第44話 世界は広い
翌朝食事を終えるとリンドを先頭に森の奥に進んでいく。奥に入ったところのランクAのゾーンの魔獣はリンドやマーガレットらが精霊魔法で倒していく。その背後からは姿を消したケット・シーのミーがついてきていた。
「リンドの精霊魔法の威力、前よりも上がってると思わない?」
「その通り、威力が増してるわよ」
たった今リンドがランクAの魔獣を倒すのを後ろで見ていたマーガレットが言うと精霊士のファビーナが答えた。
「正直私よりも上よ。威力はもちろん、魔法の発動とその距離もね」
ファビーナの精霊魔法を知っている他のメンバーは彼女が言った言葉通りだとリンドを見て感じている。
(一度の精霊魔法で力量を見極めるのはさすがね) とミー。
「この辺りからランクSのエリアなんだ。ここからしばらくはランクSは単体、奥にいくと複数体のエリアになる」
森の奥でリンドが立ち止まると後ろを振り返って言う。
「リンドはこの辺りで鍛錬してるの?」
「そうだね。ここと奥の複数体を交互にって感じかな。この辺りにいる魔獣の種類や攻撃の癖はわかっているから慣れるとなんとかなるんだよ」
ランクSの2体を相手にして慣れるとなんとかなると言える冒険者はまずいない。しかもそれを言っているのがランクAのソロの冒険者だ。
「じゃあ最初はリンドが倒してくれる?どんな感じか見てみたいの」
マーガレットが言った。リンドはわかったと言って森の中を少し進むと前方のランクSの魔獣の気配がしてきた。狩人のユリアーネもサーチで同じ様に気配を感じた時にはリンドは既に杖を前に突き出して戦闘態勢になっていた。
リンドの姿を見て同じ様に戦闘態勢になったメンバーがユリアーノに顔を向けると大きく頷く彼女。
(気配感知はランクSの狩人並ってことね。規格外のランクA)
マーガレットは盾と片手剣を手に持って周囲を警戒しながらリンドを見ていると前方に魔獣の姿が見えたかと思った瞬間にリンドの杖から精霊魔法が飛び出して相手の顔面を直撃し一撃で相手を倒した。
その魔法の威力にびっくりするメンバー。ランクSを相手に精霊魔法一撃で相手を倒すのは難しいと言われている中それをやってのけるリンドを驚愕の表情で見る。
リンドは倒した魔獣の魔石を取り出して
「ここのランクSの単体は前衛ジョブばかりだからさ、遠距離からこうやって魔法を撃ったら俺でも倒せるんだよ」
「それでもすごい威力じゃない。顔が弾け飛んでたわよ」
魔石を回収して近づいてきたリンドにマーガレットが言った。
「ランクSになると顔の真ん中を狙わないと一度の魔法で倒せない。相手は強いからね。だから最近は相手の急所を狙って魔法を撃つ鍛錬をしているんだ。今はうまく言ったけどこれが結構むずかしいんだよね。でもちゃんと急所に当たるとこうやって一度で倒せるんだ。今はこの急所に当てる確率を上げる目的で鍛錬をしているんだ」
聞いていたファビーナはびっくりする。彼女はパーティの精霊士と言う立場でもあったので相手の急所を狙うとか言う意識はあまりなく、威力のある魔法を撃つことばかり考えていた。ところが今のリンドの話を聞いてそうじゃなかったんだと理解する。
魔法の威力が強くても狙い所が悪いと致命的なダメージを与えられない。逆に言うとしっかりと急所を狙えば精霊魔法で大きなダメージを与え、時には魔法で倒すこともできるんだと。パーティでは誰かが倒してくれるという安心感というか悪く言えば他人任せの部分もあるがそれでは自分の技量は伸びないんだ。彼女は今のリンドの言葉と魔法を見て自分の今までの考えが根本から間違っていたと感じていた。
「みんなはランクSだからここと奥で鍛錬したらいいと思うよ。俺はこのまま家に戻るから」
そう言うとリンドは先に自分の家の方に戻っていった。当然だがソロでランクAのエリアを抜けていく。
「凄かったわね」
リンドの姿が遠くになるとマーガレットが言った。その言葉に頷く4人。
「彼の言葉を聞いて私の今までのやり方じゃあ伸びないってわかったわ。これからは私も急所狙いで精霊魔法を撃つから」
ファビーネが言うと狩人のユリアーネも
「私も同じよ。今まではとにかく当てることだけ考えてたけどそれじゃあダメだとリンドの言葉を聞いて思ったの」
「じゃあ今日は各自目的を持ってやりましょう」
マーガレットの言葉で彼女らはランクSエリアの入り口付近で単体相手に鍛錬を開始する。その近くで姿を消したままやりとりを聞いていたミー。
(流石にランクSね。自分達の足りないところを認めてすぐにそれを改善しようとする。彼女らはまだまだ伸びるわね)
先に家に戻ったリンド、結界の中で毎日の日課である鍛錬を終えるとトムの武器屋に卸す杖の作成を始める。数が多いが決して手を抜かないのがリンドである。1本1本丁寧に作っては仕上がりを確認していた。
「いい感じよ。安定してる」
いつの間にか家に帰っていたミーが猫の姿のまま言った。
「うん。自分でも掴んだというかこうやればいいという感じがわかったよ」
「これなら納期にも間に合いそうね」
「そうだな。あとユリアーネの弓を新しくしようと思ってさ。彼女の弓を作った時よりも風魔法の威力も上がってると思うし、新しく作って彼女に使って貰おうと思ってる」
「いいんじゃない」
ミーのOKが出てリンドの表情が明るくなる。
(何の見返りを期待せずに皆んなが強くなるのを素直に喜ぶ人間なんてリンドくらいよ)
マーガレットらは夕刻に森の奥から戻ってきた。
「本当にいい場所ね。ダンジョンみたいに薄暗くないしランクA、Sのエリアも近い。そしてこうやって屋根付きの家のベッドで夜を過ごせて水浴びもできるなんて。しかも食事お新鮮だし言うことないわね」
帰ってきて水浴びを終えた5人が夕食の手伝いをして作り、今はリンドの家のリビング兼キッチンに6人で座って夕食を食べている。
「居たいだけいて鍛錬してくれて構わないよ。マーガレットらなら何も問題ないね」
「ありがとう。鍛錬には最適の場所ね。ここまで環境の良い場所って他にないよ」
食事をしながら僧侶のロザリーが言うとその言葉に頷く他の4人の女性達。
「リンドはずっとここに住んでるんでよ?毎日鍛錬してたら相当強くなってるんじゃない?」
「う〜ん、どうだろう。いつも1人だし他の人ってこのパーティかあとはミディーノで活動しているキースがリーダーのパーティしか知らないからね。でもBランクから始まって今はSランクまでなんとか倒せる様になった。ここで生活する分にはもう十分だね。あとはこのスキルが落ちない鍛錬してる感じだよ」
元々1人で生活できればいいというスローライフがリンドの目標で今はそれが出来ている。これ以上は特に望みもないという話をするリンド。
「じゃあこれからもこのままこの森で過ごすってこと?」
リンドの話を聞いていた戦士のコニーの言葉に頷き、
「この前は気分転換に辺境領のハミルトンに行ってきたよ。でもこれは鍛錬じゃなくて純粋な旅行だった。向こうでは一度もギルドに顔を出してないし街の外で魔獣も倒していない。ハミルトンの街をうろうろしていろんなお店を見て回って買い物をして帰ってきたよ。そういう気分転換でちょっと出ることはあるかもしれないけどね。ベースはここだね」
リンドの口調からはこの森の奥での生活を本当に楽しんでいるのが伝わってくる。素朴で穏やかな性格で自分の目標をしっかりと持って冒険者をしている。こんな冒険者もいるんだと一緒に食事をしている女性達は感心していた。
ほとんどの冒険者、彼女らもそうだが。彼らは人に先んじてランクを上げようとし人より良い装備や人が持っていないアイテムを手にしようとダンジョンに潜ったりフィールドの危険地帯に乗り込んでいく。
そうしてそこから帰ってきて目的のアイテムを手に入れて周囲に自慢をし周囲から称賛されることを喜びとしている。
リンドは全く違う世界に住んでいる冒険者だ。違う世界に住みながらもその実力はずば抜けている。
世界は広いわね。
マーガレットはゆっくりと食事をしているリンドを見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます