72てぇてぇ『てぇてぇってぇ、守りてぇ』
始まりは、一つの事件だった。
ある人間が起こした性犯罪。
犯人は捕まり、報道された。
そして、不幸な事に、その犯人はとあるVtuberのファンだった。
高松うてめ。
てめーらだった。
マスコミは面白おかしく切り抜き、報道した。
ネットでもVtuber界隈を叩く声が続出した。
同じVtuberでも高松うてめやワルプルギスを叩く動画をアップした。
けれど、姉さんはそんな事なんでもないように振舞っていた。
コメントで叩かれても気にしないようにしてた。
だが、一つの映像を姉さんが見てしまった。
『これさあ、このVtuberの人? 極度のブラコンらしいじゃん? やっぱこういうのがよくないんじゃない? 俺も色々Vtuber見てみたけどさあ、この事務所ひどいね。エロい配信してるねーちゃんとか、口の悪いキッズとか、あと、他で自殺騒ぎ起こした人とか、初配信いわば初仕事で泣きだして仕事出来なかった人とかいるんでしょ? ほんとヤバいよね、Vtuberって。あと、このブラコンの人が大好きな弟もさ、なんかVtuber滅茶苦茶好きなんでしょ? 河原で叫んで警察沙汰になったとか。その子も犯罪者予備軍じゃない。はあ、こういう人間がいる日本ってどうなるんだろうねえ』
それはとあるワイドショーの一幕だった。
司会者は過激なコメントで話題だった。
勿論その日のこのコメントも色んなところに流れ、拡散されまくった。
そして、姉さんが会社で見てしまったのだそうだ。
「なんで!? なんであの子まで巻き込むの!? なんでみんなを悪く言うの!? なんでこういう人がテレビで好き勝手言えるの!? ねえ、なんで!? なんでよっ!」
その前の日、かなり忙しく収録等の仕事をした上で、夜配信、そして、次の日朝から仕事をしていた姉さんは、大声で怒り叫び、そのまま気を失ってしまったそうだ。
幸い、何か命に関わるような事はなかったが、大事をとって少し休みをとるようになった。
そして、そのワイドショーの次の日、ワルプルギス関係のSNSや配信は荒れに荒れた。
閲覧数目的の悪意のある切り抜き動画が流され、Vtuber達のアカウントには誹謗中傷が浴びせかけられ、同じVtuberさえも話をネタにし、一部のファンも手の平を返したように批判し始めた。
あのワイドショーでは連日Vtuberについて考えるというタイトルで、Vtuberについて報道を続けていた。
その中には、勿論Vtuberのやらかし、やってはいけない行為についても触れていたが、ワルプルギスについては大半が一部を切り抜いて作り出した悪意ある映像だった。
ワルプルギスファンはそのワイドショーを叩き続けていたが、それがまた火に油を注ぎ終わりそうもない戦争になっていた。
更に、色んな憶測が飛び交い、その中に一つの火薬が投げ込まれた。
『高松うてめの弟は、元Vtuber事務所のマネージャーをしていて、タレントを喰っていた。そして、そこを潰しておきながら今度はワルプルギスに狙いを定めVtuberをまた喰って脅迫し金を奪い取っている』
今、ホットな話題としてこの噂は一部で取り上げられ、盛り上がり、ツブヤイッターでは、【ウテウトを許すな】というワードがトレンド入りした。
そして、ワルハウスはすっかり静かになってしまった。
ツノ様やノエさん、マリネはそれにも負けじと配信をしていたが、そーだは自粛し、さなぎちゃんは事務所と相談し少し休むことにした。
そして、一番気にしていたのがガガだった。
ガガの配信ではファンとのプロレスが多い。
そこでのちょっと乱暴に聞こえる発言を大量に切り抜かれ、自分の責任だと感じているようだった。
俺がみんなのご飯の準備をしていると、ガガが目を腫らしてやってきた。
「どした? まだもうちょいかかるぞー」
「ごめん……ごめんね、先輩」
「あん? なんで?」
「だって、先輩まで……先輩までこんな叩かれて……」
ガガは、腫らした目からまた大粒の涙を零し始めた。
「おいおい、泣くなよ」
「だって……なんで? アタシ達配信して、ただみんなに楽しんでほしかっただけなのに……なんでこんなことに? なんで、こんなことするの? なんで、こんな……うあ、うわあああ」
ガガはこらえきれず大声で泣き始めた。
俺はただただゆっくりガガの話を、言いたいことを聞いていた。
そして、様子を見守っていただろうそーだがやってきて、気付いたさなぎちゃんが、やってきて一緒にみんなで泣いていた。
俺はガガを二人に任せ、物陰からこっちを見ているアイツのところにいった。
「何してんだよ、マリネ」
マリネはびくっと身体を震わせ俺の方を見ていた。
その目にもやっぱり涙が浮かんでいて……。
「だって、ワタシのせい。ワタシがルイジに甘えていたから」
「それはもう終わった話だし、誰かのせいっていうんならちゃんと止められなかった俺のせいでもあるし。それにまあ、言い訳になるけど、やましいことは何もしてないしな!」
俺は出来るだけ明るく言ったつもりだったが、マリネは震えながら俯き嗚咽を溢していた。
近寄る気配に気づくと、ツノさんとノエさんだった。
二人とも笑っていたり、元気な様子だったが、空元気なのは明らかだった。
誰もが傷つき疲れていた。
彼女達は何も悪い事をしていない。
なのに、彼女達は傷ついていた。
俺に。
俺に出来ることは。
「ルイジくん?」
動き始めた俺にツノさんが声をかける。
「ああ、ちょっと。姉さんの所に行って来ます。あとは、まあ、頑張ってきます」
俺は小さく笑うと、上着を来て玄関へと歩き始めた。
「ちょっと!」
ノエさんが慌てて俺の手を掴む。
「喧嘩とかしちゃ駄目よ! ああいう連中は炎上すればするほど喜ぶだけなんだから!」
俺は微笑みそっと手を外す。
「大丈夫ですよ」
ノエさんが心配そうな顔で俺を見ている。
相変わらず心配性だなあ。
ツノさんはマリネを抱きしめこちらを見ている。
やさしい人だ。
マリネはツノさんに抱きしめられてわんわん泣いていた。
感情がどんどん豊かになってきて俺は嬉しい。
さなぎちゃんは滅茶苦茶泣いていた。
純粋な子だからうてめ様が心配とかみんなが心配とか色んな感情が渦巻いているのだろう。
ガガは自分より泣くさなぎちゃんを見て、涙が引っ込んだのかさなぎちゃんを笑わせようと騒いでいた。
そういう人の事が考えられるお前が凄いよ。
そーだは、俺を見ていた。真っ直ぐに。応援するように。
お前は強くなったな。
俺はみんなに元気を貰った。
だから、俺がみんなに元気を与えるんだ。
俺は、ワルハウスを出た。
そして、姉さんのいる病院へと向かった。
姉さんはぼうっとしていた。
俺が来ると弱弱しく笑った。
「累児、ありがとう。毎日来てくれて」
「いや、まだ数日しか経ってないから」
「……私は、Vtuberにならなかった方がよかったのかな」
姉さんは、そう言った。
キレイな声で。
悲しそうに。
だから、俺は言った。
「俺は、姉さんがVtuberで、高松うてめで本当によかったと思ってる」
姉さんは驚いたのか目を見開いて、そして、笑った。
笑ったその目には涙が浮かんでいた。
「そっか。うん。……うん」
「姉さん……俺が、出来る限り、全力で姉さんを守るから。行って来ます」
「累児、お願いだから」
姉さんの声は暗かった。あの日、姉さんが初めて泣いたあの日よりもずっと。
「累児はこれ以上傷つかないで。無理しないで」
必死の声だった。
その声は俺の耳を通って、魂まで響いて、そして、俺を笑顔にしてくれた。
「俺だって、傷つくのは嫌だけど。傷ついても守りたいものがあるから、俺は頑張れるんだよ」
姉さんは不安そうだ。なんでそんな顔するんだろう。
俺は、出来る限り伝わるように、優しい声で姉さんに言ったんだ。
「俺、姉さんの声、だいすきだよ」
そして、姉さんは笑ってくれた。俺も笑った。
それだけで十分だった。
その日、とある個人Vtuberのコラボ配信が行われる予定だった。
勢いのある二人のVtuberの定期コラボ配信という事で視聴者の数は多かったが、それ以上に、恐ろしいほどに同接数が上がっていっていた。
ある人物が登場すると話題になっていたからだ。
『いやー、やっぱ今日の配信は相当きてるぅね、しーど』
『そそそそそそうですね、るぅちゃん』
るぅしーどの二人は、個人V勢の中では本当に勢いのある二人だが、今日の異常な数には、場慣れしているるぅはともかく、しーどちゃんには緊張が大きいようだ。
『今日何でこんなに視聴者数が伸びてるかというとある情報が出てきたからだよね。あの、高松うてめの弟、ウテウトが来るかもって』
〈ほんまにウテウト来るんか?〉
〈緑ニキが流した情報やから間違いないやろ〉
〈二人に迷惑かけんな〉
そう、この二人の配信に、ウテウトが登場するという情報が、Vtuberの切り抜き動画や情報発信で有名な緑のアニキから発表されたのだ。
『さささささあ、登場していただきましょう! ゲストはこちら!』
『ど~も~、降霊系Vtuberおろし
〈は?〉
〈は?〉
〈は?〉
〈は?〉
〈は?〉
〈は?〉
〈は?〉
〈は?〉
〈は?〉
〈は?〉
〈は?〉
〈は?〉
〈は?〉
〈は?〉
〈は?〉
〈は?〉
〈は?〉
〈は?〉
〈ふざけんな!〉
〈物真似かよ〉
〈金返せ。出してないけど〉
降霊系Vtuberおろし〇さんは、物真似が滅茶苦茶うまくて人気のVtuberだ。
だが、流石にこの詐欺染みた展開にコメントはかなり荒れ始めている。
『はーい、じゃあ、おろし〇さん、今日は、なんとあの高松うてめの弟、ウテウトを下ろしてくれるそうで』
『はいはい、そのとおり! じゃあ、さっそくおろしまーす! ええどてんせー!』
〈マジか〉
〈こんな悪質なことすると思わんかった〉
〈ふざけんな〉
コメントは荒れる。
俺はその盛り上がりを見て笑う。
予想通りの展開だとミュートボタンを押した彼と目を合わせる。
「おろし〇さん、ありがとうございます」
「いやあ、緑のアニキ、いや、ウテウトさんにはお世話になってますからね」
俺は、俺よりかなり年上のイケオジにお礼を言い、席を変わり、一度咳ばらいをし…………ミュートを解除する。
『「皆さん、こんばんは。ウテウトです」』
〈は?〉
〈え? マジで声変わってない?〉
〈全然違う声〉
〈いやいや嘘やろ〉
〈高松うてめ:弟です。本物の〉
〈は?〉
〈今、マジうてめ様やな〉
〈じゃあ、マジ?〉
〈はあああああ!?〉
〈マジか!?〉
〈てんせいきちゃー!!!!〉
〈嘘やろ!〉
〈そんなのありか!〉
〈いやいやいやいや!〉
〈ウテウトもええな声〉
〈うてめ様降臨〉
〈大事件だぞ〉
〈おいおいおい〉
〈盛り上がってきやがった〉
『さっきうてめ様もコメントしてくれたのですが、本物のウテウトです。そして、俺が緑のアニキです』
〈はあああああああああああ!?〉
〈ウテウトなのに、緑のアニキ〉
〈え? 緑ニキ?〉
〈マジで?〉
〈いやいやいや!〉
〈マ?〉
〈すごない?〉
〈泣きそうやで〉
〈いや、ワルプルギスの戦略やろ〉
〈ふざけんな〉
〈緑ニキまで降臨!〉
『さて。ということで、今日は』
〈あの事件の話かな?〉
〈あれはクソ〉
〈ウテウトお前なんできた?〉
〈言い訳開始〉
〈言い訳やない。攻撃や反撃開始〉
〈ウテウトやったろうや〉
『時間たっぷり、俺の思う【てぇてぇ】語らせていただきます』
〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈は?〉〉〉〉〉〉〉〉〉〉〉〉〉〉〉
さあ、これがVtuberファンの反撃だ。
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