【27】絶対に、離婚しませんミュラン様!
ぜぇ、ぜぇと息を切らせながらフィアは逃げていた。
(何よ……なんなのよ、このクソゲー!)
想定外のオンパレードだ。モブキャラのリコリス夫人が、呪いを解くなんてあり得ない!
偽聖女になる作戦は、リコリスのせいで大失敗に終わってしまった。せっかく地道に奴隷を増やして、偽聖女だとバレる前に王妃になろうと思っていたのに!
(王太子も他の男子も、リコリスのせいで全員、正気に戻されちゃった。いま手元に残ってる奴隷は、あと一人だけ……!)
「彼」は別の場所で待機させてある。彼を式典会場に来させなかったのは、正解だった。あの場にいたら、リコリスに解呪されていたに違いない。
「ミュラぁン! 助けてー!」
式典会場の校舎屋上で待機させていた奴隷――ミュラン=アスノークに、フィアは抱きついて助けを求めた。
ミュランは、うかがうような表情でフィアに尋ねる。
「……どうなさいましたか、フィア様」
「皆があたしをいじめるのぉ! 偽聖女だって言うんだよぉ? ヒドくない?」
ミュランは、フィアを抱きしめながら静かに話を聞いている。
「ミュラン、お願い! あたしを安全なところに逃がして。それから2人で一緒に暮らそう? ミュランはすごく強いもんね? あたしを連れて逃げるくらい、楽勝でしょ?」
「えぇ、もちろんです。その程度のこと、四聖爵に出来ないはずがありません」
よっしゃ、とフィアはほくそ笑んだ。
(やっぱりミュランを奴隷にしておいて正解だったわ! 強いしカッコいいし最高。夜会の夜からず~っと一緒にいるけど、オトナの男って、全然見飽きないし! ……当分の間、逆ハーはあきらめて、ミュランと2人で逃避行ってのも悪くないかも)
などと考えていた次の瞬間。
ミュランはフィアの体にぐるぐる巻きに縄を掛け、身動きできなくしてしまった。
「……は!? ちょっと、何やってるのよミュラン!」
「卑しい毒婦を縛りつけただけですが」
「はぁ!?」
フィアは今度こそうろたえた。――ミュランはまだ、奴隷化の呪いを解かれていないはずなのに……どうして刃向かうような真似を?
「ど、どうしてよ! あんたはまだ、あたしの奴隷のはずよ!?」
ミュランはフィアを蔑むような目で見据えた。
「ふん、私は最初から、貴様の術になどかかってはいない。まんまと騙されたな、毒婦め」
「嘘でしょ!? どういうことよ……」
呪いが掛かっていなかった? ありえない……四聖爵のアルバティア公爵だって、一発できちんと呪われていたのに!
そのとき、離れた場所からクスクス笑う声が聞こえた。
「ずいぶん面白い光景じゃないか、フィア。
フィアを小馬鹿にしきった態度で校舎屋上に姿を現した男。……それは、ミュラン=アスノークだった。
「え!? ミュランが2人いる!?」
フィアは混乱しきって、自分のすぐ横にいるミュランと、屋上の扉の前に立つミュランを交互に見た。……まったく同じ顔に見える。
扉の前に立っているミュランは、大きな荷袋を手に持っていた。クスクスと笑ったまま、彼は荷袋をフィアのほうに放り投げる。
「受け取れデュラハーン、いつもの顔だ。フィアにお前を見せてやれ」
言われた瞬間、もう一人のミュランは嬉しそうに顔を輝かせた。
「よろしいのですか、閣下!? 光栄です!!」
そして彼は、投げ渡された荷袋を抱きかかえると、鋭い目つきでフィアを見やってニヤリと笑った。
(は? 閣下? デュラハーン?? 何のこと? こいつら何なの!?)
「毒婦よ、刮目するがよい!! これが私の真の姿だぁあ!」
ニヤリと笑ったまま、そのミュランは自分の頭を引っこ抜いた。
「ひっ……きゃぁあああああああああああああああああああああ!!」
「どうだ毒婦よ、理解したか! 私には貴様の呪いなど利かぬ。なぜなら、私には頭が存在しないのだから。キスの呪いなど利くはずなかろう? ふははははははは!」
いつもの顔に付け替えて、自慢げに笑い飛ばしている首無し騎士デュラハーン。しかし彼の『種明かし』など、フィアはまったく聞いていなかった。
フィアはすでに白目を向いて、気絶していたのだから。
* * *
「女王陛下。偽聖女フィアを捕縛いたしました」
ミュラン様とデュオラさんが式典会場に姿を現したのは、フィアが脱走したすぐあとのことだった。
デュオラさんの肩には、ぐるぐる巻きに縛られたフィアが担がれている。
(あぁ、フィア、気絶しちゃったんだ……)
あの様子だと、デュオラさんの一発芸を目撃しちゃった感じだな? デュオラさんは影武者を演じるために、ミュラン様そっくりの頭を載せているって聞いていたけど。
……今はいつもの狼っぽい顔立ちの青年顔になっているから、たぶん付け替えたんだと思う。
ミュラン様は女王陛下の前にひざまずき、事のあらましを報告した。
「女王陛下に申し上げます。妖精祭1日目の夜より、私は臣下を影武者として、フィアのもとに潜入させておりました。フィアが偽聖女であることは間違いありません」
「何ということなの……」
蒼白な顔をしていた女王陛下は、やがて表情をきりりと切り替え、衛兵たちに命令した。
「偽聖女フィアを呪術院の監獄塔に収監しなさい。国を裏切り、王太子を操っていた罪を償わせます。フィアが暴走しないよう、厳重に枷をかけなさい!」
フィアは衛兵に引き渡され、運び出されていく。
式典会場のざわめきは、まだまだ収まりそうにないけれど。……どうやらこれで、一件落着らしい。
「ご苦労でした。アスノーク公爵」
女王陛下が、憔悴しきった声でそうつぶやいた。
横合いから、アレクシア様がエドワード王太子とともに進み出てきた。
淑女の礼をとり、アレクシア様が訴える。
「女王陛下、恐れながら申し上げます。リコリス夫人とアスノーク公爵は、私の命も救ってくださいました。昨日、絶望して寮の自室から身投げを図った私を、救い出してくれたのです! おふたりがいなければ、私は今頃この世におりません」
「母上、私の未熟さゆえに偽聖女などに付け入られる隙を与えてしまいました……アスノーク夫妻の活躍がなければ、私は最愛のアレクシアを永遠に失うところでした。愚かな私に相応の罰を課し、また、アスノーク夫妻に褒章をお与えください! お願い致します!」
会場内の全員の視線が、ミュラン様とわたしに注がれた。女王陛下が、うなずいている。
「アスノーク公爵ミュラン、その妻リコリス。
ミュラン様がすかさず答えた。
「マチルダ陛下。私など、大したことはしておりません。真にたたえられるべきは、妻のリコリスです」
へ? わたし……!?
「妻はフィアの計略で、いわれなき罪に問われております。ただちに妻を無罪放免とし、国内全貴族にご通達ください。妻の名誉を回復していただきたく存じます」
ミュラン様、わたしのことを守ろうとしてくれているんだ……
女王陛下が力強くうなずいた。
「リコリス夫人を無罪とします。補佐官、呪術院へただちに通達なさい!」
「はっ」
補佐官は、すばやく式典会場から出ていった。
「リコリス夫人。あなたの見事な働きの数々……このマチルダは、感銘を受けました。本当にありがとう」
「ひゃっ……!?」
女王陛下に直接声をかけられちゃった!? ど、どうしよう!
「い、いえいえ、わたしなんか……ちっとも……」
あーダメだ! マナーよくしなきゃ! えっと……緊張しすぎてマナーが出てこない!?
「は、はぅ……。お、それ多いことでございましゅ、へ、へいか……」
ガチガチの噛み噛みになっているわたしを見て、マチルダ陛下が笑っている。
「解呪の手並みも見事でしたね。呪術院の筆頭解析官であっても、あのように軽やかに解呪することはできないでしょう。聖女と見まがうほどの頼もしさでした! あなたさえ良ければぜひ、わたくしの侍女兼、魔導女官として召し抱えたいのだけれど」
「えっ!? 女王陛下の侍女?女官? ……わたしがですか!?」
「えぇ、ぜひ」
どうしよう……とんでもないことになってしまった。
むげに断ったら失礼になるんだろうけど……宮廷にお仕えするなんて困る。
だって、わたしずっとミュラン様のお屋敷で暮らしたいし……
どう断ればいいか頭の中でぐるぐる考え込んでいるうちにも、女王陛下は興味深そうなお顔でわたしに質問をしてきた。
「リコリス夫人は、魔法をどのように習得したのかしら?」
「えぇっと……」
どうしよう。……『魔法体質だったみたいなんですけど、数日前に気づきました』って、正直に答えていいのかな?
おろおろしながら、わたしはミュラン様を見た。ミュラン様もちょっと困っている様子だ。
「あの……それは……」
わたしが答えに詰まっていると。
『やぁ。マチルダ! それはリコリスちゃんが持って生まれた素質だよ!』
と、いきなり目の前で声が聞こえた。
「え!? 妖精王さま!?」
いつの間にか、妖精王アルベリヒがわたしの肩を抱いていた。妖精王のすぐ後ろには、
マチルダ女王が驚きに目を見開いた。
「アルベリヒ殿……『隣人』であるあなたが、なぜ王国に?」
『リコリスちゃんの活躍が見たくってさぁ。臭くてたまらない人間の巣に、僕がわざわざ足を運んで来ちゃったわけ! お見事だったねぇ、リコリスちゃん』
べたべたとわたしに絡みつきながら、妖精王は『う~ん、やっぱりイイ匂い♪』とか言っていた……相変わらずキモイ。
『もしかしたら君って、
「いきなり何言ってるんですか。訳わかりませんっ!」
『よーし、決めた。リコリスちゃん、いまから僕のお嫁においで!』
「嫁っ!?」
『ミュランなんかとは、別れちゃいなよ。妖精の森で、君をもういちど妖精女王にしてあげるから』
「何言ってるの!? 助けてミュラン様!!」
あたふたバタバタしているわたしのことを、会場の全員が見つめていた。
ざわめきの中から、話し声が聞こえる。
「あの子、すごいのね……。私たちよりちょっと年下くらいなのに、四聖爵夫人なの?」
「さっきの解呪、やばかったな……」
「女王陛下の侍女になるなんて、すごい出世ね!」
「
「妖精王に嫁ぐのかしら」
ちょっと待ってよ……
なんか、すごくゴチャゴチャしてるけど!?
わたしがアワアワしていると。
「リコリス奥様のお気持ちを尊重なさるのが、一番なのではありませんか?」
という涼やかな声が聞こえた。
聖水妖精ロドラの声だ。
「アスノーク家の守護妖精として申し上げます。ロドラめには、リコリス奥様が妖精女王陛下の生まれ変わりであるかは判断できませんが……奥様は奥様です。ですので、リコリス奥様ご自身に、生き方をお決めいただくのが一番かと存じます」
「わたしの気持ち?」
美しい顔立ちに優しい笑みを浮かべて、ロドラがうなずいている。
「それでよろしゅうございますか? マチルダ陛下。アルベリヒ様」
「えぇ……まぁ、妥当な判断ですね」
『ロドラが言うなら仕方ないかぁ。じゃ、リコリスちゃんに任せよう。どうせ僕を選ぶだろうし』
では。どうぞ、奥様――と、わたしはロドラに促された。
「わたしがどうなりたいか、わたしが決めていいの?」
それなら簡単だ。わたしの気持ちなんて、いつだって同じだもの。
わたしはミュラン様の隣に立って、深く礼をした。
「すみませんが、わたしは女王陛下の侍女にも、妖精王さまの奥さんにもなりたくありません。わたしはミュラン様の妻として、アスノーク家の屋敷にずっといたいです。それ以外は、望みません」
すごく失礼なこと言っちゃってるんだろうな……と思いつつ。
わたしの本音は、そうだもの。
「リコリス……」
呆気に取られてぽかんとしているミュラン様にぎゅっとしがみついて、わたしは女王陛下たちに言った。
「ミュラン様と一緒に、そろそろ屋敷に帰っていいですか?」
女王陛下が、苦笑している。
「自由で可愛らしい夫人ですこと。どうぞ、あなたがお決めなさい。あなたには恩がありますからね」
『えぇ~。なんでミュランなんかを選ぶんだよ。絶対、僕の方が良いじゃないか』
「アルベリヒ様、決まったことです。妖精の森にお帰り下さいませ。ロドラめが帰路をご案内いたします」
てんやわんやで。
妖精祭から始まった大事件はこうして幕を閉じ、わたしはミュラン様と一緒にアスノーク家に帰ったのだった――
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