第13話、迷子
「おーい、そろそろ閉めたいんだが?」
コンコンとノックの音が響き、その音で顔を上げる。
声の主は出入り口に居た男で、鍵を片手に気だるげな様子だ。
ふと窓の方に目を向けるが、そもそも窓は締め切っていて外の様子が解らない。
室内には明かりが存在していて、常に状況が一定だから尚更だ。
「もう夜か?」
「もう日が落ちてるな」
「そうか」
資料を本棚に戻して席を立ち、素直に資料室を出る。
「おい、忘れ物だぞ」
「ん? ああ、そうだった」
そのまま帰ろうとしていた俺に、石のカードが差しだされた。
既にこれの存在を忘れていた。とりあえず受け取って懐にしまう。
今度こそ飼料室を出て通路を進み、広間に出ると中々の人の量だった。
仕事を終えた連中が受付に報告する為に多く並んでいる。
酒場には報告も終わった連中なのか、酒盛りをしている人間が多い。
どいつもこいつも、見るからに荒事に慣れてますって感じだな。
そんな連中を横目に組合を出て、空を見上げると既に星空だった。
「随分熱中していた様だ」
『妹楽しそうだったー!』
楽しかった、のだろうか。もしかしたらそうだったのかもしれないな。
知らない知識が簡単に頭に中に入るのは、中々に楽しかったか。
「さて、帰るか」
そうしててくてくと、暗い夜道を歩いて領主館へと戻る。
自分の家じゃない以上、帰ると言うのが正しいのかは解らない。
だが荷物は置いたままだし、とりあえずの宿と言う点で間違いではないだろう。
そんな風に思いながらてくてく、てくてくと、歩き続ける。
「・・・むう」
『どしたの妹』
「何でもない」
俺が少し唸った事で、精霊が心配そうに声をかけて来た。
ただ反射的に否定を返し、暫く無言のまま歩き続ける。
そうして――――――。
「・・・どこだここは」
『妹、もしかして迷子?』
「・・・」
認めたくはないが、迷子になったらしい。おかしい、何故だ。
歩けば歩く程、見覚えの無い路地に入り込んで行っている。
というか、明らかにスラム街的な所だ。
先程まで居た表通りとは違い、建物はぼろく通路も汚れている。
身なりの汚い者達がそこかしこに散見し、嫌な目で俺の事を見ている。
「お嬢ちゃん、どうしたんだい。一人でこんな所に来て」
それでも暫く歩き続けていたら、そんな風に声をかけられた。
『一人じゃないもん! 兄が付いてる!』
精霊の返事はとりあえず措いておくとして・・・囲まれているな。
「迷い込んだだけだ。ほおっておけ」
「おや、迷子かい。可哀そうに。オジサンが表通りの方まで案内してあげようか」
「必要ない」
男の脇を通り抜けながら断り、そのまま歩を進めようとすると肩を掴まれた。
「まあまあ、おじさんこの辺りの路地には詳しいから、すぐ出られるよ」
「要らん、といったのが聞こえなかったか」
「・・・ムカつくガキだな」
それがこの男の本性だったのだろう。歪んだ表情で俺を見下して来た。
「折角優しくしてやろうと思ったのに、クソガキが」
「おい、顔は殴るなよ。萎える」
「わーってんよ!」
すると隠れて囲んでいた連中も出て来て、俺の逃げ場を塞ぐ位置に立った。
「とりあえず、一発殴られとけ、ガキが」
打撃音がスラムの路地に響く。
ただしその音は、俺を殴ろうとした男の顔から発せられたが。
男の顔はぐちゃりと潰れ、そのまま壁に叩きつけられる。
「・・・え?」
「お、おい、なにしてんだよ」
「な、うぇ、なに、は?」
男達は何が起きたのか解らない、という顔で吹き飛んだ男を見ている。
けれど少しの時間を置いて状況を理解したのか、それぞれ武器を取り出した。
とはいっても粗末なナイフが殆どで、この世界では武器と言って良いのか悩む処だ。
「てめえ、良くもやりやがったな!」
「殺すぞクソガキ!」
「死ねオラァ!」
男たちは一斉に襲って来たが、別に連携がある訳でも無さそうだ。
それぞれが怒りのままにナイフを振り、俺を殺そうとしているだけか。
殺す。そう、殺しに来ている。こいつらは俺を殺そうと―――――。
「――――――殺す」
一番最初に突っ込んできた男の顔を軽く殴ると、腰辺りを軸にその場で縦に回転した。
数回転の後、後頭部が地面に叩きつけられ、不味い音が聞こえたのが解る。
次に突っ込んで男の腕を取り、引き寄せながら腹を打つ。
すると打ち込んだ打撃は腹を突き破り、骨と内臓を男の背後にぶちまける。
死んだ男を投げ捨て、今度は俺から突っ込み別の男の足に蹴りを入れる。
細い木の枝でも折った様な感触と共に、男の両足の骨が砕けて肉の外に飛び出る。
そこで逃げ出そうとした男が居たので、近くの石を握って投げつけた。
背中に当たったその石は、そのまま男の体を貫通した。
「・・・ふうっ」
息を吐く。ほんの数秒の時間で、周囲には死体が散乱する場になった。
俺が殺した。容赦も躊躇も無く、悪党らしく皆殺しだ。
「・・・特に楽しくは無かったな」
悪党らしく行動したというのに、すっきりした気分にはなれなかった。
ただ苛ついて、苛つきのまま行動して、終わったらむなしいだけか。
猪を仕留めた時は意外と楽しかったんだが・・・何が違うのか。
難しいな、悪党とは。まだ理解しきれていないらしい。
『妹に喧嘩を売るからこうなるのだー!』
「殺し合いを喧嘩とは言わないと思うがな」
喧嘩ならもう少し手加減をしていた・・・と思う。
だがコイツ等は武器を抜いたし、明らかに殺意が籠っていた。
そしておそらくだが、そんなコイツ等が死んだ所で騒ぎにはならない。
スラムの死者なんてそんな物だ。でなきゃスラムになんざ住んでいない。
これがスラムの中でも力を持った連中なら別だろうがな。
「さて、どっちに行けば戻れると思う」
『あっち!』
「・・・偶には信じてみるか」
死体はそのままにして、精霊の言う通りに通路を進む。
自分が方向音痴だと解っただけに、どの道指標になる物が無い。
そう思いてくてくと歩き続けていると―――――。
「おい、止まれ小娘」
更に見覚えの無い通路に入り込み、行く道を塞がれた。
ただ止めた男達の恰好を見るに、そこまでみすぼらしさは無い。
むしろスラムに居ながら、割と真面な格好をしている様に見える。
「何処から紛れ込んだんだ」
「・・・よく無事でここまで来れたな」
『兄が付いてるからね!』
通路を塞ぐ男達は、俺を見て怪訝そうな様子を見せる。
見た目はただの小娘だからな。この反応が正常だろう。
あと精霊の指示に従った結果更に迷ってるけどな。
「運が良かったな。その運に頼ってそのまま回れ右しな」
「帰りも無事とは限らねえがな」
しっしっと手で払われ、もとの道を戻れと言いわれ後ろを振り返る。
暗闇なせいで道が全く分からない。
視線を前に戻すと、塞がれた通路の先は比較的明るく見えた。
「この通路の先は誰かの私有地なのか」
「ああ? 何言ってんだこのガキ」
「どう見ても通路に見えるが、誰かの持ち物なのかと聞いている」
「るせぇ、ガキ―――――おげっ・・・!」
頭を掴んで来ようとしたので、腹を殴ってから振り払った。
真面に会話も出来ないのか、こいつらは。
「てめぇ! 誰に何してんのか解ってんのか!?」
「質問にも答えられん馬鹿に殴り返しただけだが」
「ざっけんな、クソガキが!」
もう一人の男は殴りかかって来たので、腕をへし折って地面に投げ捨てた。
「うぎゃっ・・・うぐっ・・・!」
「通るぞ」
倒れた二人を無視して通路を通ると、そこは簡単に言えば色町の様相だった。
『あかるーい!』
「ふむ、スラム街に色町か・・・領主は知っているのだろうか」
流石に全く知らないということはなさそうだ。
むしろ管理者と繋がっている可能性もありそうだな。
そう思いながら足を踏み出し歩けば、当然だが俺の姿は目立つ。
色町に場違いな小娘が一人歩いている訳だからな。
「・・・いや、そもそも俺は帰りたかっただけなのに、何をやっているのか」
道を塞がれた事や、話が通じなかった事に苛ついて、むきになっていた気がする。
冷静に考えれば通路を塞いでいた男の言う通り、回れ右するべきだった。
まあ、今更冷静になっても遅い話だが。
「お嬢ちゃん、ちょいと待ちな」
若干自分の行動に反省しながら歩いていると、背後から声をかけられ振り向く。
そこには数人の荒くれ連中を連れた、見るからに「まとめ役」と言わんばかりの風貌の男が。
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