顔じゃなくてちょっと困ったような笑顔で……。


「あ、ううん……やっぱもう少し纏まってから言うね、うん」

「そっか、なんか配信の事とかならいくらでもノートに書いてくれよ」

「うん」


 ノート。

 アタシの思いをぶちまけて、るい君が応えてくれるノート。

 もし、アタシがるい君への思いをぶちまけたら、るい君は応えてくれるだろうか。


「……は」


 笑える。

 そんなわけない。きっとるい君は、アタシの事を考えてしっかり距離を取り始める。

 だから。

 書けるわけない。

 アタシは、ノートに書けない思いばかりが積もっていっておかしくなりそうだった。


 それでも、るい君は、アタシが頼んだことはやってくれるし、いつだって、アタシが最高の配信が出来るように整えてくれるし、お弁当も作ってくれるし、お願いすれば他の社員さんと一緒にだけどご飯作りに来てくれたり掃除してくれたりもした。

 いい配信が出来た日はいっぱい褒めてくれるし、出来なかったときは励ましてくれるし、最高の配信出来て会えた日はくしゃっと笑ってくれた。


 でも、るい君が見てるのは、たぶん、小村れもねーどで。

 魂の、観音寺寧々じゃなくて。


 ぐちゃぐちゃだった。

 それでも、我慢して我慢して頑張った。

 いつか、なんか奇跡が起きて、アタシとるい君がうまくいくんじゃないかって。


「れもねーどさん、最近絶好調ですね。素晴らしい! 私の見込んだ通りでしたね。ね?」


 そんなある日、お局さんが声を掛けてきた。

 嘘ばっかり。そんなこと思ってもないくせに。

 お局さんは、最近どんどん仕事が出来ないのがバレてきて、リーダーっぽい所じゃなくなってきてるらしい。


「いやあ、この伸び率なら、あのピカタさんとツートップになれるんじゃないかって。みんな言ってるのよ、ね?」


 嘘つき。みんなって誰と話してるの?

 仕事で無茶振りしすぎてみんなからの信用ゼロなの知ってるんだから。


「最近、おつかれな顔してるでしょ。ね? きっと忙しくなって、あの天堂マネージャーには相談できないことが増えてるんじゃないかしらって。ね?」


 それはそう。るい君には相談できない気持ちだけが増えていく。


「だからね? もし、あれだったらね? 私がマネージャーになりましょうか? ね?」


 は?


 積もりに積もったストレスになんでこの人は爆発させるような事を言うんだろう。

 るい君ならそんなこと言わないのに、るい君ならもっと読み取ってくれるのに、るい君ならるい君ならるい君なら。


「やめてください」


 自然と言葉が出ていた。


「る……天堂マネージャーは立派なマネージャです。頑張っています」

「で、でもぉ、最近社内でお二人見ますけど、なんか仲悪そうじゃないです? ね?」


 そんな事ない。


「ほら、だって、天堂君も体調管理できてないのか若いのに疲れた顔して。ね?」


 それは……。


「あれは、なんかほかの事にうつつぬかしてるんじゃないですか? ねえ?」


 そんなことない!


 気づけばアタシはお局さんを無視して早歩きして社長室に向かってた。

 急にやってきたアタシに社長はびっくりしてたけど、アタシはもうわけがわかんないくらい頭真っ白で思わず口走っていた。


「社長、事務のあの人、絡んできて凄く嫌です」


 お局さんのことを言ってやった。

 そのあと、社長に色んなことを聞かれてわーっと喋った。あの人に対する不満が溢れてしまった。社長は対応すると言ってくれた。解決した。

 はずだったけど、何とも言えない罪悪感と心苦しさがあった。


 あの人が悪い。だけど、アタシはあの人をサンドバッグにしただけじゃないだろうか。

 吐きそうだった。気持ち悪かった。自分が。

 そして、また、アタシは気づけば動き出していた。

 るい君に会いたかった。

 何を話すかも決めてない。でも、もう何か伝えないと壊れそうでタクシーを走らせてるい君の家へと向かう。今日はるい君は自宅で作業しているはずだから。


 早く会いたい、るい君に。早く早く!

 るい君の顔が見たい!


 るい君のアパートの前で降りて、行こうとしたその時だった。


「は?」


 るい君の部屋に入ろうとする女がいた。

 とんでもなく美人。

 知ってる。

 引田ピカタだ。


 るい君は、何かをピカタに言っていた。多分入れないように断っていたのだろう。

 そうだ、るい君は入れない。アタシの知っているるい君は……。

 だけど、入れた。

 るい君は家にピカタを。

 でも、大丈夫だ。

 るい君はただ入れただけだ。いかがわしいことなんてしない。

 ごはんたべさせてあげるだけだ。

 だけど。

 だけど。

 アタシは我慢していたのに。

 なんで?

 それは勝手な自分のルールだ。

 るい君に聞いたわけでもない。

 だけど、どうしてもそれが許せなくて。

 この感情が抑えきれなくて。

 アタシは、さっきのタクシーを急いで呼び止め自分の家に帰った。


 そして、一人で勝手に吐いた。

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