第6話砂漠の街、テイラン④

 ◆◇


 翌朝、ヴィリが目覚めると視界に白いものがチラついた。


 フラウの髪の毛だ。

 ヴィリの腕を抱き枕にして眠っている。

 こう言う時、無理矢理腕を引き抜いてはいけない事をヴィリは知っている。


「おい、フラウ。朝だぞ、あたしは顔を洗ってくるから離せ」


 声をかけるとフラウは口元をモゴモゴさせて腕に抱きつく力を緩めた。

 これが腕を引き抜く際の手順だ。


 以前、先に引き抜いてしまった事があった。

 フラウは悲痛な悲鳴をあげて、“お母さん、いかないで”と泣き出すのだ。

 まあそれだけなら良くはないが良い。


 まずいのは感情の発露により生じ、暴走した氷雪の魔力が周辺を凍てつかせる事である。


 自覚があろうとなかろうと、フラウは五代勇者としての力を備えており、その力を抑制するのはヴィリとて難しい。


 結局その時はヴィリも“剣”を引き抜かねばならなかった程だ。


 ヴィリの根源となる術はヴィリの知る限りの勇者、英雄の神剣、魔剣の類を一時的に再現するというものだが、これは相手を選ばずに振るえるものではない。


 英雄たるに相応しい相手、あるいは理由がなければヴィリの術はたちまちに力を失う。

 だが現在のヴィリはかつてのヴィリより、自身の力をある程度自由に振るえていた。


 それはフラウを守る為、というヴィリが決して口には出さない理由が故だ。


 しかし1人の少女如きを守る為というのは、神剣・魔剣の写し身を顕現させる理由には少々足りない。


 とはいえ問題はない。

 その不足分はヴィリ自身が幼い頃に“英雄”に救われたという過去が補強する。


 だが英雄は死んだ。

 狂える地神からヴィリを、ヴィリの生まれた村を救い、命を燃やし尽くして死んだのだ。


 ヴィリの胸にはその英雄の言葉が今もまだ杭となり突き刺さっている。


 ――悲しんでくれるか、お、俺の為、に。だが今回は、不可抗力、だ…。君は、お、幼すぎる。この死は…余り、気持ちよくは、ない、な…。まぁ、いい。どうせ、俺には次が、あるさ…ヴィリと言ったか。英雄になんて、なるもんじゃあ、ない、ぞ…


 英雄は煌々と燃え盛る炎を、何もかも凍てつかせる氷を、渦巻く風龍にも似た風の奔流を剣に纏わせ、神と戦い続け…勝利した。

 己の命と引き換えにして。


 ヴィリの初めての憧れの人物、そして初恋は英雄の死とともに砕けて散ったのだ。


 爾来ヴィリはその英雄の様になろうと心に誓った。だが英雄とは、目指してなれるようなものではない。


 村を飛び出したヴィリは……


 ◆◇


(と、いけねえ。昔の事を思い出しちまった)


 ぶるりと頭をふり、なおも腕に抱きつくフラウを見て思う。


 ――いつまでも、ガキじゃあねえんだからさぁ


 だが、強くは言えない。

 目の前で両親を焼き殺された経験などはヴィリとてなく、まあ先に声かければ問題がないとしってからはフラウの“コレ”は見て見ぬ振りをしてきたものだった。


 それにフラウにとって自身が英雄であるならば、とてもではないが見捨てる事など出来ないではないか。


 ヴィリはフラウの頭をゴンゴンと指でつつき、それでも全く起きないので仕方がないからフラウに抱きついて再び眠った。


 ヴィリは異様に高い運動性能ゆえに高い体温を持つ。だから布団の中はとにかく温かくなる…というか、冬であっても暑くなりさえするのだが、フラウは逆に冷たい。


 これは彼女が冷え性だとかそういう事ではなく、内を渦巻く氷雪の魔力が彼女の体温を下げているからだ。


 つまりどういう事かというと、ヴィリとフラウは抱き合って眠るとお互いにそこそこ気持ちが良いという事である。

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