にじゅうにちめ!
Chapter.16 行ってきますの、キス
「そういえば今日は午後の一時まで稽古の監督をすることになったから、午前中はちょっと仕事してくるね」
朝。食後のティータイムに、いつも作ってくれる紅茶はどうやら二周目に突入したみたいで、なんとなく初日の風味が思い出される味でした。
あの頃とはだいぶ変わったよね、って懐かしく想いを馳せていると、ふいにトゥーレちゃんがそう言って、わたしがガーンとしてしまう。
「えぇー、休みじゃないんですか?」
今日は一日中一緒にいられると思っていたのに、それは非常にざんねんだ。
なのでぐだぐだと甘えるようにテーブルの上に寝そべって手を伸ばす。ぴらぴらと動かしているとトゥーレちゃんがその手を取って、アルプス一万尺のお歌みたいに上下にぶんぶんと振ってくれると「午後からは一緒にだらだらしよう」って言ってくれるからわたしはキュンてします。
そうですね! そしたらまた明日までお家でごろごろしましょう!
たまにはずっと、出来るかどうかは分からないけどお家でいちゃいちゃしてみたい……。
うへへ。
というかというか、トゥーレちゃんの手ってさわさわで暖かくておっきいくて、すごく落ち着くんですよね。触っていて気持ちがいいの。
ずっと握っていたくなってしまう、といまこうやって手を繋いでいて噛み締めました。
「頑張ってね、トゥーレちゃん!」
「うん。じゃあ支度してくる」
手をふりふりとしながら階段を上がって支度をしに行くトゥーレちゃんを見送り、わたしは食器洗いをします。
だいぶルーチン化された朝がなんとも言えないくらい嬉しくて、たまらなく思える。
もう、立派な同棲なわけですよ! 結婚生活ですよ!
そう思うと恥ずかしくなってしまうけど、でも事実だ。
るんるん気分になってしまいながら。
着替えて階段を下りながら、手にした梳で髪の毛をとかすトゥーレちゃんを見て――って、ハッ!
「とっ、とぅ、トゥーレちゃん! まだお時間ありますよね!」
「ん? あるよ、どうしたの?」
昨日教わったこと! 忘れかけてた!
いやいや大丈夫です、思い出したので。……早速やりたい!
「かかっ髪、とかさせてください!」
「……ん? うん……ん?」
ピンと来ていない様子のトゥーレちゃんをよそに、ぴっぴっと手を拭いて台所も拭いてやることを迅速に終わらせたわたしはシュバっと彼女を椅子に座らせ、後ろに回り込んで櫛を受け取る。
むふふ、着せこッ……着席するのだよ。ムフフ!
噛んじゃった。
慌てすぎは良くない。
「じゃあお願い?」
「はい! よろこんで!」
うわあああ……改めて見るとすごい輝き。金色が目の前にありますよ、本当に。
ウェーブ掛かって背中に大きく広がるストレートヘアー。癖っ毛なのかな? トゥーレちゃんは仕事の際は髪の毛をアップにしているので、それでかも。
初対面の頃や休日はこうやって下ろしていることが多いので、わたしはそのイメージが強いんだけどね。
傷つけないように丁寧に櫛を入れて、絡まないように下ろしていく。
リオンさんに教わった通りに出来ているんじゃないでしょうか。
わたしは一人っ子だったので、こういう誰かの髪をといであげる経験がなく、新鮮です。妹がいたらやりたかったことナンバーワンだ。
んん、トゥーレちゃんが妹かぁ。そういうのもいいな、でも姉としてのメンツが立たなそうに思う……。
ダメな姉でごめんなさい!
「きれい……」
「……んん」
くすぐったそうに身動ぐトゥーレちゃんが、喜んでくれているようでわたしも嬉しくなってしまいつつ。
トゥーレちゃんがお姉ちゃんだった場合はどうでしょう!
わあああ……コンプレックス抱きそう……。
でもでも、絶対尊敬出来るお姉ちゃんになってくれますよね。
美人で、優しくて、大人で、頼もしくて、かっこよくてかわいくて、でも飾っていなくて。
うーん、好き!
「気持ちいいよ、ユズ」
「ほんと? やった!」
まだリオンさんみたいにシニョンアレンジとかは出来ませんけど、でもこれくらいなら!
トゥーレちゃんの髪はつるつるでさらさらで気持ちよくて、良い匂いで、この髪をとく、という名目でめちゃくちゃ堪能していきたいと思います。
顔埋めるチャンスとかないのかな……。
「はい、かんりょーです! どうですか?」
「うん。いい感じ。ありがとうユズ」
かわいいなあほんと。つい衝動的に抱きついてしまいたくなる。
でもそんなことしたらせっかく着替えたお洋服も仕上げた髪の毛も乱れてしまうので、我慢します。
あとでくっつこう……。
「じゃあそろそろ」
「はい!」
そういえば、ひとつ進展が。
「行ってきます」
「……んへへ、行ってらっしゃい!」
出掛ける前、トゥーレちゃんはおでこにキスしてくれるようになりました。
はぁああああああああああん!
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