108てぇてぇ『バレンタインってぇ、勇気がいるんだってぇ』

※近況ノートと同じ内容なんですが、せっかくのバレンタイン回なので、こちらにも。【ワルプルギス】十川さなぎヴァージョンバレンタインボイスです。





チャイムの音。椅子をひく音。そして、生徒たちのざわめき。

放課後が始まる。

今日はバレンタインデー。みんなどこかそわそわしてる。


さなぎ:あ、あ、あにょ……!


振り返ると、クラスの中でも隠れファンが多い十川さなぎさんがこっちを見てる。


さなぎ:あ、あははは……あの、あの、ね……時間とか合ったりしないかな? あったりしないよね! ね! ごごごごごめんね!


十川さんは高速自己完結で去ろうとしている。

い、いや! 大丈夫! 今日は何も予定がないよ!


さなぎ:ほ、ほんと!?


十川さんは、さっきまで涙目だったのに、急に瞳をぱあっと輝かせて振り返る。

かわいい。

うん、大丈夫だよ。時間あるよ。


さなぎ:うんうんうん! そっかそうなんだー! よかった!


そう言って十川さんはものすごくこくこく頷いている。

だけど、余りにもずっと頷き続けているので、聞いてしまった。

何か用があったんじゃないの?


さなぎ:はひゃ! そ、そ、そうでした……。あ、あ、あにょ!


ずっと噛んでいる。かわいい。


さなぎ:ややややっぱりいいですう! さようならー!


え!?

十川さんは顔を真っ赤にして猛ダッシュで去って行った。

なんだったんだ……。

いや、正直期待していた。

チョコ貰えるんじゃないかって……。


さなぎ:ひゃわわわわわわわ!


と、思っていたら、十川さんが慌てて戻ってきた。

……ああ、鞄忘れてたんだ。

恥ずかしそうに帰ってきた十川さんは、鞄を引っ掴んで中を確認。

そして、こっちを見る。

小柄な十川さんが鞄の中を見てこっちを見たもんだから上目遣いになっている。

慌てて帰ってきたせいか、顔は赤い。かわいい。


そして、目が合うと深々とお辞儀をした。何故。

そして、深々とお辞儀をしたせいで……


ばさささー。


胸に抱えていた鞄の中身をぶちまけた。


さなぎ:あああああああああ!?


テンパってる十川さん。

あまりにも可哀そうだし拾うのを手伝ってあげようと手を伸ばす。

すると、


さなぎ:ひゃわ!


手を伸ばした十川さんと触れてしまう。

十川さんの手は真っ赤な顔と同じ位赤くて熱かった。

そのあとも、


さなぎ:ひゃ! あ! びゃ! ふええ!


手を伸ばした方に十川さんの手が飛んでくる。

もしかして、わざとやってる?


さなぎ:ち、違います違います! 手に触れられてえへへとは思ってはいますけどわざとではないんですぅううううう!


十川さんが心の中をぶちまけたような事を言う。

ふと視線を落とすとかわいくラッピングされた小さな赤い包み。

手を伸ばそうとすると


さなぎ:そ、それは自分でとっちゃだめぇええええ!


そう叫んで十川さんが先に掴み取り、こちらを涙目で見つめる。


さなぎ:あ、あの……あの、あの……こっち! きてください!


十川さんが猛ダッシュで走り始める。

なんで?!


さなぎ:はあっはあっ……!


十川さんはおっちょこちょいだけど運動神経はいい。

息遣いは聞こえるけど遠い……!

だけど……もし……あの包みが勘違いじゃないなら……!

絶対に掴まえてみせる!


辿り着いたのは、裏庭、といえばいいのだろうか、学校の裏にある小さなスペース。

よかった、追いついた。

十川さんはそこにある木に手をついた深く呼吸をしていた。


さなぎ:はあーはあーすうー……。


十川さんは、すぐに息を整えていた。ほんと、すごい体力だ……。

お昼も物凄い量食べてたのに。


さなぎ:ぷっ……あは、あははははは!



と思ってたらいきなり笑い出す。

すぐに驚いたり泣いたり笑ったり変な事言ったり、本当に不思議な子……。

だから、目を惹かれるようになって。

どんどん魅力に気づいて。

今も、凄く綺麗で聞くと元気になれる声で……。


さなぎ:あーなんか走ったらすっきりした! うん! ふふ……あのね、少しだけお話させてください。わたしは、だめな子です。びびりでぼけてて泣き虫で大食いで……でも、だめな子じゃないように頑張ろうと思ってずっと頑張ってきました。昨日も……がんばりました。がんばれました。そして、わたしは、やっぱりだめな子だって気付いたの。……あなたがいないとだめな子だって……だ、だ、だからね! ずっとずっと一緒にいてくれるとうれしゅい……うれしいです! あの……これ……チョコレート、受け取ってくれるかな? ……あは、う、うぅうう……ありがとぉおお……あ、あ、あ、あにょ! は、ハッピーバレンタイン。




『はい、おっけーです! さなぎさんお疲れ様です』


う、う、う、うぎゃああああああああああ!


わたし、十川さなぎは、【ワルプルギス】のバレンタインストーリーの収録に来ていた。

ええええ!? いいのか!? いいんですか!?

めっちゃ噛みましたけど!


「あ、あのー、わたし、凄く噛んじゃったんですけど……」

『初々しくていいと思うんで生かしでいきましょう』


うぎゃあああああああ!

それはそれで恥ずかしいんですけど!

そもそも、監督さんが変な事言うから緊張しちゃったじゃないか!


『難しいかもですが、好きな人を出来るだけ具体的に思い浮かべると良くなりますよ。その人がこの一言でどんなリアクションするかなとか、触れた時の手の温度とかかたさとかイメージするとリアリティが出ますよー』


なんて言うから想像しちゃったじゃないか!

あの人とは年齢違い過ぎて同じ学年にはなれないはずなのに!


でも。

もしかしたら、あの人が学校にいてくれたら……。


『加古さん! 昨日のうてめ様の配信見た!?』

『見たよー! 天堂くん! 最高だったよね! ね?』


しあわせすぎる!

……そしたら、もっと学校も楽しかったかもしれないな。


でも、でもだ。

あそこであんな風になっちゃったから、今、あの人と出会えたんだ。

学校からは逃げちゃったけど、勇気を出して【ワルプルギス】に応募したから。

出会えた。

勇気を出してよかった。

だから、これからも勇気を出そう。


うまく飛べても飛べなくても。

その勇気を出した自分に誇りを持てるよう。



家に帰り、あの人の背中を見つめる。

あの人はすぐに気づいてくれる。


「ん? さなぎちゃん? どしたー?」


やさしい笑顔で、やさしい声でわたしに笑いかけてくれる。

だから、勇気を出せ、さなぎ、とぶんだ!


「あ、あにょ!」


ぎゃああああああああああああああああ!

わ、笑ってるぅうう。かわいい、けど、はずかしいいい!


「さなぎちゃん、ゆっくりでいいよ」


そう、言ってくれる。この人は。

だから、わたしは深く呼吸して、ゆっくり渡す。わたしの勇気の形を。


ハッピーバレンタイン、るいじさん。


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