第2話 聖者復活

 神託で告げられた、聖者復活の日がやってきた。


 ルルビィさんは既に「聖人」という、聖者に属した称号を持っている。

 本来は聖者を育み、寄り添う者として、両親と配偶者だけに与えられるものだ。

 だけど聖者様は早くに両親を亡くし、ルルビィさんがまだ若かったということで、特例として婚約時点で与えられたらしい。


 そして聖者の唯一の弟子でもあるルルビィさんを第一の使徒として、神託で新たに見出された僕たち3人を合わせた4人の使徒は聖峰と呼ばれる険しい山を登った。

 早朝に麓の教会から出発したが、神託で告げられた洞窟へとたどり着いたのはもう日が傾き始めた頃だった。


 ルルビィさんが、おそるおそる洞窟の中に足を踏み入れる。


「聖者様…?」


 その声は明らかに緊張していた。

 聖者の称号を与えられた者は過去にもいたけれど、一度死んで復活するというのは前例がない。


 神を疑うわけではないが、本当に復活するのか。

 復活したとしても生前と同じ姿形で戻ってくるのか。

 不安になるのも無理はない。


「ルルビィ!」


 洞窟の奥から、早足に土を蹴る音と、若い男の声が聞こえた。

 ルルビィさんは一瞬息をのみ、その声の主に向かって駆け寄った


「聖者様!!」


 ルルビィさんの後を追うように僕たちも洞窟の奥に進む。

 二人が邂逅した時に、僕にもようやくその姿が見えた。


 聖者という言葉から何となく神々しいイメージを持っていたけれど、そこにいたのは僕たちと同じような、簡素な旅装束を身にまとった普通の青年だった。

 そもそも聖職者は基本的に質素倹約を旨としているのだし、聖者様は布教と奉仕の旅を続けていたのだから、考えてみれば当たり前の装いだ。


 だけど首元まで伸びる黒髪は濡れたように艶めいて、深い藍色の瞳との組み合わせと整った顔立ちは、教会に飾られた天使画に似た印象を抱かせた。

 そして、ルルビィさんの両肩に手を置き、その顔を見つめる眼差しは、天使画の慈愛に満ちた微笑みよりももっと優しいものだった。


「大きくなったね、ルルビィ」

「はい…はい! 聖者様はお変わりなくて…」


 不安が解けるのと同時に、その翠の瞳には涙が溢れている。


 初めて会った時、ルルビィさんの瞳は絵画で見た南国の海みたいだと思った。明るい金の髪が日差しを連想させたせいかもしれない。

 そんな瞳から溢れる涙は、やっぱり海から零れ落ちているようだなんて思ってしまう。


 しかし再会の喜びに浸っているルルビィさんを、聖者様はその肩に置いた手で少し横にずらすようにする。そして僕たちに目を向けた。


「使徒を見つけて来てくれたんだね、ありがとう」


 感動の再会でしばらく二人の世界が続くだろうと思っていたのに、すぐに僕たちの方へ話を向けられて、不意をつかれてしまった。

 少し事務的なようにも感じられたが、ただ単に人前だから遠慮したのだろうか。


 ルルビィさんも、目元を拭ってすぐに僕たちに向き直った。


「はい。こちらがダン・ガフィロさんです」


 瘦せ型で長身なせいか、少し猫背気味のおじさん…に見えるが、実は見た目より若い23歳の青年だ。

 ボサボサの赤毛に無精ヒゲ。衣服の痛み具合も激しくて、僕もルルビィさんに紹介されなければ使徒だなんて思わなかっただろう。


 本人も未だに信じられないようで、いきなり最初に紹介されてガチガチに緊張している。


「は、初めまして! ダン・ガフィロっす! なんか、ホントに俺なんか間違いじゃないかと思うんですけど…」


 そんなダンに、聖者様はにっこりと微笑んで歩み寄る。


「ルルビィが見つけたなら間違いはない。君には『予言者』の称号が与えられる」

「称号っすか⁈」

「君の場合、神託を俺に伝える役割があるわけだが『預言者』は本来教皇だけだからな。予知能力のある君の特殊な感受性を使って神託を授けつつ、称号は微妙に変えようっていう魂胆があるんだから、そうありがたがるものでもない」


 …なんとなくだけど、聖者様の口調に違和感を覚えた。気のせいだろうか。

 しかしルルビィさんも、なんだか戸惑っているように見える。


「え…と、それでこちらがサリア・オーディスタさんです…」


 続けて紹介された女性は、短衣の裾をつまみ上げ、綺麗な所作で頭を下げる。


「お初にお目にかかります。サリア・オーディスタと申します」


 僕たちと同じく飾り気のない旅装束だが、サリアだけはよく見ると生地も仕立ても格段に良い物を身に着けている。短く切り揃えたサラサラの黒髪が日に焼けていない白い肌を際立たせて、裕福な家の出身であることを感じさせていた。


 実際、彼女が使徒であると分かったときには、一族総出で1カ月もの期間をかけて旅立ちの準備がされ、サリアは待たせているルルビィさんに恐縮しきりだったという。


「学問の名家オーディスタ家か。君には『賢者』の称号が与えられえる」

「『賢者』!? 私がですか?」


 去年成人したばかりらしいが、そうとは思えない落ち着きを常に持っていたサリアのこんな声を、僕は初めて聞いた。

 そしていつもはややキツい印象を持つ濃い緑の瞳が、丸く見開かれてしまっている。


「事実上は見習いの『賢者』だけどな。聖者の使徒として活動してもらう上で、形から先に入ってもらうことになる。これから精進してくれればいい」

「か、かしこまりました。称号に恥じないよう、努力いたします」


 少し冷静さを取り戻したらしいサリアが、改めて頭を下げる。

 その様子を見て、聖者様は笑みをこぼした。


「そうかしこまらないでくれ、これから長い付き合いになるんだから。使徒がみんな若いのは、俺の旅に一生のほとんどを付き合ってもらうことになるからだ。…だから、俺も君たちの前では本音を言おう。はっきり言って、俺は神の言いなりになる気はない」


「え?」

「は?」


 サリアとダンが同時に聖者様を凝視する。

 二人を紹介する間もずっと聖者様を見つめていたルルビィさんは、僕が最初に聖者様の口調に違和感を覚えたときからだんだん青ざめているように見えた。


 と、いうか僕の紹介がまだなのに、なぜこんな爆弾発言を聞かされているのだろう。


 不安しかない初対面は、こうして始まった。

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