領怪神犯
木古おうみ/角川文庫 キャラクター文芸
ひとつずつ降りてくる神
序
善とも悪とも言いようがない、人智を超えた人間の手には負えない超常現象又はそれを引き起こすものを、俺たちは〝領怪神犯〟と呼んでいる。
+ + + + +
あぁ、あの納屋ね。すごいことになってたでしょう。
台風じゃないんですよ。だったら、納屋だけじゃなく家や道の方まで壊れてないとおかしいでしょう。
工事してたわけでもないんです。気にしないで。事件や事故じゃありませんから。トラックが突っ込んだなら垣根の方も無事じゃすみませんし、どんな力持ちでもあんな風にぺしゃんこにはできませんからね。でも、誰かが壊したっていうのは近いかもしれませんね。いや、誰かというか何かですかね。そういう時期なんですよ。
ええ、年に一度ね。いや、災害じゃなくて昔はお祭りをやってた日なんです。祭りで浮かれたひとが壊したんじゃないですよ。ここにもうそんな元気のあるひとは残ってませんからね。もうお祭りもやってませんし。やった方がいいのかもしれませんけどね。元は神様への感謝を伝えるお祭りでしたからね。
ええ、もういませんよ。いませんというか、大昔ね、この村に大きな道路が通った頃、もう自分が見守ることもないって帰っちゃったって言いますけどね。
道を広げるとなると田んぼとかいろんな邪魔なものがありますからね。そこにある
その年からね、神様が年に一度、山から降りてくるお祭りのときです。私のふたりめの子が小学生になったばっかりの頃ですかね。いつも通りちっちゃな屋台なんか出して、
そのときはまだ村に子どもも多かったですから、金曜日にやってるアニメなんかに出てくる動物のお面を
さあ終わりって夜にみんな帰っていくときにね。小学校の方からどーんってすごい音がして。まあ、暗いからトラックかなんかが校舎に突っ込んだんじゃないかって。怪我人でもいたら大変だって、まだお祭りの名残りで元気が有り余ってましたから、みんなで見に行ったんですよ。
蚊が飛び回って、蛙がジージー鳴いてる田んぼ道を子どもの手を引いて急いで走ってね。明かりが消えてる小学校にあそこだあそこだなんて駆けて行ったら、まあ、門のとこなんかは無事なんですよ。何の音だ、ガス爆発か何かかって見に行ったら、プールの裏の方から声が上がって。ちょうど私の子の担任の先生が、用務員さんの部屋から
水は抜いてたんで、空っぽの乾いたところにね。二十五メートルのプールの端から端まで、長い白いパイプを渡したみたいになっていて。それで、水泳の飛び込み台のところ、一から五まで番号振ってある台に一本ずつ丸い爪のある指が引っかかってて。腕だったんです、大きなね。いたずらじゃないかって警察を呼んで、検視とかする方が見て、肌も筋肉もこれは本物だって言ってね。そんな生き物いないでしょ。でもあれは本当に大きいけれど人間の腕でしたから。事件にしようにも被害者がね。二十五メートルも腕があるなんて、そんなひといないですから。
この村は警察も病院も身内みたいなもんですから、とりあえずなあなあで、どうしようもないからってお神輿のときみたいに神社に腕を担いで行ってね。
たまたま通りかかったトラックなんかに見つかっちゃまずいって、みんな難しい顔して、夜明け前に白くて長い腕をね、みんなの汗でつるつる滑るのを何とか引っ張って、持って行ったんですよ。それからですよ。毎年この時期になると大きな身体の一部が村のどこかに降ってくるようになったのはね。
そうそう、うちの納屋もそうですよ。上からどかーんとね。ついにうちもかって気持ちでしたけどね。お隣さんも四年くらい前にやられましたから。
うちは目玉でしたよ。大っきな丸いのがてらてら光って、お行儀よくってのも変ですけど、ぺしゃんこの納屋の屋根にちょん、とね。
まあ、年に一度ですし、怪我人も出てませんし、どうにかしたいって言ってもどうしようもないですから。やっぱり神様ですからひとを傷つけるようなことはないですしね。出て行くにも、ここは元々そういうのができないひとたちの集まりみたいなものですから。
でも、あれの身体が空の上にあるのか知りませんけど、あとどのくらいあるんでしょうねえ。
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