第2話
大陸の端も端。
植物は枯れ、大地は渇き、灼熱の陽光が降り注ぐ生き物の気配が一切無い死んだ大地。
そんな、場所に一つの神殿が建っていた。
元は美しい純白の神殿だったのだろうが、人が居なくなり長い時が過ぎたのだろう。
手入れされなくなった神殿は、美しい純白は汚れ黒ずみ又は土砂により茶色く汚れ、長い年月の中で雨風により柱や屋根は削られ風化しボロボロとなり何本もの柱が半ばから折れ、屋根は崩れ落ち倒壊していた。
そんな、誰も居ない最早跡地とでも呼ぶべき神殿内の何も無い空間から一つの光の球が現れた。
その光の球は、不規則に揺れながら神殿内を探索する様に暫くの間漂い続けると満足したのか始めに現れた場所に戻りその場に留まる。
それから留まる事、三秒、四秒と過ぎ十秒経った時、突如光の球が強く輝きだした。
輝きは一分もすると徐々に弱くなっていき光が収まるとそこには、先程まで居なかった筈の女性が一人立っていた。
「ふぅ~、危なかった。上手くいきました」
女性は、何かに安心したのかホッと安堵するとペタペタとお腹や胸、首、顔を触りながら身体を確かめると一分程黙祷する様に目を閉じる。
そして、閉じていた目を開けるガクリと項垂れた。
「……やっぱり、神格も権能も神力も弱くなってる」
強大な神格、権能、神力を有していた。
なのに今は元の神格、権能、神力とは比べものにならない小さな反応しか感じられない。
その事に、女性は長い女神生での頑張りと苦労が水の泡となった事に涙が溢れてきた。
「消滅せずにすみましけど……こんなのって、こんなのって、あんまりですよーーーー!!うわあぁぁ~~~~ッ頑張っでぎだの"に"~~~~」
初めから強大な神格、権能、神力を持つ様な女神ではなかった。
何千年もの長い年月、地道に頑張って信仰を集め強大な神格、権能、神力を持つ女神にまで成長したのだ。
それが、いきなり勇者に邪神と言われて殺される。
何とか気絶寸前間際に権能で神格を避難させ消滅の危機を逃れたが、肉体を復活させて確認してみれば神格も権能も神力も見る影も無い程に弱くなっている。
あんまりな出来事に女性……シャスティルは悲しみのあまり泣いた。
本当、もう、邪神扱いされるわ、肉体を殺されるわ、神格、権能、神力が信じられないレベルで大幅に弱体化するわ。
夢なら覚めて欲しい酷過ぎる現実に崩れ落ち四つん這いとなり神殿の床をガンガンと殴り砕きながら号泣した。
それから、気がすむまで床を泣き殴り続ける事暫し。
神殿の床が粉々になった頃、多少は溜飲が下がりシャスティルは泣き止み床を殴り砕くのを止めた。
「グズ、ヒグッ…………すぅーーーふぅ~~~~、止めましょう。こんな事しても、意味なんて無いし」
シャスティルは、手で目元を擦って涙を拭うと一度深く深呼吸して心を落ち着かせる。
正直全然内心では今も悲しみに号泣し荒れてるが、悲しみにグズっていても既に失ったモノは戻ってこないのだ。
だったら、今自分がすべき事を最適に効率良く行動するべき。
百年以上の身を殺す様な予断を許さない管理者生活でシャスティルが無駄を排除し効率良く動かないと全てが間に合わなくて自然と身に付けた考え方と行動力だ。
普通なら自身と周囲の状況確認からですが、既にそれらは終わらせてます。
なら、私の肉体を殺した勇者と人間達の国について調べましょう。
私を邪神扱いし神域へと攻めてきた理由を知りたいですしね。
にしても……
シャスティルは、ここまで頭を働かせて思った。
「頭が痛くない。思考もクリアですし眠くないです。それに、身体が凄く軽くて息も苦しくない!!」
健康体って素晴らしい!とシャスティルは数百年振りの辛くない身体に感激した。
これなら、何百年でも働ける。
そんな、死ぬまで働かされる犯罪奴隷も真っ青な考えが頭を過ったが、直ぐに自らの思考回路のヤバさに頭を振って思考を停止させた。
「ハ、ハハ……どうしましょ、ヤバイです。私ちょっと、頭を仕事に毒されてるかもしれません。これじゃダメです。気を付けなければ」
現に休み無しの働き詰めだったせいで過労でまともに動けなくて勇者にあっさり殺されたのだ。
働かなきゃヤバイ状況だったとはいえ、この思考回路は絶対に治すべき。
シャスティルは、今後余裕を持った考え方を心掛けようと内心決めるとすっかり元の目的から反れていた勇者や人間達の情報を探る事を開始した。
「弱体化したとはいえ、権能は使えますからね。『遠視』……あぁ、やっぱり性能落ちてる」
シャスティルは実際に行使して目茶苦茶性能ダウンしてる権能に落ち込んだが直ぐに気を持ち直し権能の応用で大陸中を見渡していく。
特に人間達の中でも権力者が集まる城等を中心に覗く。
確証は無いが多分だが、私が殺されてから時間は大して経過していないだろう。
神格を破壊されてたとはいえ神格を避難させてから目覚めるまで誤差があっても1日程度だと思う。
自身を殺した勇者のスペックなら1日もあれば神域から自身の属する国へと帰っている筈だ。
なので、私を殺した事を報告する為に権力者と会ってると思うので権力者の住む城を中心に探している。
まぁ、ゆっくり帰っていてまだ戻ってないかもしれないし既に権力者に報告を済ませてる可能性もあるけど。
だとしても、勇者を探すなら権力者を中心に覗くのが良いと思う。
何か「これでイリシア姫と結婚出来る」みたいな事を最後に言ってたしね。
案外、そのイリシア姫と勇者が私を殺したから結婚出来る~~とか仲良く喜んでるかもだし。
それから、探す事暫し
「ん~~~~居ない。どこに居るんだろ」
幾つもの城をくまなく覗き回るが中々見付からない。
今覗いてる城は全て覗き終わりまだ見てない次の国の城を覗いたら目的の勇者を発見した。
「お!居ました。この国に居たんですね」
国の名前は知らないが、結構大きな国だったはず。
時折大陸に住む各種族の様子を確認してた時に大きな国だったのを微かに覚えていた。
その国の多分国王と勇者が丁度話している所だった。
ただ、二人だけで話してる所を見るに私を殺した報告は既に終えてて個人的な話しをしてるのかもしれない。
「まぁ、情報が手に入らなくてもその時はその時です。とりあえず、話を聞いてみましょう。『盗聴』」
遠視と同じ様に権能の応用で盗聴し推定国王と勇者の会話を盗み聞きする。
「それにしても、邪神をこうも容易く葬れるとは思わなかった。勇者ルークスよ。お主の実力もそうだが、流石神より賜りし神を滅ぼす滅神剣。とんでもない力だ」
「はい。凄まじい力でした。邪神も滅神剣で軽く切られただけで悲鳴をあげて苦しんでましたからね」
聞いてる限り私に関する事を話してるので何か情報を手入れられそうで一安心だ。
にしても、邪神扱いはやっぱり悲しいしムカつきますね。
まぁ、いいです。
とにかく、話を聞くとしましょう。
「これで、世界は良くなるでしょうか」
「邪神が滅んだのだ。これで、世界は良くなるに違いない」
確かに邪神は世界に災いをもたらす事が多い。
ただ、シャスティルは世界の維持に尽力はすれど特に被害をもたらした記憶は無い。
はて、一体どういう事なのだろうか。
「シャスティル様に扮した邪神の神託があった日から世界に満ちていた魔力は徐々に薄れていき、世界を巡る地脈の魔力も枯渇していった。邪神が魔力を奪っていたからに違いない。邪神の神託から二百年余り。ようやく邪神が滅んだのだ。これで、世界は災いから解放されるだろう」
「国王様の仰る通りです!これから、世界に魔力が戻ってくるに違いありません。これで、人類は更なる発展をし繁栄していく事でしょう。邪神討伐を英断し世界中の国々に呼び掛けたゼビエス陛下の名は歴史に刻まれ後世に語り継が」
シャスティルは、そこまで聞いて盗聴を止めた。
理由が分かり、もう聞きたくなかったからだ。
シャスティルは、右手で顔を覆い天を仰いだ。
「あぁ、そういう事だったんですね。何でこんな事になってるのか知らないくせに」
シャスティルは、視界に広がる死んだ大地を見渡した。
「かつては、ここも生命力に溢れた自然豊かな森林だったのに」
三百年位前までは緑豊かな木々で溢れていて多くの動物達が森の中で生活し森の中にあった綺麗な湖で水を飲んでいる平穏な光景が見る事が出来た。
今では植物は枯れ、大地は渇き、生き物が住めない灼熱の陽光が降り注ぐ死んだ大地となったが。
世界中の種族達が魔力を使い過ぎたせいで。
全ての発端は人間達が世界を満たしている魔力を利用して動かす道具、所謂魔道具って物を作り出したのが原因だった。
別に作り出した事に問題は無い。
多少作った所で世界中の魔力が一瞬で無くなる訳ではないからだ。
問題なのは、魔道具が瞬く間に世界中に広まり人間達だけでなく世界中の種族達が自然の魔力で動かせる魔道具の便利さから生活のあらゆる事を魔道具任せにし始めた事だ。
そうなればどうなるのか分かりきった事。
世界を満たす魔力が徐々に減りだしたのだ。
けれど、世界規模の僅かな変化に気付ける訳がない。
各種族達はそのまま大気に満ちている魔力だけでなく地脈の魔力にまで手を伸ばした。
まぁ、案の定更に世界中の魔力は減少。
大気の魔力だけなら私が世界中の魔力を調整すればどうにかなる。
だが、地脈にまで手を伸ばされては私だけじゃ調整が間に合わず世界へと悪影響が出てしまう。
「だから、神託でこれ以上魔道具を使うなって。世界に悪影響が出るって警告したのに。……全く聞かなかったけど」
私の警告を聞かず各種族達は魔力を使っていくから魔力は減少していく。
結果、世界に悪影響が出始めて各地の大地が死に、森の木々が枯れ始めた。
各種族達は、ただの自然現象だって判断したけど。
それからは本当大変だった。
世界への悪影響を食い止める為に私の神力を魔力へと変換し世界の足りない魔力の代わりにした。
時には、苦渋の決断だが一部の場所を切り捨て魔力の循環を止めて他の魔力の足りない場所へと魔力を回したりもした。
それでも、減り続ける魔力に寝るまも惜しんで常に世界の魔力の調整と神力の魔力への変換を行い続けたのだ。
私はこの世界の管理者である女神だから。
この世界を、世界に生きる生命を守らないといけないから。
「まぁ、最後は邪神扱いされて殺されましたけど」
命を削る思いをして世界と世界に生きる生命の為に頑張ってきた。
なのに、頑張っても守ってきた生命に殺された。
「もう…………嫌になりますね」
前任の神から引き継ぎ世界の管理者となった。
管理者としての誇りもあったしやりがいもあった。
「私がもっと、ちゃんと危険だって伝えたら違ったんですかね。もう、遅いけど」
だって、もう私には何も出来ないから。
弱くなった権能と神力では、世界を調整出来るだけの力がないから。
「人間よ、世界は発展しませんよ。もう、この世界に未来は無いんですから」
殺される前に一週間位は何もしなくても大丈夫な様に世界中の魔力を調整した。
だから、一週間を過ぎたら世界中の魔力はこれまでとは比べ物にならない早さで減っていく。
魔力が無くなれば自然は崩壊する。
そして、いずれ世界は滅びる。
今、私の目の前に広がる死んだ大地の様に。
「私にはもう何も出来ません。この世界の生きとし生けるものよ、己が過ちに気付き滅びを受け入れる事です。神の慈悲は今、終わりました」
シャスティルは世界中の生命を今、見放した。
世界中の生きとし生けるもの達の身勝手により世界の滅びは決まったのだ。
「さて、それじゃあ」
世界を見放したシャスティルは、ふんす!と意気込み心機一転。
「引っ越しましょう!」
お引っ越しする事を決めた。
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