最強魔導師として異世界を救ってきた俺が最強のまま現実世界に帰ってきたら陽キャとパリピに王と崇められちゃってめちゃめちゃしんどいんだが

桜桃キリト

第1話 勇者、死んで、転生

 厚い雲が割れて一筋の光が差した。

 身体にまとわりついていた不快な湿り気が消え、乾いた風が頬をなでる。


 俺は、空を仰ぎながら呟いた。


「これでようやく……眠れる……」


 それがちゃんと声になったのかはわからない。


 腹の傷が酷く、呼吸するたびに激痛が走るこの状態ではまともに声を発することも困難だった。

 口から血を吐く経験は何度もあったが、だからこそこの傷が致命的であろうことは理解できた。


 5年前。

 俺は中世ヨーロッパに魔法が加わったようなファンタジー世界に転生した。

 いや、転移したというべきか。

 とにかく18歳の俺は、別の世界の18歳の俺になった。

 

 異常に高い魔力適正を見込まれていつの間にか勇者と呼ばれるようになり、魔族を中心とした闇の軍勢と戦うことになった。

 苦しい戦いの末に光の同盟軍は勝利したようだが、俺はと言えば生命力を全て使い果たしてしまった。


 もう、この命もおしまいだろう。

 ゲームオーバーだ。

 ノーコンティニューでお願いする。


 役目も終えたし、争いごとはもうそろそろ勘弁してもらいたい。


 最後に看取ってくれたのは、教会のおばあさんだった。


「最後に頼みがあるんだ」


「ええ、勇者様の頼みでしたらなんなりと」


「コレを教会に封印してほしい。ずっと一緒に戦ってきた“相棒”なんだ」


 左手の中指から、鈍く光るミスリル銀製の指輪を抜く。


「これは……わかりました。わたくしが責任を持って大切に保管いたします」


 教会のおばさんは手にした聖印を握った。誓いの証なのだろう。

 これで思い残すことはない。

 安らかに眠りたい。

 もし万が一、もう一度転生してしまうのだったら、次は争いのない世界で生まれ変わりたい……。


 ……………………………………………………………………。


 …………………………………………………………。


 ……………………………………………。




 ――どれくらい眠ったのだろうか。




 気付くと赤ん坊になっていた。


 どうやら俺は、また転生してしまったらしい。

 何事も二回目となると、飲み込みも早くなる。

 いや、赤ん坊は初めてか。本当は2回目だが、1回目は自覚がない。


 さて、どうしたものか。

 状況は把握できたとしても、これといってなにか自由になることもない。


 周りを見回すとどこか見知った風景。


 どうやらここは俺が最初の人生を過ごした現代世界だった。


 運がいい。


 日本であることも分かった。

 しかも前々世より時代を遡っているわけではない様子。

 戦争中とかだったら、さすがにハードモードな気がする。


 現代日本なら少なくとも一つ前の人生よりは争いもなく生きられる。

 俺はもう戦いばかりの人生はうんざりだ。

 平穏に生きたい。とにもかくにも。


 平和な世界の中でも、とりわけ平和であろう赤ん坊生活をしばらくは満喫するとしよう。


 うんこおしっこ垂れ流しなんて、べつに屁でもない。

 彼の世界での行軍を考えれば、歩かないで寝てるだけでいいなんて天国みたいなもんだ。


 ただまあ、記憶を持ったままで授乳というのはきつかった。恥ずかしさに思わずヘルプミーという感じ。ヘルプミー。

 慣れたけど。

 飲まないと死ぬし。


 そんな感じで、少しずつ成長していって幼稚園。自分自身が不破悠利という人間に転生していることを理解した。


 気付くと俺はひとりで過ごすことが多い子供になっていた。

 そりゃそうなる。

 周りは戦隊ごっことかライダーごっことかやっているけど、こっちの精神はけっこうな成人男性なんだ。

 幼稚園児と同じテンションでごっこ遊びは辛すぎる。

 やってやれないことはないけど。


 そういう感じでひとりでいることが常になっている俺だったが、唯一かまってくる子供がいた。


「ねえねえ、ゆーりくん。ゆーりくんはだんしといっしょに遊ばないの?」


 それは同じ教室の伊勢舞奈だった。明るくて友達も大勢いるくせに、なぜか俺のほうによく寄ってくる。


「べつに理由はない。ひとりでいるのが好きなだけだ」


「そっか、みんなといっしょにあそべなくてさびしいんだね、ゆーりくんは」


 いやなぜそうなる。

 良い子だとは思うが、入力された情報から導き出される結論がよくズレる。

 脳内の歯車がうまく噛みあってないんじゃないか?


「じゃあ、わたしがずっといっしょにいてあげるよ、ゆーりくん」


 伊勢舞奈はそんなことを言って笑った。


「それでいい?」


 なぜか同意を求めてきた。まあいいか。おせっかいではあるが、悪気はないだろうし。


「いいよ」

「わあ、じゃあやくそくだね」


 舞奈と指切りをした。そのあと、なんだかんだとこの子とは小学校、中学、高校まで同じになる。まさに腐れ縁というやつだった。



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