【26】愚か者の結末
「アレクシア=レカ公爵令嬢! 本日このときを以て、そなたとの婚約を破棄する!!」
……あぁ。来ちゃったわ。とうとう来ちゃったわ、この瞬間が。
わたしは当事者以上にドキドキしながら、王太子とアレクシア様の公開ド修羅場シーンを見守っていた……
*
ここは王立アカデミーの式典会場。
朝から行われていた卒業式はプログラム通りに進行し、とうとう最後の「次期国父・国母の宣誓」――つまり、エドワード王太子と婚約者のアレクシア様が壇上に立って、来賓たちの前で愛を誓いあう場面になっていた。
けど。王太子は、予想通りにやらかした。フィアの奴隷になっちゃってるから、仕方ない。
会場は激しくどよめいていた。女王陛下にいたっては、青天の霹靂といった感じで呆然としちゃってる。
アレクシア様は冷静だ。……よし、これも打ち合わせ通り!
「……エドワード殿下。よりにもよって、なぜこの場面で婚約破棄などとおっしゃるのでしょうか」
「そなたが国の母として不適格だからだ! 我が妻には、聖女フィアこそがふさわしい! ……フィア、おいで」
しずしずと、フィアが壇上にあがってきた。他の学生たち同様に、今日のフィアは学生服を着ている。美しい顔立ちを不安そうにこわばらせ、王太子の一歩後ろで控えめなキャラを演じていた。
王太子エドワードが、フィアの肩を抱き寄せる。女生徒たちは目を隠して、「きゃっ」と黄色い悲鳴を上げていた。
「フィアはこの国を清め導く、尊い女性だ! そんなフィアに対して、そなたは数々の嫌がらせを行った。その罪、この場ですべて暴き立ててやる」
王太子が手をさっと上げると、一人の男子学生が敬礼してから壇上にあがってきた。あ、この人、宰相閣下の息子さんだ……つまりフィアの逆ハーメンバー。あとで解呪してあげよう。
息子さんが巻き物を広げて、アレクシア様の「フィア様への嫌がらせ履歴」をとうとうと読み上げ始める。何月何日に教科書を盗んだとか、春のダンスパーティでワインを浴びせかけたとか、そういうやつだ。
アレクシア様は死んだ魚の目みたいに冷め切った表情で、「嫌がらせメモ」の羅列を聞いている。一通り聞き終わったところで、ため息をついて反論を始めた。
「エドワード殿下に申し上げます。殿下のお振るまいは、国の恥ともなりかねない愚行でございます。そもそも私は、フィア様に無体を働いたことはございません」
今度はアレクシア様が、嫌がらせメモの不自然な箇所を指摘していった。何月は王妃教育でずっと宮廷にいたので、教科書を盗める訳がないとか。自分はお酒が飲めない体質だから、ワインに手を伸ばすはずがないとか。いろいろと。
(その調子でどんどん時間稼いで下さいね、アレクシア様! わたしも頑張ります……)
学生服で変装しているわたしは、会場にひしめく学生たちの合間を縫って、そろり、そろりと進んでいった。目指すは、最前列……エドワード王太子のすぐ手前。
「言い逃れをするな、アレクシア! 貞淑さはそなたの美徳だと思っていたが……いつから、そのように浅ましい口答えをするようになった!? そなたは私の求め通りに、婚約破棄に応じればよいのだ」
(よーし、到着!)
予定通りの位置まで無事たどり着いたわたしは、壇上のアレクシア様に「準備OK」のサインを送った。アレクシア様が小さくうなずく。
「私は殿下の聡明さとお人柄に焦がれておりました。しかし、今のあなたはまるで別人です。……目を覚まさせてあげますわ!!」
次の瞬間。
アレクシア様はエドワード様を、勢いよく壇上から突き落とした!
きゃああ――! と会場に悲鳴が上がる。壇は1メートルそこそこしかないから怪我するような高さじゃないし、待ちかまえていたわたしが殿下を抱き留めていたから、かすり傷一つ負わせていない。
殿下を捕まえて、意識を集中! わたしは、彼から呪いを取り去ってあげた。
「やめろ! 誰だ貴様は、離せ…………」
わたしの手を振り解こうと暴れていた殿下の力が、弱まっていく。やがてふと我に返った様子で、「……? 私は一体、何をしていたんだ」とつぶやいた。
よーし。計画通り!
わたしはササッとエドワード殿下から離れた。好きでもない男の人に触るのなんて、本当はイヤだし……
「うっ。……頭がぼんやりする。一体、何がどうなって……」
アレクシア様が、安心した表情で殿下にほほえみかけていた。
「お目覚めですか、殿下? あなたは悪い女に操られていたんですよ?」
アレクシア様に指をさされ、フィアの美貌に緊迫が走る。
「……悪い女? フィアが……? どういうことだ、フィア」
「え? あ、あたし? えっと…………あ、ひ、ひどいですわ、殿下。いきなり私を悪女呼ばわりするなんて! 私を愛しているって、何度もおっしゃっていたではありませんか……」
フィアは猿芝居を続けるつもりらしい。
「私を見捨てるおつもりなのですか、殿下! ひどい人っ、……うぅ」
と、ウソ泣きまで始めてしまった。
誠実な人柄の王太子は、「うぐっ」と言葉に詰まる。
「まさか、私は……無意識に女性をもてあそんでいたのか……!?」
青ざめる王太子に追い打ちを掛けるように、宰相の息子や騎士団長の息子などなど、逆ハーメンバーズが颯爽と駆けつけて王太子を取り囲んだ。
「エドワード殿下! しっかりなさって下さい。我ら一同はフィア様をお慕いする同志です」
「今さら心変わりなど、許されませんよ殿下!」
「全員でフィア様を分かち合い愛すると、誓ったではありませんか!」
「そうです、殿下。冷静になって下さい」
逆ハー
わたしは魔法の糸を指から繰り出し、ひとまとめに彼らを拘束した。
「うぉ! なんだ、この糸は」
「解けない!! なんて強力な魔力糸なんだ!」
「おい、女、俺たちを放せ!」
「貴様は一体何者だ!?」
あぁ、はいはい。と適当にあしらいつつ、一人ずつ順番に呪いを解いてあげた。
「「「「ん? 俺たちはいったい、何をしていたんだ!?」」」」
「全員、フィアに操られちゃってましたよ。もう大丈夫なんで、糸を解きますね」
わたしは、彼らを拘束していた魔法糸を解いた。
「さて、ひとまずこの場は解呪完了っと!」
わたしは衆人環視のもと、王太子はじめ4人の逆ハーメンバーズを奴隷解放したのであった。
「……というわけで、フィア。あなたの呪いは、解かせてもらったわよ」
フィアにとっては、想定外の出来事だったらしい。青ざめて、冷や汗びっしょりになっている。……うふふ、ざまぁ。
「なによ……一体なんなのよ、あんた!」
「わたしのこと、分からない?」
「あんたなんて知らないわよ! 誰よ、あんた!!」
ふふふ、と悪者っぽい笑みを浮かべて、わたしは指をぱちんと鳴らした。
瞬間、真っ赤に染めていた髪が、わたし本来の黒色に戻る。
「わたしの名前はリコリス! あなたに無実の罪を着せられて逮捕された、アスノーク公爵夫人リコリスよ!!」
どやぁああ!
名乗りを上げるなんて人生初だから、どきどきが止まらない。あぁ、お父様お母様……地味でぽんこつな貧乏令嬢は、いつの間にやら大役を任されております……!
「リ、リコリスですって!? なんであんたが、こんなところに……」
フィアがうろたえているのが、すごく爽快だ。
わたしは、主賓席にいる女王陛下に向かって最敬礼をした。
「女王陛下に申し上げます! フィアは聖女などではありません! 彼女は、ただの呪術師です。王太子に奴隷化の呪いを掛けていました。わたしの夫を1年前に呪っていたのも、彼女です」
「な……なんですって……?」
もともと色白な女王陛下のお顔が、ますます蒼白になっていった。ショックのあまり貧血っぽくよろめいてしまった女王陛下を、周囲の護衛が支えていた。
「……どういうことなのですか! きちんと説明なさい。フィア!!」
女王陛下に責められて、フィアは後ずさっていた。
「……っ、それは…………」
「そなたは、わたくしを裏切ったのですか! 熱病に冒されたわたくしを救ってくれたそなたを、信じていたのに……。今はまだ聖女の能力が未成熟でも、いつか必ずこの国を清め導く存在に育つと信じていたのに!!」
「それは……………………………………ちぇ! うっせぇわ!!!」
フィアは弁解をあきらめて逆ギレ方向に全振りしていた。
「騙されたあんたが悪いんだよーだ!!」
言うが早いかフィアは魔法で煙幕を張って、速力強化の魔法で会場から逃げ出した。
……いけない、止めなきゃ!
「待ちなさい、フィア!」
わたしは糸の拘束魔法でフィアを捕らえようとした――でも、間に合わない。フィアが逃げるのが一歩早かった。
卒業式の式典は、もはや混迷状態。衛兵たちが血相を変えて、フィアを追いかける。わたしも追いかけたほうが良いのかしら……
ぱたぱたと、わたしも衛兵たちの後を追いかけはじめた。
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