神が亡き今、この国の天候は随分落ち着いた。

茹だるような熱気は過ぎ去り、カラッとした穏やかな暖かさに変わった。



僕はアウラとミノたちの安否を確認する為、彼らの家を訪れた。



「あ、お兄ちゃん!」



入口でアウラが出迎えてくれた。



『仕事は終わった。みんな無事か?怪我人は?』



「大丈夫。お兄ちゃんのおかげで全員無事だよ」



その言葉を聞いてほっとした。





だが、アウラは気まずそうに俯く。



「ただ……」



『どうした?』



アウラが言葉に詰まっていると後ろからミノが飛び出してきた。




「お兄ちゃん!」




『ミノ、大丈夫か?』




「元気だよ?」




よく見ると、爛れていた皮膚が跡も残らず綺麗に治っている。



麒麟が亡くなった影響だろうか。

そうだとしたら、他の信者もじきに治るだろう。




『ミノ』



「なに?」



ミノの綺麗な手を撫でる。





『神様はおうちに帰ったよ。

みんなの病気もすぐに治る。もう声も聞こえないだろう。

心配しなくていい』




そう言うと、予想に反してミノは不思議そうな顔をした。




まるで僕の言ったことが理解できない様に。





「ごめん、なんの事?かみさま?

あと、ぼく病気になんかなってないよ」




『……え?』





ミノは、記憶が無くなっているのだろうか。

いや、だとしたらミノだけでは無い。





もしかして、信者全員_______






「ミノ」



「なあに?」



「お姉ちゃんと一緒にご飯の準備しよっか」



「はあい。お兄ちゃんまたね」






ミノは理解が追いつかない僕に手を振り、別の部屋に消えていった。



アウラはその様を近くで見て、残念そうに首を振った。




「他の信者の子も、神と病気に関しての記憶が全部無くなってた。

でも、これで良かったのかもしれない」




苦虫を噛み潰したような、嫌な味がまた甦ってきた。

あの優しい神は、どこまで自己犠牲を働けば気が済むのだろうか。



熱心に信仰していた者ほど、神の亡き後苦しむだろうと

記憶ごと自分を消し去ったのだろう。




報われないこの国も、神も


なによりこんな世界にしてしまった災厄に


燃えるような怒りを覚えた。





自分のしていることは正義だとは言えない。

だが、やらなくてはならない事はあるのだと

今一度はっきり自覚した。




この感情を忘れてはならない。





僕は息を吸って、やるべき事を思い出した。

目の前のアウラにお礼を言う。




『アウラ、ありがとう。

これから大変だと思うが、強く生きてくれ』



「こちらこそ、助けてくれてありがとう。

お兄ちゃんがいなかったら全員死んでたよ。



____もう行くの?」





その問いに対して、小さく頷く。

アウラはニコッと笑って頭を下げた。




「気をつけて、行ってらっしゃい」




「さようなら」では無い。

いつでも戻ってきていいということだろう。

小さな子供の気遣いに、胸がじんわり温まった。




『ああ、行ってくるよ』




今度は振り返らない。

手を挙げて、この乾いた大地を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る