俺が

きょうじゅ

NHK総合・午後三時七分

 初場所がやってきた。本日初日。


 一人横綱を勤める泰牙たいが虎之助とらのすけは去年の五月場所七日目に当時小結の琴天馬ことてんまに敗れて以来、ここまで土つかず。その連勝は六十と八を数え、ついに今日の土俵、遠い昔に双葉山が打ち立てそして不倒と言われ続けた記録と並ぶ六十九の数字がかかっている。


「それでは本日の解説を勤めていただきます北の海さんです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。いやー、とうとう来てしまいましたね、あの双葉山の伝説の記録に並ぶ者が現れる日が」

「まあ、それも本日結びの一番の結果次第ではあるわけですが」

「いやー……勝てないでしょう、大地竜だいちりゅうではねえ。なんでよりによってこんな割の組み方をしたんだか」


 東関脇、大地竜。元大関で、今場所十勝を挙げれば規定により大関に復帰することができる立場なのだが、その可能性に期待する者は、相撲の世界と、そして彼という力士を知る人間の中にほとんど居りはしなかった。


 彼が大関の地位にあったのはわずかに三場所である。昨年の五月場所後に昇進し、名古屋場所はかろうじて勝ち越したが九月場所を怪我のため休場、九州場所で七勝八敗と負け越し、大関から陥落となった。一つ重大な問題だったのは、九月場所中に横綱の天澄川てんちょうせんが引退を表明したため、同場所から十一月場所にかけては彼と泰牙の一横綱一大関の状況だったということである。


 泰牙は七月場所で全勝優勝を飾ってその場所後に横綱に昇進しており、それ以前には当然大関を勤めていた。大地竜には優勝経験もなかったが、一年ほど三役を勤めていたことなどを認められて、前後の事情のもとかなり強引に、星の不足を囁かれながらも大関に昇進させられていたのであった。


 昨年九州場所後に琴天馬ことてんま旭朝海きょくちょうかいの二人が大関に同時昇進しているため、一横綱一大関時代は解消したが、それにしても一人大関の身にありながら八つの黒星を重ねて陥落の憂き目を見た大地竜への風当たりは強かった。


 先場所の千秋楽結びの一番で泰牙の対戦相手を勤めたのは、他に誰もいないのだから仕方がない、既に七敗していた大地竜であった。そして大地竜はあっけなく泰牙の寄り切りで土俵を割り、大関から陥落、一方の横綱は四場所連続全勝優勝の誉れとともに大記録に王手をかけたのである。


 そして、今場所きょう初日この後の取り組みで、関脇に下がった大地竜が再び泰牙と対戦することになった。それを受けたスポーツ誌などの反応は、それはもう非難囂々ひなんごうごうと言うより他はない性質のものであった。


「短命大関の記録を更新する、三場所での陥落。そんな力士が、大記録の樹立がかかった横綱と対決。もうちょっと他にわりの組みようがあったと思うんだけどねえ。琴天馬と当てちゃうとかさ」

「いやー、琴天馬は大関に上がっておりますから、流石に初日から横綱と対戦させるわけにはいかなかったでしょう。ただ、大地竜はこれまで幕内十両と合わせて五回の対戦があって泰牙に勝ったことは一度もなく、今一つ頼りないところであるのは確かですが」

「でも序ノ口で一回だけ勝ってるんだよね?」

「そうです。泰牙と大地竜の二人は同じ令和五年初場所で序ノ口デビューし、そのときは大地竜が七戦全勝で優勝、泰牙は六勝一敗で優勝を逃しました。それ以来の、長い因縁が二人の間にはあります」

「なんせ同い年で、中学相撲でも同期だって言うんだから」

「そうですね。中学相撲の大会でも二人は何度か対戦があり、全て大地竜が勝っていると記録にあります」

「それが、まあプロの世界まで来れば事情が違うのは当たり前だけど、それにしたって明暗が分かれたもんだよねえ。かたや貴乃花以来のスピード出世、双葉山以来の連勝街道、ついでに輪島以来の本名横綱。もう片方は史上最短命大関更新だもんなあ」

「本日の取り組み、鍵を握るのはどういった要素だと北の海さんはお考えですか」

「まあ、押し相撲の大地竜としてはまわしを取られたらもう勝ち目はないわけだから、立ち合いをどう考えるかだよね。一方の泰牙は、あえて言えば右四つ左上手が万全だけど、どんな形でも相撲が取れるからねえ」

「立ち合いの変化などは」

「もしかしたら大地竜はやるかもしれないけど、そんな手が通用するような泰牙じゃないでしょう。変化ってのはさ、読まれたら逆に不利になるだけだからね。やめた方がいいと思うよ」

「なるほど。それでは、本日幕内後、その他の注目の取り組みですが――」

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