第7話 若気の修道士

「ライルー!」


 使徒になる気持ちを新たにしたところで、見知った若い男の声が聞こえる。

 いくらなんでも、見つけるのが早すぎないだろうか。


「もう待ちきれなくて、ずっと見回ってたんだ! とうとう聖者様が復活されたんだね!」


 満面の笑みで駆け寄って来た修道服の男は、2か月前に成人して修道士になったばかりの、見習い同然の青年だ。

 本来ならまだ修道院で修行する段階だけど、この村の教会が深刻な人手不足のため、ここで実習として奉仕活動をすることで修行を免除される形となった。


 ついでに言うなら、彼は僕と同じ、首都の教会にある孤児院の出身だ。

 孤児院では15歳から教会の下働きもするようになる。そうした生活をする中で基礎的な神学が身についていることも、免除の理由の一つになっている。


「聖者様の使徒に選ばれるなんで、さすがはライラさんの息子だよ! やっぱりライラさんは特別な女性だったんだ…もはや聖女と呼ばれるべきだよね」

「リベル! ここで聖女は禁句だって!」


 このリベルは、孤児院で僕の母さんに特に懐いていた一人だった。

 ただ、実母と暮らせている僕を妬んで不満を訴えていた他の子どもたちと違って、表立って文句を言ったりはしなかった。

 だけど口には出さなくても羨む視線は向けられ、涙ぐんだ目の左の泣きぼくろが余計にその視線を印象強くさせて、記憶に焼き付いている。

 そしていじけると食事を摂らない、お祈りの時間に泣き出す、などの行動で母さんたちを困らせていた。


 そんな母親代わりへの慕情を、いつしか拗らせていったらしい。

 孤児院を出る歳になると、母さんの側に居たいがために修道士を目指し、故郷の人手不足を憂う母さんのために、こうして志願して来たのだ。


 やっと一息つけると思ったのに、あっという間に浮かれたリベルに見つかってしまい、しばらくは落ち着きと無縁の状態になるだろうと覚悟を決めた。


「聖者様、初めまして。リベル・ラインと申します。ご復活お喜び申し上げます!」


 リベルは喜々として聖者様を見つけ、挨拶を始める。

 使徒のみんなは、早朝の出発に備えて昨夜は教会に宿泊していた。そのときの面子を差し引けば、新たに加わっている人物が聖者様だと予測はつくだろうが、確認もしない勇み足に昨夜のリベルの興奮状態が思い返された。

 リベルは昨日初めて、僕が使徒に選ばれたと知ったのだ。


「初めまして。聖者サザン・ノーザです。ライルのご家族でしょうか」


 突然の丁寧な言葉遣いと穏やかな微笑みに、ルルビィさんを除く僕たち使徒は顔を見合わせる。

 どうやら聖者様は、僕たち以外には生前の姿勢で通すつもりらしい。

 ルルビィさんは懐かしそうにその姿を見つめているが、裏表のある聖者というのは、どうなんだろうかと思ってしまう。


「いいえ、孤児院を出るときに、敬愛する修道女であるライラさんの姓をいただきました。でもライルはライラさんの息子ですから、僕も家族だと思っていただけると嬉しいです!」


 思わず背筋に悪寒が走る。

 自分の母親に、若い男が異様な執着を持っている姿というのは、あまり見たくない。


「修道女の息子?」

「あー、ちょっと事情があって…」


 聖者様が僕に向けた視線に、曖昧な答えを返してしまう。

 貞潔を誓った修道女に子どもがいることは、本来ならありえない。

 そのうち落ち着いたら話そうと思っていたけど、そうもいかないようだ。


「昨夜、私たちも話は聞きましたが…ライルのお母様は教会で特別扱いされているようです」


 サリアが説明しようとしてくれたが、昨夜のリベルの話では何も伝わっていないだろう。

 母さんが特別扱いされているのは、いい意味ではない。


 だけど理由を知らないリベルはそれを理解していないし、僕が使徒に選ばれたと知って、母さんが素晴らしい人だから息子もそうなのだろうと、みんなの前で熱弁した。

 思い込みが激しくて、聞いているこちらが恥ずかしくなった。


 そんな僕の様子を察したのか、聖者様はリベルに外面そとづらの微笑みを浮かべる。


「先に戻って、助祭様に今晩お世話になると伝えていただけませんか。私たちは山から下りて来たばかりなので、ゆっくり向かわせていただきます」

「はい! それに村人たちも教会に集まって待ってますよ!」


 サラッと発したとんでもない言葉に、サリアが怒気を抑えた声を上げる。


「あの、リベルさん? 聖者様のご復活は、教皇猊下が正式に宣言されるまで騒がれないように、使徒の存在も復活の場所も伏せられていると、昨日お伝えしましたよね?」

「はい、でもじっとしていられなくって! 外を見回ってたら村の皆さんに何事かって聞かれてしまいまして。嘘をつくわけにはいかないでしょう?」


 まるで悪気のない返事に、ダンも呆れた様子だった。


「おいおい、今日中に戻って来れるか分からないって言われてただろ…」


 今日は騒がず待っていて欲しくて僕も念を押していたが、無駄だったようだ。

 しかし聖者様は困った様子も見せずに微笑んだ。


「そうですか。では皆さんにも、もう少しで到着するとお伝えください」

「分かりました! ではお先に行ってきます!」


 リベルは張り切って返事をすると、棒を投げられた犬のように走り去って行った。


「いいんですか、村の人に帰ってもらわなくて」

「それくらいなら構わないさ。さすがに国中の人に集まられたら困るけどな。人々とできるだけ接するのも聖者の仕事だ」


 確かに、ここが復活の場所だと事前に知られていたら、国中の人々がこの村に押し寄せていたかもしれない。

 僕が使徒として見つかったとき、使徒たちは残りの半年をここの教会で奉仕活動をしながら待とうかという話もあった。


 だけど、使徒の存在は公にされていなくても、聖者復活の時期と婚約者の存在は知られている。

 そんなルルビィさんが半年もこの地に留まれば、ここが復活の地だと気付かれて騒ぎになるだろう。


 そう考えたみんなは、一度首都の教皇庁へ報告に戻ることを決めた。


 僕はまだ子どもだし、聖者様が復活すれば一緒に旅に出ることになるのだから、残りの半年間は祖父母孝行をしておくといい…と言ったのはダンだ。

 ダンの言葉遣いや所作に対して、使徒らしくしなさい、と何かと厳しかったサリアも、このときは文句なく賛成した。


 首都には毎晩のようにこっそり行っていた僕だが、ダンの言うとおり、堂々とおじいちゃんたちといられる時間は限られている。ありがたくその案を受けることにした。


 そうしてみんなは僕の事情・・をほとんど知らないまま、半年ぶりに昨日顔を合わせたのだ。

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