魔術戦場で色々と拗らせた奴が魔導学園に入学したら、同級生に襲われた

@CorS

1章【赤き少女とルワ】

第1話:洞窟

「おらっ、イグニス!」

「やったな!? グライス!」


 遠くで、名前だけ知っている魔法を連呼している子供たちの声が聞こえる。

 昔から戦いは嫌いだったが、戦争の激化に伴って孤児院の中では魔術戦のごっこ遊びが流行っていた。

 といっても、本当の戦闘を知っている者が居るはずもない。ただ呪文を連呼しているだけのごっこ遊び。

 何故かは分からないが、それがとても嫌いだった。

 いま思えば、記憶がない頃の戦争の音を思い出していたのかもしれない。


「ルワ! 起きて!!」


 そんな時、木漏れ日の下の地面で昼寝をしていると、決まって凛とした声の少女に起こされたものだ。


「なんだ、フィアか……」


 クセのついた赤髪に、金色の目。見たまんま、元気に溢れた少女。

 そして、そこに映る地味な自分の黒髪と黒瞳。


「あ、ちょっと……!」


 二度寝しようとすると、手を無理やりに引っ張られた。


「イタい、痛いって! 千切れるから!」


 上半身を起こしても、フィアは引っ張るのをやめない。それどころかもう片方の手も添えて、全力で俺の腕を持っていこうとしている。

 自分の意思とは無関係に立ち上がった俺は、外れかけた片腕を労りながら、背中についた土くれを申し訳程度にはたき落とした。


「どうしたの? そんなあわてて」

「良いから来て!」


 そう言って再び手を引っ張ってくる。力が強いフィアに、俺は為す術もなく連れて行かれた。

 森の奥へ、奥へと。孤児院の隣にある森林を駆けていく。草をかき分け、茂みをくぐり、道なき道を進む。

「こんなところまで来ていいの?」

「大丈夫! 帰れるから!」

 明らかに未踏の森に不安を募らせる俺と反対に、フィアはどんどん進んでいく。帰り道はとっくに分からなかったから、付いていく以外の選択肢は無かった。


「着いた!」


 低木の向こうから聞こえるフィアの声に向かって、必死に地面を這う。ようやくたどり着いたという安堵は、低木から這い出た先の光景で消え失せた。


「凄いでしょ!?」


 フィアはそう言って振り返る。なびいた赤毛の向こうに見えたのは、切り立った崖。


 そして、ポッカリと開いた洞窟。


「行くわよ!」

「……え?」


 思考停止状態の俺に、考える時間は与えられなかった。

 少しでも躊躇った様子を見せた俺を、フィアは逃さない。直ぐに背後に回られて、ガシッと肩を掴まれる。


「僕が先なの……!?」

「そうよ! 早く行きましょ!」


 今度は後ろから押される形で、真っ暗な洞窟の中を進まされる。


 思えばひどい女だった。ワガママで、身勝手で。

 ……でも、その頃の俺はなんとなく、そんなフィアに惹かれていて、口では否定しつつも役に立てることが嬉しかったのだろう。


「……行き止まりだね」

 洞窟は直ぐに突き当たった。

 昼とはいえ、洞窟の奥の方は闇に飲まれている。夜目が効く方の俺はともかく、フィアには見えていないようだ。止まるのが一瞬遅い。

「どんな感じ!?」

「なんか……、いろんな石で埋まってる」

「じゃあまだ先があるのね!? 掘りましょ!」

 掘る? この石たちを??

 フィアは暗闇で分からないかもしれないが、俺には視えた。自分の背丈の何杯もある石の壁が。

「む、無理だよ……。教会の大門くらいあるんだよ?」

「別に今日じゃなくても良いの! ちょっとずつ取っていけば、いつか通れるはず!」

 期待一杯のフィアの声。自然と、その期待を裏切りたくないと思った。ここで帰っても寝るだけだし……と、もっともな理由をつける。

「……分かった。じゃあ始めるね」

「あ――っ」


 早速掘り始めようとフィアの手を離れた時、か細い声が聞こえた。


「ル、ルワ!」


 幼いながらも、フィアの変化には気がついた。

 振り返るといつもの元気は無く、キョロキョロと周囲を見渡して必死に手を伸ばしている。

 ……なるほど。

 その真実に気がついた時、自然と俺は息をひそめていた。


 可愛い仕返しだ。

 挙動不審なフィアの後ろに回って、その頬にゆっくりと両手を伸ばす。そして――。 


「ひゃっ――」


 手のひら越しに、小さな震えが伝わってきた。

「ル……ルワよね?」

「……」

 あえての無言。


「え……? ……ルワ? ……助、……けっ」

 いつになく聞いたことのない細い声に、不思議な感情が胸の中にこみ上げた。脅かしているのは自分のはずなのに、内側からゾワゾワする。

 やがて、手のひらを涙が伝っていった。


 ……少しやりすぎたか。


「なーんて、僕だブフォア――」

「――ふざけんじゃないわよ!」


 言葉を発した瞬間、闇の中を力一杯のストレートが炸裂する。

 見えていないはずなのに、この精度……流石だった。


「今日は終わり! 帰る!」

 

 そう言ってフィアは俺の手を掴んだ。

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