第651話、安い買い物

「ったくよぉ、頼むから次はちゃんと宣言してやってくれよ」

「そうよ、もう」

『まったくもー、妹はもうちょっと自分を大事にぐえっ』


 二人に言われるのは解るが、何故精霊までそっちに混ざっているのか。

 お前はこっち側だろうが。さっき特に気にしてなかっただろうが。

 取り合えずムカつくので捕まえて踏みつけておく。


「次からは気を付ける」

「そうしてくれ。オッサンの残り少ない寿命を削らねえようにな」

「ね、息止まるかと思ったわよ」


 取り合えず一通り説教をして気が済んだのか、二人共落ち着いた様だ。


「しかし・・・さっきのは防いだってより、滑った感じだったよな」

「そうだね。ミクちゃんの腕の動きもブレてたし」


 そうなると次に確認する事になるのは、やはり俺が纏う服の事になる。

 この辺りはやはり職人というべきか、職業病というべきか。


「元の魔獣もそういう感じなのか?」

「んー・・・聞いた事ねえなぁ。普通に刃は通るって話だぜ。勿論未熟者が刃筋を立てられなくて切れなかった、って事はあるみたいだが」

「そもそも高くない額で数が出回っている時点で、そんなに強くない魔獣だろうしね」


 どうやら元の魔獣は弱いらしい。だが言われてみれば確かにそうか。

 その辺の人間が気軽に買える物という時点で、狩り難い訳が無い。

 勿論魔獣という事で多少危険だろうが、数が出回る程度の強さなのだろう。


「じゃあ何でこんな事になったんだろうな」

「考えられるとすれば、多分嬢ちゃんが強いからじゃねえか?」

「俺が?」

「その魔獣は、まあ魔獣だから危険ではあるが狩れる範囲の危険度だ。だからその毛皮の強度もそこまでじゃねえんだろう。だが嬢ちゃんの魔力は山奥の魔獣よりも上だ。なら嬢ちゃん並みの魔力を持つ魔獣の表皮として機能した場合、そんな風になるんじゃねえのかな」


 成程。元々危険度の低い魔獣の毛皮だから、そこまでの強度は持っていない。

 だがもし強い魔力を纏う事が有れば、元々の魔獣も同じ効果を発揮する可能性があると。


「偶然この魔獣が長生きして強くなったら、中々の脅威になりそうだな」

「刃物が通じねえとなると、確かに中々手強そうだな」

「でもそうなるには、ミクちゃんぐらい強くないと駄目なんでしょ。無理じゃないかしら」


 普通なら確かに無理かもしれない。だが俺はそうなる可能性を知っている。

 半精霊という存在になった、元々は何の変哲もない魔獣を。

 牛の存在を知っている身としては、有り得ない事では無い気がした。


 とはいえ事件になっていないという事は、現状そういった個体は出ていないのだろう。

 若しくは牛の様に、特殊な個体として人と共に生きている可能性か。


「ともあれ、やっぱり嬢ちゃんには元々の強度は関係無かったみてえだな」

「そうだな。これなら暖かい場所でも過ごし易そうだ」


 肌触りは結構さらっとしていて、かつ風通しも悪くない。

 夏場に着るにはこの上ない程に良い服だろう。

 これが魔獣の素材とは、魔力を通せなかったらやはり信じられないな。


「でも、くれぐれもちゃんと上に何か着る様にね。絶対それだけで過ごしちゃダメよ」

「解った解った。ちゃんと着るから」


 店主の目の前で着替えようとした事と、肌着だけで出ようとした事が許せないらしい娘。

 俺としては別に裸など気にしないんだが、無駄に露出したい訳でも無いしな。

 それにそもそも、辺境ではこの格好は若干寒い。上にもう一つ着よう。


 暑くなってきたら・・・まあ、極力何か着るさ。

 一応着替えも多少あるしな。最初の街で買った奴が。


「どこに行くのか知らねえが、気をつけてな」

「ちゃんと無事に帰って来てねー」

「ああ、行って来る」

『いってきまーす!』


 そして店主と娘に見送られて店を出て、暫く歩いてからある事に気が付き店に戻る。


「支払いを忘れていた」

『もう、妹のうっかりさん!』

「あ、俺も忘れてた」

「え、てっきりサービスで渡したのかと思ってたのに、お父さん・・・」


 店主も完全に忘れ、娘の方は父が何も言わなかったから黙っていただけらしい。

 娘に残念そうな顔を向けられる店主は、若干気まずそうな顔で目を逸らす。


 とりあえず支払いを済ませ、値段は最初に言っていた通り高くは無かった。

 この値段でこの強度は余りに安い買い物だが・・・それは俺だけの話だな。

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