あくまで人間讃歌

気分屋

第1話

これは当たりかもしれない。現界してすぐにそう思った。


無差別召喚に応じて呼ばれた先は光が差さない地下牢の中だった。悪臭が充満する中、目の前には血を流して事切れた人間が一つ、その近くには今にも死にそうな老人と老人の背中で震える幼い子供の姿を視界が捉えた。


状況から察するに悪魔召喚の儀式を行ったのは目の前の老人、召喚サークルの塗料に使われたそこで果てている者の血だ。


しかし悲しいかな。現界してすぐに召喚サークルには呼び出した悪魔の拘束するための力がない事に気がついた。基本的に悪魔は人間よりも強いため召喚の際はサークルから出られなくするか何かしら自由を奪うのが常識だ。さもないと現界を果たした悪魔は契約の手間を掛けずに収穫出来てしまう。呼び出した悪魔より力があるものならその限りではないが目の前の二人からは力は感じない。悪魔召喚の知識がなかったのか、塗料が足りなかったのか定かではないが粗末な召喚だ。しかし目的が普通の悪魔とは違う僕からすれば瑣末な事だ。



「おお、悪魔様!召喚に応じてくださりありがとうございます!」



老人が枯れた声で感謝を唱える。ガリガリにやせ細り触れれば今にも折れそうな老人だが、その瞳には増悪が宿っておりギラギラしていた。その後ろに隠れる子供からはこちらに対する畏怖があるものの、恐れを抑えてこちらを見据える表情には確固たる意志を感じる。


狂気を孕む老人と強い意志を感じる子供の組み合わせにコイツは大物の案件かも知れないと僕の経験が囁く。徐々に高まる期待を抑え、悪魔契約の作法に従い尊大に振る舞う。



『召喚に応じて参上した。何を望む人間…!』



強大な存在であると相手に認識してもらうためのパフォーマンスとして威圧を掛ける。悪魔召喚する場合は何かしら悪魔にかなえて欲しい願いがあるからだが、叶えられるかどうかは呼び出した悪魔の実力による。そのため召喚者は悪魔の実力をある程度確かめる必要があるが、今回はこれで十分なようだ。


威圧に当てられた老人は一瞬だじろいだものの直ぐに気を持ち直すと己の要求を言う。



「此方におわすは我が主!この方の王位復権だ!簒奪された玉座を取り戻すまで力となって欲しい」



(キターーーーー!)



望んだ言葉に僕は狂喜乱舞した。

訳ありな子供を王にしたいから力になってくれだって?

ただの老人からは到底出てくることがない要求に僕は興奮した。こんなん絶対面白いことが始りますやん。


今すぐよろしくお願いしますとこちらから頭を下げてお願いしたいところだがまだ早い。こちらで活動するためにも契約を成立させなければならない。それも相手の気が変わる前にだ。


『くく、見るからに力も権力もない人間が王になるだと?』


僕は悪魔らしく不敵に笑って老人を射抜く。

その対価はどうするつもりだ。と言外に問うたのだ。願いの規模が大きければ大きいほど対価は当然高くなる。この老人は何を捧げてくれるのだろうか。


「この場は儂の魂を捧げる。後はここには無いが悪魔殿が欲しがる媒体の隠し場所を教えるからそれを見て判断してくだされ」


その言葉を聞いて心の中で眉が下がる。

残念な事に悪魔から見てこの老人の魂は摩耗していてそれほど価値はない。老人が主君と仰ぐ子供も将来はともかく今の魂には大きな価値はない。そして今この場にない対価は交渉の材料にならない。


大勢の人間の上に立つ王になる対価に1人2人の魂で足りると思っているのだろうか。


普通の悪魔なら穴のある契約をして道半ばで裏切る方向にシフトするが、近年稀に見る題材に対してケチな終わらせ方をする選択肢は僕にはない。頷くかどうかはこちらの匙加減一つだが、このままでは頷けない。


変わり者である僕は悪魔の本能である力を得る事よりも人間の命の輝きが見ることに価値を感じている。対価よりも悪魔の力を利用してまで成し遂げたい事への覚悟が見たいんだ。


老人の覚悟は僕にとって非常に好ましいがこの契約の主役は別にある。主役は後ろに隠れている子供だ。


彼はただ後ろに隠れているだけで示していない。対価も払わず覚悟も示さない人間に力を貸したところですぐ潰れるだろう。これからよろしくやる相手がつまらないなんて拷問でしかない。なので今のままでは契約してあげない。

ゆくゆくは極上の人物になってもらうための布石を打つのだ。



食事で例えるなら、美味しいものが食べたければ、食材には熟してもらわなければならない。



どうやってその気になってもらおうか思案していると、今まで老人の背に隠れていた子供が震えながら僕に対峙した。


「あ、悪魔殿には爺の言う対価では物足りないよ、ようだ。ななな、ならば…ぼ、僕が王となった暁には僕の魂も対価としよう」


(イッエエエス!!!)


都合よく進む展開に僕はスタンディングオベーションをした。もちろん心の中で。






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