第12話、資料確認

「先ず、これが登録証になる」


少し待つと巨漢が手に持った物を差し出し、受け取りつつも首を傾げる。


「・・・石のカード?」

「普通の石じゃねえし、特殊な加工がされてる。まあ魔道具の類だ」

「へぇ」

『魔道具ー?』


俺の目にはどう見てもただの石にしか見えないが、これが魔道具なのか。

だが魔法具には魔核が必要だったと記憶しているが、このカードから魔核の気配は無い。

精霊も不思議なのか、キョトンとした顔で首を傾げて見つめている。


「とりあえずそれに、軽くで良いから血を垂らしてくれるか」

「血を? 解った」


指の爪先でスパッと親指を切り、赤い血がぽたぽたとカードの上に落ちる。

すると巨漢は何故か少し驚いた顔を見せた。


「うわぁ、思い切り良いなぁ」

「別に躊躇う事でも無いだろう」

「お嬢ちゃんぐらいの女の子は普通躊躇うと思う」


そういわれると、それはそうかと思うが、中身がどうしてもな。

全ての生を合わせると、もう何百年生きたか解らん老人だ。


『妹は強い子だから! 兄は鼻が高い!』


お前がふんぞり返る理由はどこにも無いからな。

そういえばコイツ、切り傷とかできるんだろうか。

出来ない予感しかしないが、今度試してみよう。


「で、これで終わりで良いのか?」

「いや、お前さん名と歳を聞いて良いか」

「名はミク。歳は解らん」

『僕ヴァイド! 歳はいっぱい!』


何度聞いても似合わない名前だ。誰が付けたんだその名前。


「あー・・・まあ、年齢は見た目で良いか。カード貸してくれ」

「ん」


言われた通りカードを返すと、男は受付嬢の一人にそれを手渡した。

そしてボソボソと話し合いをした後、カードを箱のような物に差し込んだ。

次の瞬間箱から軽く魔力を感じ、何となくあの中に魔核が有る事を察知する。


「・・・成程」


カードを魔道具として機能させるのに必要な魔核は、あちらに有るという事か。

受付嬢が更に何かを箱に追加で差し込んで、カードを取ると魔力が止まった。

そのカードを巨漢が受け取ると、すっと俺に差し出す。


「ほい、これで登録は終わりだ」

「簡単なんだな」

「まあ、登録だけならな。何が出来るか解らん以上、登録したばかりだと簡単な仕事しかさせられないが、最初から難しい仕事の許可を得る為の試験等もある。ただお前さんの場合は、魔獣討伐系の依頼に関しては制限をかける気は無い」

「良いのか?」

「良いのかも何も、あの猪倒す嬢ちゃんに何規制しろってんだよ。基本的にはアレより弱い魔獣しか居ねえよ。危険地域や開拓村にでも行くなら別だけどな。後は常人には無茶としか思えない依頼は在るが・・・その手の依頼は命の危険があるのを承知で受けて貰う」

「解った」


つまり俺の目的の為なら、危険地域か開拓村へ向かえば良いのか。

それはそれで解り易くて良いが、休む所が無さそうなのが面倒だな。

まあ、その辺りの対策は追々考えるか。今は資料が先だ。


「それで資料はどこだ?」

「あそこ」


指をさして示された先を見ると、奥に続いているのであろう通路があった。

ただ受付を通る位置では無く、誰でも行ける場所にある通路だ。


「あの奥にある。資料室の前で番してる奴が居るから、カード差し出してから中に入ってくれ」

「解った。色々教えてくれて感謝する」

「おうよ、また後で何か困った事があれば、その時は空いてる受付に相談しな。じゃあな」


巨漢は背を向けて手を振ると、またカウンターをまたいで奥に戻って行く。

そしてそこが定位置なのか、最初に見かけた時と同じ位置に座って何かを読み始めた。


『妹が奥行くってー!』『置いてくつもりかー!』『兄も行くぞー!』『戻れ戻れー!』


そこで精霊達は何故か一つに戻り、俺の胸元に陣取った。

ワンピースの襟にプランとしているが、重みはまるでない。

無いけどなんか邪魔だ。黙ってるのに煩い。腕が無駄にブンブン動いている。


「・・・はぁ」


背に注目を受けながら溜め息を吐き、通路奥へと進んでいく。

俺の姿が広間から消えると、途端にざわめきが大きくなった。

どうせ俺の事でも噂しているんだろう。


『妹人気ものー!』

「ただの悪目立ちだと思うがな」


悪党が好き勝手に行動すれば、当然だが目立ってしまう。

それは何時の時代もどんな場所でも変わらない事実だ。

まあ、目立たない様に上手くやる悪党も当然居るが。


その手の悪党は権力や地位が欲しい連中だ。

ただそういった連中は、また別の規則に縛られる事になる。

俺としてはもう、規則に絡み取られる事自体が窮屈だから目指す気は無い。


「あれか」


通路を少し進んだ先に、小さな空間と扉があった。

扉の横では本を読む男の姿があり、俺の姿を横目で確認して来た。


「お嬢ちゃん、ここは組合登録した人間しか入れないんだ。回れ右して――――」

「登録証ならある」

「・・・あん?」


男は本にしおりを挟んで閉じると、カードを手に取ってまじまじを確認し始めた。


「本物だな」

「見ただけで解るのか?」

「ある程度はな。良いぞ入って。資料の持ち出しは禁止だが、メモを取る事は構わない。ただし本を汚したりした場合は罰金だからな。破損させたら当然それも罰金だ。持ち出しは最悪登録抹消になるからその覚悟でやれ。カードは出る時に返す」


そこは、やるんじゃないぞ、じゃないのか。

とりあえず資料室に入ると、中はそこまで広くは無かった。

資料を読む為のスペースが少しと、資料の詰まった少し大きめの本棚が一つ。


窓は一応あるが締め切られており、明かりが幾つか付けられている。

あれも魔道具らしいな。魔力を微かに感じる。


「・・・思ったより少ないが・・・そんなものか」

『本棚、空いてるねー。良し、僕が詰まっておこう』


図書館の様な光景を少しだけ想像していたが、当然と言えば当然だ。

物語や歴史書の類がある訳でも無く、ただ必要な資料だけが詰められている。

となればそこまで膨大な数になるはずも無く、本棚など一つで事足りるだろう。


精霊は空いたスペースに詰まり始めたが、何がしたいのか本当に解らない。


「・・・ふむ」


とりあえず適当に魔獣関連の資料を漁ろうと手を伸ばす。

パラパラとめくると、魔獣の姿絵と軽い生態、それに脅威度も書いてある。

やけに親切な資料だなと思いながら、ただ一つだけ不親切な所に気が付いた。


「・・・どこに居るんだ、こいつら」


こんな魔獣が要る。こういう所が危険だ。対処法はこういう物が有る。

そういったことは確かに有用で、知っていると身の安全は高まるだろう。

ただ肝心の、その魔獣がどこに生息しているのか、が表記されていない。


いや、ざっくりと「砂漠」や「水場」などの表記はある。

だがどの国のどの領地のどの地域、といった事はほぼ書かれていない。

書かれていたとしても・・・。


「地図が無い。ちっ」


文化が低い時代という事が、ここで足を引っ張って来た。

恐らく地図は機密の類だ。特に正確な地図は。

これでは探し回るには不便極まる。


「・・・仕方ない。無駄足になるのも癪だ。読めるだけ読んでいくか」

『仕方ない、兄も読み聞かせをしてあげよう』

「いらん」


そうして資料を読み漁って・・・有用な情報は一応あった。

先ず魔核の位置だ。基本的に魔核はどの魔獣も心臓に入っている。

これが解っただけでも、資料を見た甲斐があったと思えなくはない。


それに金になる部位なども、ある程度知る事が出来た。

特に毒腺何かがある魔獣は、そこを上手く確保すれば高く売れる。

薬に使えるのは解るが、本当に薬の為だけに使っているかは怪しいな。


後は薬草類も色々と書かれていて、当然ながら知らない植物だらけだ。

ただそんな知らないはずの情報が、簡単に頭の中に入って行く。


「・・・これも実験動物としての成果か?」


人の名前は覚えようとしないと覚えられないくせに、薬草はしっかり覚えられている。

とはいえ有用なのは間違いない。食べられる野草なども覚えて損は無いしな。

というか、普通に山菜が資料として在るのは、若干違和感が有るな・・・。


ああ、似た様な毒物もあるからか。殆ど見た目が変わらんな。

そうして今日は日が暮れるまで、人のいない資料室で資料を読みふけった。

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