白蛇の守護

悪意の裏

「ロベリアは、私の妹です」


 その告白に言葉を失う探偵を、彼女は見つめていた。

 彼はこれまでに、探偵として様々な事件と関わってきた。アクシャが事件の鍵を握っていると気がついた時点で、様々な可能性を考えていたはずだ。  そんな彼でも、彼女の言葉は予想できなかった。


 それもそうか、とアクシャはふっとはにかんだ。

 自分が探偵だったとして、依頼をしてきた人が犯人の血縁者だとは考えもしないだろう。  

 激しく揺れる瞳の奥で、彼は何を考えているのだろうか。

 と、その視線が突然アクシャを射抜き、ぞくりと背中が粟だった。


「……失礼にあたったら申し訳ない。貴方とロベリアは、“義理の姉妹”ではないですか?」


 その問いに、彼女は声にならない悲鳴をあげた。

 動揺をなんとか抑え込み、ルディに向き直る。


「何故……そう思われたのでしょう」


 ルディは何かを確信したような笑みを浮かべた。


「白蛇卿は、貴方を相当大切に思っている。ならばどうして、ロベリアを野放しにしているのでしょうか。娘を守るため、ヴァーボラの冠を投げるようなお方だ。ロベリアが彼女の娘ならば……殺人鬼に堕とすような真似はしないはずだ」


 月白の髪が、夕日を受けて赤く輝く。

 鮮血のように鮮やかなその色に、アクシャはロベリアの瞳を見た。


「……貴方は本当に、恐ろしいお方ですね」


 ため息と共に、プラチナブロンドの髪がふわりとなびく。

 紅茶色に映る探偵は、赤と黒を見に纏い、その高貴な雰囲気を際立たせている。


「その通り。ロベリアは私の義理の妹です。正確には───」


 言葉の先を紡ぐより先に、アクシャはその顔を恐怖で歪めた。


「どうされました?どこか、お体が……」


「見られています」


 ルディの言葉を遮るように、彼女は言った。

 彼女の言葉に、ルディは苦汁を舐めたように顔を歪めた。


(失念していた。ここは白蛇の館の前だぞ……!)


 焦る心を落ち着けながら、ルディは胸に手をあて、紳士的な礼をした。


「突然呼び止めて申し訳ない。私はある事件の調査をしていまして。よければ私の事務所で、お話を伺えませんか?」


 人が変わったような穏やかな声で、ルディは言った。

 アクシャは混乱したような表情を似せたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべて彼の手を取った。


「もちろんですとも、探偵様。お力になれることがあれば、何なりと」


 白蛇がどこまで見たかはわからない。声までも聞かれていれば、今更繕っても無駄だ。 それ以前に、彼女が意図を汲み取れるかすらわからない。

 ルディにとって、酷く危険な賭けだった。


「貴方が聡明なお方で助かりました。しかし……申し訳ない。迂闊でした」


 彼女の手を引き、事務所へ向かいながらルディは言った。


「いえ。謝らなければならないのはこちらの方です。白蛇卿───御母様を、みくびっていました」


 アクシャは顔に影を落とし、俯いた。


「何故、見られていると?」


 少し間を置き、ルディは問うた。


「何故、と言われると言葉にできないのですが……。首に手を置かれたような、緩く絞められるような緊張感を、感じたのです」


 繋いだ彼女の手が、小さく震えている。それをそっと握ると、ルディは何も言わず歩を進めた。


 陽はすっかり落ち、赤く染まっていた街は闇に飲まれていく。。

 街灯に灯った火が揺れ、不規則な影を落としていた。


「こんな夜に申し訳ない。客人を迎える用意もしていないですが……」


 ルディは苦笑すると、事務所のドアを開け彼女を迎え入れた。

 軽く礼をし、ドアをくぐる。  前に訪れた時のような美しさはなく、調査資料や写真があたりに散らばっていた。


「ひどいでしょう?熱中するとこうなってしまうんです」


 困ったように笑い、ルディは机の周りの資料を片付けていく。

 部屋の燭台に火を灯すと、彼はアクシャを座らせた。


「ここまで連れてきて言うことではないかもしれませんが……お時間は大丈夫ですか?」


「はい。貴方はもうご存知だと思いますが、私の自由は保証されていますから」


 自虐するように笑い、アクシャは彼を見つめた。

 白紙だった彼の手帳は、殴るように書かれた文字で埋め尽くされている。

 彼はここに辿り着くまでに、相当な苦労を重ねたのだろう。

 

 一つ息を吐いて、彼女は続けた。


「……先ほども言いましたが、私たちは義理の姉妹です。少し、長くなってしまいますが───」


 彼女の脳裏に、いくつもの記憶が蘇る。


 陽だまり溢れる廊下に、美しいステンドグラスの影が落ちている。

 精巧な装飾が施された大理石の柱が続くそこを、幼かった彼女は1人歩いていた。


「これからお話しするのは、私が幼かった時の記憶です。


 私は、自分で言うのも何ですが母に愛されていました。 何をするにも母がついていて、したいこと、欲しいもの全てを与えられてきました。


 そして、何回も何回も、この名前についてを教えられました。

「貴方は私の祝福よ。貴方はずっと、私の祝福でなければならないの」と。


 今思えば、歪んだ愛です。愛と言えるのかもわかりません。しかし、幼い私はそれを“純粋な愛”として受け入れていたのです。


 幸せでした。暖かく、優しい母の愛。 今でも、あの頃の記憶は幸せで溢れています。


 それが変わったのは、14年前。私が10歳になった頃です。

 母の統べる南の地。経済が不安定になり、同時に母の地位も揺らいだのです。 いつでも凛としていた母の、追い詰められた顔を今でも覚えています。


 貴族の地位だけではなく、四大貴族としての立場すらも失いかねない。そんな状況でした。しかし、それは突如として好転しました。私が13になった頃でした。


 何が起きたのかは、わかりません。しかし、三年間、母が何をしてもうまくいかなかった経済の滞りは突然解消。問題を解決した素晴らしい支持者として、母の支持率は一気に上昇しました。


 その頃です。屋敷に、私以外の人がいると気がついたのは」


 アクシャはそっと目を閉じる。懐かしむような、何かを悔やむような。


 そんな彼女の表情に、ルディは思わず、目を奪われた。

 そして、彼女は目を開ける。 深い紅茶色に吸い込まれるように、ルディは彼女の記憶の中に溺れていった。












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