第3話

 日はすっかり落ちていた。暗闇が辺りを包んでいる。兵士たちは深く掘られた塹壕の壁に沿って身を低くしながら移動していた。先頭を進む伍長にも後ろに何人がついてきているか分からない。


 日没からの数時間で何人もの兵士を失った。敵の残酷な攻撃により片脚や片腕を失った兵士もいる。負傷兵を抱えている兵士や肩を貸している兵士たちも何がしかの傷を負っていた。伍長も、つい先ほどの接近戦で左足を撃たれた。スムーズに動けるはずもなく、兵士たちの移動の速度は随分と落ちていた。


 伍長の後ろを歩いていた兵士が、落とした自分の腕を脇に挟んだまま、伍長に尋ねた。


「伍長、自分はもう……」


 片膝をついて崩れたその兵士を伍長が支える。


「しっかりしろ。あと数キロ進めば、ベースキャンプが見えてくるはずだ。もう少しの辛抱だ、頑張れ」


「そのベースキャンプは残っているのでしょうか……。敵の攻撃で消し飛んじまったのでは……ない…か……」


 兵士は自分の腕を地に落とし、項垂れた。


「おい、しっかりしろ。おい!」


 兵士は伍長の呼びかけに返事をすることなく頭から地面に倒れ込んだ。呼吸はしていなかった。


 後方の兵士の一人から声が届いた。


「伍長、来てください。妙なものを見つけました」


 伍長は倒れた兵士をそっと動かし、壁に凭れるように座らせると、自分を呼んだ兵士の方へと移動した。


 その兵士は赤い野球帽をかぶっていた。その頭を傾けて、屈んで足下を覗き込んでいる。ライトで地面を照らすと、手で地表の土を払い始めた。


 様子を見た伍長が声を殺して言った。


「おい、ライトはよせ。敵に発見されるぞ」


 ライトを消した野球帽の兵士は、足下の土の中に表面を現した錆びた金属の円盤を指差しながら答えた。


「自分は軍に召集される前、土木業務に従事していました。なので何度か見たことがあるのですが、これは古代遺跡への入り口ではないかと」


 兵士たちには前職がある。兵士たちはそれぞれ、この戦いが始まる前は生活都市で板金工、溶接屋、清掃業、運搬業など何らかの仕事をしていた者たちだ。それがある日突然、軍に召集され兵士として戦うことになった。もちろん伍長のように従来から軍に所属していたプロの兵士もいるが、ほとんどはそうではない。つまり、この軍隊は素人の寄せ集めだった。


 野球帽の兵士の横に立って足下の円盤を覗いたまま伍長が尋ねる。


「能力レベルは」


「レベル7です」


「僻地開発にも対応できるレベルか。よし、信用しよう。開けられるか」


「やってみます」


 他の兵士が伍長に尋ねる。


「中に入るつもりですか。このまま塹壕を進んだ方がよいのでは」


 伍長は首を横に振った。


「いや、このまま進んでも、目標地点のベースキャンプが残っているとは限らん。もし残っていたら、我々の探索に小隊がこちらに向かっていて、とっくに合流できているはずだ。望みは薄いだろう。別の選択肢があるなら、そちらを選択する方が生存率は高い」


「それなら、ここで野営しては。朝になれば援軍が到着して助けてくれるかもしれませんよ」


「敵に発見されたら終わりだ。このまま進んでも、ここに留まっても、いずれ全滅する。援軍が救助に来るまで身を隠しておける空間があるなら、そこに移動して隠れていた方がいい」


 野球帽の兵士が丸い鉄の蓋を持ち上げて、横に放り投げた。


 グワン グワン グワン


 金属が地面を叩く音が闇夜に大きく響く。


「馬鹿!」


 伍長は構えて周囲を見回した。ヒタヒタと敵の足音が近づいてくる。伍長は腕を大きく一振りした。


「早く中に入れ! 敵に気付かれた」


 兵士たちは一人ずつ急いで穴の中に入ろうとした。すると、遠くで火球が飛ぶのが見えた。続いて兵士が倒れる音がする。一人の兵士が体中に焼けた穴を開けた状態でこちらに逃げてきた。背後から追いかけるように飛んできた火球に直撃されて、その兵士は四分五裂に躰を散らした。


「うおおおおおおお!」


 雄叫びをあげながら、体の大きな兵士が大型のガトリング氷結砲を連射する。伍長もレールマシンガンで応戦しながら、他の兵士たちに叫んだ。


「穴に入れる者から行け! そのほかは応戦するんだ!」


 負傷している兵士たちは武器を手に取り戦った。それでも、一人、また一人と倒されていく。


 大柄な兵士が動作不良を起こしたガトリング砲を放り投げて、刀身の長いレーザーナイフを抜いた。


「伍長、行ってください! 敵はここで食い止めます!」


「馬鹿を言うな。おまえが行け! 俺は負傷している。生存率はおまえの方が高い!」


「指揮官である伍長が行かなければ、先に中に入った連中の生存率はゼロですよ! あいつらは素人だ、あんたが行かないと全滅するぞ!」


 複数の敵から飛び掛かられたその大柄な兵士は、ナイフを握った手とは反対の手に手榴弾を握っていた。


「早く、行ってくだ……」


「すまん!」


 伍長は後退し、穴へと飛び込んだ。伍長が穴の底に着地すると同時に、穴の外で爆音が響き、入口を土砂が埋めた。

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