ほしふたつ

@_naranuhoka_

ほしふたつ

 スーツ姿のおとなが五人、ずらりと春歌の前に並んで座っている。目線の位置は同じなのに見下ろされているような圧迫感を覚えるのは、人数の差のせいなのか、自分が学生であるからなのか。

「最終面接は以上となります。最後になりますが、風見さんから御社に何かご質問などございますか」

 一番真ん中に座っている男性が投げかけた。出た、「逆質問」だ。訊きたいことなど「わたしって受かるんですかねえ」以外ないし、さっさとこの部屋を出て思いっきり深呼吸したい気持ちでいっぱいなのだが、逆質問されたらなにかは質問するのが面接の暗黙のルールだとマイナビのコラムに書いてあった。頭をすばやく回転させて、どうにかしぼりだす。

「ええと、御社で実際に活躍されている社員の方は、どういう方が多いでしょうか」

「そうですね、風見さんが志望している営業職ですと、積極的に人とコミュニケーションするのが好きで、普段からおしゃべりな方が多いですね。雑談が多い人って仕事ができないイメージがあるかもしれませんが、成果を出している社員はこまめにクライアントと連絡を取ることを苦に思わないタイプが多いので、普段から部署関係なく積極的にコミュニケーションを取っている方が多いです。あとは、好奇心があっていろんな方向にアンテナが張っているタイプですね」

 左端の一番若手の、といっても四十代には差し掛かっていそうな男性がにこやかに話した。どうやら春歌の質問はそう的外れなものではなかったらしい。就活をしていると、どうも、自分が話したいことではなく相手が欲しているものを言い当てにいくようないびつなコミュニケーションを求められているようでいちいち精神が擦り減る。

「恋愛みたいなものだよ、好きな男の子を口説きにいくようなもんだと思えば結構らくだった~」と去年研究室で誰よりも早く内定を勝ち取った早山さんが訳知り顔で話していたが、就活を初めて四か月経つ今でも、早山さんの台詞の意味を掴み切れずにいる。そもそも春歌は女子大在学中で、誰かと恋愛したこともましてや告白したこともないので、わからないで当然かもしれないけれど。

「以上をもちまして本日の面接を終わりたいと思います……あ、申し訳ありません。一点だけ、風見さんにご質問をさせていただきたいのですが」

「あっ、はい。なんでしょう」やっと面接が終わる、と胸をなでおろした直後だったので、背中にぴょいと竹刀を突っ込まれたみたいに反射で姿勢を正した。真ん中の席の男性が、ほんのりと微笑みを貼りつけて言う。

「風見さんは、どうして本日スニーカーなんでしょうか」

「へっ」

 慌てて足元を見下ろす。紺色の、ABCマートで買ったまだそんなに汚れていないナイキだ。「それと、ストッキングじゃなくて靴下ですよね」と別の男性が口を挟み、だらだらと冷たい汗が背中を伝うのを感じた。

「すみません、非難してるわけじゃないですよ。服装指定はあくまでスーツだけだったと思うので。ただ、男性だとたまーにいるんですけど、女の子でスニーカーってめずらしいなと思って。ただの興味本位なので気軽にこたえてくださいね」

 固まってしまった春歌を気遣うように男性が口調を和らげてつづけた。けれど、ほかの社員がクスクスと笑い声を立てたので、一気に口の中から水分が飛んだ。はりつく唇を剥がして、どうにかこたえる。

「すみません、マナー違反になるのかなとは思ったんですけど……ヒールって普段履き慣れていないので、靴擦れがひどくて、それであの、スニーカーで来ました。靴下なのも、ええと、靴擦れ対策です」

「なるほどねえ。あなた、奈良から来てるし、地方からだと特にヒールって怪我しやすいかもねえ」おそらく一番重鎮であろう、頭のてっぺんの地肌が透けている男性がにっこりと笑った。わかってもらえた、と思い、「そうなんですよお、ヒールって不便なんですよね」と続けようとしたら、次の言葉で言葉を失った。

「でも、あなた今日スカートでしょう。生足だと、うちみたいに男性社員が多い会社だとね、あのー、なんというか目のやり場に困るんで、ストッキングは履いた方がいいですよ」

 目のやり場に困る? 就活の場であまりにそぐわない言葉を投げかけられて動けずにいると、どっと笑い声が上がった。唯一参加している女性社員までもが口元を手で押さえながら笑っているのが視界の隅で見えて、すうっと頭の血が足元まですべり落ちていくのを感じた。

 

 車窓に映る顔は、証明写真よりもずっと生気を失い、幽霊のように覇気がなかった。

 野瀬さんが住むアパートを訪れるため、中央線に揺られて武蔵小金井駅まで向かう。先ほど受けたばかりの面接でのやりとりを思いだすだけで臓器を素手で撫でまわされているような気持の悪さに襲われた。むきだしになった膝小僧が目に入り、泣きたい思いでリュックを抱え直し、視界に入らないようにした。

「お疲れー。どう、初の最終面接は。今日は暑かったから冷しゃぶにしてみたよ」

 ドアを開けると、かつてのバイト仲間である野瀬さんがにっこりと笑って出迎えてくれた。「野瀬ブー」などと直球に失礼過ぎるあだ名を店長につけられてもあっさり受け入れていた野瀬さんは、いつ会っても機嫌がよくてにこにこしているからとても安心する。「のーせーさーん! ちょっと聞いてよお」とリュックを投げ出すように下ろしながら騒いでしまう。東京に来てやっと素で話せる人と顔を合わせたせいで、思ったよりも大きな声が響いてしまった。

「なになに、いきなりテンションマックスで会話始めないでよ。とにかく上がって、手洗ってテーブルついてて」

「もーさーもーさー、野瀬さんに話聞いてほしすぎてやばい、ほんと今日最悪だった! あーでもごはんいい匂い! マジでありがとうございます!」

 テーブルの上にはすでにサラダと出汁まき卵と豆腐のお味噌汁が並んでいた。バイト時代から野瀬さんの料理の腕が素人離れしていることは知っていたけれど、都内のイタリアンバルで正社員として働き始めてからさらに料理の腕に磨きがかかったようだ。お店のごはんみたいに三つ葉が添えられているのを見て、それだけでうきうきしてしまう。

 野瀬さんが大皿をどんとテーブルに載せた。

「はい、メインディッシュできあがり。ごはんどれくらいよそう?」

「大盛でお願いします!」

「今日念のため三合炊いてるからまかしといて」

 のしのしと大きな背中が台所へ戻っていく。野瀬さんの部屋に上がるのはこれで二回目だ。男性の部屋へ行った経験はこれ以外ないので普通の男性の部屋というのはわからないものの、きっちりと背表紙が並べられた本棚やゲームセンターでとったらしいカビゴンのぬいぐるみ、窓際に並んだミニサボテンだけを見ると、散らかり放題の春歌のアパートよりもよっぽど過ごしやすいし、なんだかかわいらしい部屋だ。「部屋きれいですね!」と最初に来た時完成をあげたら「俺はあくまでも清潔感のあるデブだから」と胸を張って笑った。

「はい。おかわりほしけりゃいくらでもあるからね」

 野瀬さんが戻ってきた。よそわれたごはんがキラキラ輝いて見える。「いただきます!」と手を合わせてさっそく冷しゃぶに箸を伸ばした。

「さっきのなんだったの? めっちゃ怒ってなかった?」

 野瀬さんが出汁まき卵をぱくつきながら言う。はっと思いだして、思わずごはん茶碗をテーブルに置いた。

「そうそう、今日最終面接でわたし、スニーカーで行ったんですよ。あと靴下で」

「ああ、靴擦れひどいって言ってたもんね。それで何、注意されたの?」

 教育テレビに出てくる人形のキャラクターみたいに野瀬さんがちょんと顔を傾げる。

「いや、注意っていうか、怒られてはないんですけど……生足だと男性社員の目のやり場が困るからどうのこうのって最後、おじさんに言われて」

 言いながら、これを男の人である野瀬さんに愚痴るのってどうなんだろう、と途中で顔に血が集まる感覚があった。今ももちろん素足でカーペットの上で人魚座りしている。目を落とすと自分のぽんとまるっこいふくらはぎが見えて、発言を撤回したくなった。

「えええ、何だよそれ。それハラスメントだろ」

 思いっきり野瀬さんが顔をしかめて抗議してくれたので恥ずかしさが少しはぬぐわれた。「そうそう、そうだよね、セクハラだよね⁉」と言いながらこっそり足を伸ばしてテーブルの下に隠す。

「この時代にそんなこと就活生の女の子に言うかね。なんか、受かったとしてもちょっとやな感じだね」

「しかもさあ、ほかに社員四人いたのに誰も注意しないで、むしろみんななんていうか、そうそう、みたいな感じで笑っててさあ……女の人もいたのに、かばってくれないどころか一緒に笑ってたから、余計かなしかったよ。古い会社だし、しょうがないのかなあ」

 今日受けた会社は、サラダのドレッシングシリーズが有名な中堅の食品メーカーである。食べることが好きで、もちろんドレッシングも実家でよく使っていたから、受かったら親が喜ぶだろうし商品をもらえるだろう、くらいの軽い気持ちで受けていた。なかなか思うとおりに進まない就活の中で、やっと手にした最終面接だった。最終面接まで通してくれたというよろこびだけで「もう、この会社で働きたい」と気持ちが入道雲のようにむくむくと育っていただけに、今日のできごとはあまりにも残念だった。

「わたし、内定もらってもあの会社入らないかもな……」

 小さな声でつぶやく。野瀬さんは「うーん、まあ、ちょっとどうかなって感じだよね」と眉をハの字に下げて言った。いつも笑顔の野瀬さんを暗い顔にさせてしまったことがなんとなく後ろめたくて、「ごはん食べ終わったら相席食堂見よ~」と話題をそらした。


 就活で遠征するようになってまず驚いたのは、女の子がみんな、きちんとメイクしているということだ。

 春歌が通うN女子大学では、しっかりとしたメイクをして登校している子はどちらかと言えば少数派だ。眉毛とリップくらいは化粧するものの、アイラインなんて引いていたのは一回生の数か月だけだし、すっぴんで来ている子が多いと気づいてからは眉毛すら満足に描かないで授業に出るようになった。

もちろんちゃんと毎日髪を巻いてしっかりまつげをあげてファンデーションを塗っているような子もいたけれど、そういう子は「メイクが好きな人」として扱われたし、すっぴんでいる春歌に「ちょっと、さすがに顔薄すぎるって」なんて言ってくる子もいなかった。

さすがに二年になったあたりから、バイトを始めたこともあって少しは化粧をするようになったものの、あれこれ塗っても顔が変わらない気がしたし、化粧の作業というよりも家でメイク落としする工程が面倒くさすぎて、メイクについて真剣に勉強する機会がないまま就活生になった。そして、大阪の就活博に参加した時、思わず周りを見回してしまった。

 ――え、みんな資生堂とかに勤めたいの?

 真剣にそう思ったくらい、みんな、デパートのカウンターにいるおねえさんみたいにしっかりとメイクをして、髪も単なる一つ結びではなくベーグルみたいにきれいなお団子や結び目がどこにあるかまるでわからないまとめ髪に見事にセットしていた。バスの中でぴょんと寝癖をつけてしまい、結べない長さなのに無理やり一つ結びにしてハムスターのしっぽみたいに不格好にしばっている自分が、まるでおとなの群れに間違って混じってしまった小学生みたいに思えて恥ずかしかった。

食品と飲料メーカーの営業職を中心に就活を始めて五か月。すでに五十社近くエントリーしているけれど、いまだに内定は出ていない。けっして学歴は悪いわけでもないし、居酒屋でバイトサブリーダーをした経験や学生団体の広報として活動したエピソードは、ありふれてはいるもののそれなりにきらりと光るものはあるはずだ。それなのに、届くのはお祈りメールばかりで、最近は【不】という字が見えた時点でメールを削除している。

ストッキングはむず痒くて履いたそばから脱ぎたくなるし、ハイヒールのせいでいつもかかとに絆創膏を貼っている。こんなのが就活生のマナーなんてどうかしている。

 唯一の救いは、東京に行くたびに元バイト仲間である野瀬さんが夕食をふるまってくれることだ。春歌より二歳年上で、一年就活浪人したのち去年から個人経営のレストランのキッチンで働き始めた。就活の苦労は人よりしたからか、「めし食べる時は連絡して。ごちそうするからさ」と気前よく言ってくれている。以来、彼がお店で勤務している時は西新宿のお店で、シフトが休みの時は自宅でごはんをつくってもらっている。夜行バスで来ている身としては、ごはんだけではなく、遅くまで時間をつぶせる場所を提供してもらえるのは正直かなり助かる。

「俺はマンガ喫茶で基本時間潰してたのよ。最初はいい気分転換になったんだけど、回数重なるとだんだん出費が厳しくなってきてさあ、楽しむどころじゃなくなってたんだよね。せめて後輩の春ちゃんにはそういう無駄な出費でメンタル病んでほしくないからさ」

 トレードマークのまんまるい笑顔で野瀬さんが言ってくれた時、就活で荒んだ心をそっとタオルケットで包まれたような心地がした。春歌と変わらないほどの身長だが、たっぷりとふくらんだおなかを持つ野瀬さんは心も広い。バイト時代も、要領のいい子に「ごめーん、シフト代わってくれる?」と押しつけられても文句も言わずに代わってあげていたし、みんながやりたがらないゴミ出しも進んでしてくれていた。頼りにされているというよりバイト仲間から野瀬さんがなめられているように思えて歯がゆく思うこともあったが、当の野瀬さんが「俺、ここのバイトが一番つづいてるんだよね。みんな仲いいし、ゆるくて居心地いいから」と気にしていないこともあって、結局春歌もこうして野瀬さんのやさしさに甘えてしまっている。

 それにしても、いつになったら内定が出るのだろう。奈良のアパートに戻り、たまった会社の資料を紙袋にまとめながら小さくため息をついた。


【風間さん

 お疲れさまです。先日は座談会に参加していただきありがとうございました!

 また、OB訪問の予約もありがとうございます。申し訳ないのですが、指定された日時だと少し予定が厳しくて……遅い時間だと難しいですか? 21時半~か22時~とかだと助かります! ご連絡お待ちしています】

 先週、お菓子メーカーの座談会で仲良くなった男性社員からメールが届いていた。出身が春歌と同じ福井で、出身高校が同じで盛り上がったから連絡先を交換していたのだ。

「二十一時か……遅すぎるよね?」

 研究室のパソコンを使ってメールを確認していたので、隣でコピー機を使っていた同期の真子に話しかける。「え? 何が?」と言うのでメール画面を見せた。

「うげ~、なんかやらしい匂いぷんぷんなんだけど。これ男性だよね? さしで会う予定なの?」

「うん。高校の先輩でね、三十歳くらいで、今度お茶でもしながらどうですかってOB訪問に誘われたから何個か日時送ったんだよね。この会社忙しいのかなあ」

「ん~……っていうか、明らかになんか下心感じるよね。なんの会社?」

 名前を告げると、「げ、めちゃくちゃ大手じゃん」と真子は顔を顰めた。一カ月前に地元の新聞社の内定を取った真子は、その反動か髪を明るい栗色に染めて、インナーカラーでオレンジを入れていてすごくかわいい。

「いま選考どの段階? ってか志望度高め?」

「次三次選考で、選考前に作戦会議しようって言われたんだよね、この人人事らしくて。志望度はん~、結構高いかも。わたしここのお菓子好きだし」

 うーん、と真子が首を傾げた。この大学ではめずらしくしっかりメイク派の真子は、下から見るとまつげの長さが際立つ。

「わたしなら遅くても行くかな。だってこれ行っとけば内定まで確実に駒進められるっしょ。チャンスボール、チャンスボール」

「うーん……」

「あ、顔がすっごいブサイクとかキモメンとかだったらやめとき。ってか名前見せて、フェイスブックぐぐるわ」

 真子がスマホを取り出し、瞬時に名前で身元を探し出した。「あ、はっけーん。この人でしょ? 宮島崇斗。写真古いけど結構イケメンじゃん。全然ありなんだけど!」とはしゃぎだす。

「まあ、確かに顔はかっこよかったよ。さわやかだったし……でも、そういう問題かな」

 ぶつぶつ言っていると、真子はスマホを閉じてくちびるをとがらせた。

「わたしさー、結局出版社の内定出なくて地元帰るじゃん」

「ああ、そだね」

「正直地元に帰りたいわけではないんだけど……就活続ける体力がなくていまの内定で決めちゃったんだよね。決めたっていうか諦めたんだけど。就活やってる時は、それこそ枕で内定取れるなら全然枕できるって思ってたけどね。あまりに内定出ないからさ」

 過激な言葉にぎょっとしてしまう。春歌の表情を読んだ真子はさっとスマイルを貼りつけて「ごめん、春歌はそういうタイプじゃないよね」と早口で言って研究室を出て行ってしまった。

 真子が「そういうタイプ」なのかはよくわからないけれど、春歌は彼氏がいたことがないし、当然男性経験もない。枕、というのが就活で本当に存在するのか、そもそも中身はどこまでを指すのかも不明ではあるけれど、そうまでしてこの会社に入りたいかと言われればよくわからない。

しょっちゅう別大学の男子と合コンをしたりデートに繰り出している華やかな真子と違い、自分は地味で冴えない田舎のいもくさい女子大生でしかないのだ。この男性が果たして春歌に「枕」を求めているとも正直思えない。かといって、夜遅い時間に良く知らない男性と二人っきりで会うことにも気が引ける。

【ありがとうございます! それでは8日の21時半でお願いします。もしかしたら時間が遅くなるかもしれないので、予定がわかったらすぐ連絡しますね!】

 結局、夜に居酒屋で会う約束をした。お酒を飲みながらOB訪問するのは就活ではよくあることなのかよくわからなかったが、まあ、ごはん代浮くし、いつも野瀬さんにつくってもらうの悪いし、と自分に言い聞かせた。


 悪い方の予感は的中し、宮島さんは【ごめん! ミーティングが押してて、三十分遅れそう。予約入れてるから、先入っててね!】と午後九時に送ってきた。

すでに待ち合わせの新宿駅に来ていたので、予定を別日にするのもおっくうで、仕方なくお店に先に入った。おなかはぺこぺこだったが、先に料理を注文してもいいのかどうか迷い、お通しの枝豆をつまみながらジンジャーエールをちまちま飲んだ。

 こんなことだったらなんとかごまかしてOB訪問を取り消すべきだっただろうか、と思いながらスマホをさわっていると、二十二時過ぎに宮島さんが到着した。信じがたいことに、顔がほんのりと桃色で、どうやらすでに酔っぱらっているようだ。

「あ、風見さんごめんね! お待たせ。おなかすいてるでしょ、注文していいからねえ」

 へらへらと笑いかけられ、ふっと届いた息は干し柿のようなあまったるい匂いがした。「もしかして飲んでるんですか?」とひきつった笑顔でたずねる。打ち合わせをしていたのではなく、飲んでいたせいで待たせていたというのだろうか。信じられない。

「いや……ごめんね、顧客の接待にどーしても顔出さなきゃならなくて、ちょっとだけ席にいてさ。あ、風見さんもどんどん飲んでいいよ。これジュースでしょ?」

「あ、わたし、お酒弱くて」嘘だったが酒など飲みたい気分ではなかったのでそう言っておく。途端、宮島さんはあからさまにテンションが落ちた声で「あ、マジか」と呟いた。

「え、全く飲めない感じ? 居酒屋のバイトしてたってESに書いてなかった?」

 断っているのに、どうやらまだ春歌がアルコールを飲まないことにこだわっているらしい。「そうなんですけど、体質的に弱くて」とどうにか笑顔を浮かべて断った。アルハラですよ、と喉元まで出かかったが、「内定まで駒進められるっしょ」という真子の言葉が脳裏にあったので、ぐっと飲み込んだ。

「えーっと……わたし、明後日が三次面接なんです。どういう質問されるのか、どういう学生が求められてるのか教えてもらえるとうれしいなって」

 こんな遅くまで待たされたのだから、これぐらい直球で切り込んでも許されるはずだ。思いきった質問を投げかけると、宮島さんはにっこりと笑った。

「二次は学生時代の話とかパーソナリティにまつわる質問が多かったと思うけど、三次はね、なんでうちを志望してるのか、なんで営業を希望してるのか中心かな。だから、そのへんをブラッシュアップする必要があるかな」

「なるほど」

「風見さんの評価は二次ではかなりよかったから、そんなに身構えないで、フラットに望んでくれれば受かると思うよ。ゼミではドルオタの消費行動の心理について研究してるんだっけ? 面白そうな内容だよね。俺もこう見えて昔追っかけとかしててさ」

 春歌の研究はオタクの消費行動についてではなくインフルエンサーが購買層に与える影響力についてというものなのだが、勘違いを訂正するのも気まずいのでにこにこ相槌を打って話を合わせた。ここぞとばかりに頼んだ刺身の盛り合わせや焼き鳥がテーブルに届いたが、野瀬さんが自宅で出してくれる手料理の方がこまやかでよほどおいしい。相槌を打って話を盛り上げる代わりに箸を動かす。

 気づけば二十三時になろうとしていた。はっとして箸をおく。

「あのっ、すみません。夜行バスが半に出発なんで、もうそろそろ出ないといけなくて」

「えっ、もうそんな時間? あー、そっかあ」宮島さんは緩慢な動きでアップルウォッチを確認した。呪い動作にもいちいちいらいらしてしまう。新宿バスタまで徒歩十分ほどではあるが、そう時間に余裕はない。

「っていうか明後日が面接なのにとんぼ返りするの? もったいなくない?」

「……あの、お金ないんで。ホテル取るよりは一旦帰ろうかなって」

 わざとらしく携帯を見ながらこたえてみせたが、宮島さんはぱっと顔を輝かせた。

「じゃあ明後日まで俺の家泊まればいいよ。あ、もちろん寝る場所は別々だよ? 俺、客用布団で寝るから」

「いや、あの、大丈夫です」

「あ、もしかして疑ってるー? 侵害だなあ、俺高校の後輩に手出したりしないよー。だって会社の後輩になるかもしれない子でしょ? いくら春歌ちゃんが可愛くてもそこはさ、ね、わきまえてますから」

「すみません、もう、出ないとなんで」

「なんなら俺、廊下で寝ようか? さすがに部屋二つないんだよねー。こっから一本で帰れるよ。元カノの化粧水とか残ってるから使っていいし。まあちょっと汚いけど男の部屋にしてはきれいな方だと思うんだよね」

 全く話が通じない。今日、自分はこの居酒屋から帰れないのではないか――不安がみるみる高く伸びあがり、ぎゅっと喉の奥が熱いしずくで一杯になった。

気が付けば、ぼろぼろと涙があふれだしていた。宮島さんがぎょっとしたようにのけぞる。

「え、うそでしょ。やめてよ。なんで泣く?」

 こちらを責めるような言い方をされて、ますます涙が勢いを増した。なんでと言われても、パニックになってしまって止まらないのだ。すみません、と謝っていると「ここはもう俺払っとくから、出なよ。じゃ、本日はお疲れ様でした、ありがとね」と機械的に宮島さんがお礼を並び立て、せかされるようにして荷物を持って店を出た。店を出るとさすがに嗚咽は止まったが、恐怖とおぞけは消えなかった。ほとんど走るようにして新宿バスタに向かい、歯磨きも洗顔もしないまま奈良行きのバスに乗り込んだ。まだ心臓が暴れまわっていて痛くてたまらない。

鼻を啜っていると、隣で腕組みしていたお姉さんが迷惑そうに顔をそむけた。ぎゅっと瞼に力を込めて涙を流し切る。

 ――死にたい。

 目を閉じると、耳まで赤く染まった宮島さんの顔の皮膚や濁った白目、ひげの剃り痕がまぶたの裏に浮かんで、そのたびに目を開けてバスの天井に視線を逃がした。

結局眠れないまま朝を迎えた。朝焼けで白っぽい奈良駅前をとぼとぼと歩く。明日また夜行バスに乗ってあの会社の三次面接に行かなければならないのだと思い、アパートまでの足取りがぐっと重くなった。


面接は散々だった。

わかっていたことだった。宮島さんがいなかったのは不幸中の幸いだったが、OB訪問について何か言われるのではないか、もしくはすでに宮島さんが手をまわして自分は落ちることがすでに決定しているのではないか、と思うと気が散って面接に集中できず、面接官の反応も芳しくなかった。

交通費を払って不合格通知をもらいに行ったようなものだと思ったらあまりにみじめで、別な説明会を予約していたがそれはすっぽかすことにした。できるだけお金は使いたくなかったものの、ベローチェに入ってアイスカフェオレを頼んで奥の席に着いた。明日は予定がないのですでに奈良に帰ってもいいのだが、夜行バスをキャンセルして夕方発のバスを探そうにも、出費の余裕はない。

【野瀬さん、今日は飲みたい気分です】

 そうメッセージを送ると、すぐに返信があった。【おつ! なんかめずらしいね】【ビールなら常備してるよ~ 今日は居酒屋メニューにするか】わーい、とゾウが逆立ちしているスタンプを送った。まだ午後三時だ。自由な時間がまだまだあるということにうんざりしている、その状況自体に嫌気が差した。

 あれから宮島さんからは何の連絡もない。何か弁明があるのではないかと思っていただけにがっかりした。かといって、こちらから何か送る気になどなるはずがない。

 きっと今日の面接の出来栄えでは次の最終面接には進めないだろう。ネームバリューのある会社に入るとっておきのチャンスだったのではないか、と思うと途端に心臓がばくばくと跳ね回りだした。

そもそも、彼はとんぼ返りする春歌をただ不憫に思ってあんな申し出をしただけだったのかもしれない。男性経験がないから怖気づいてしまったが、きっと真子だったら渡りに船とばかりに彼の家へ着いて行ったに違いない。就活とは、そういう自信があって大胆な女の子たちがさっさと要領よく内定を取るものであって、自分のような人間はいつまで経っても同じ場所から進めずにいるのではないか。すでに七月だというのにいまだに内定はゼロ。就活浪人も視野に入れた方がいいこともわかっている。

 じんわりと涙がにじんだ。「顔採用」というものが、とりわけ営業職ではそれなりに適用されているという噂も知っているし、もしそれが本当だとすれば自分にとっては不利な条件であるということも十分承知している。顔がかっこいい宮島さんから「春歌ちゃんには絶対うちに入社してほしいな」と座談会で笑いかけられた時、うれしかったのと同時に、ほかの志望者に対する優越感がほんのりにじんだことも、忘れてはいない。そういう隙があったからこそ、「家に泊まればいいじゃん」と彼が誘ってきたのではないか、と思わないでもない。

 ふと、全部、自分が女性だからこんなことが起こったんじゃないか、とふつふつと疑念が湧き始めていた。

 女子大にいる、と自己紹介すると就活で会った子たちに「女子大ってぎすぎすして大変そう」「退屈じゃない?」なんてネガティブな偏見を口にされることもめずらしくなかった。けれど、ぎすぎすしているどころかみんなのびのびと過ごしていたし、恋愛したい子はインカレサークルや合コンに参加して、興味がない子はバイトや趣味に没頭していればそれでよかった。「女子大の子って、ザ・女子! って感じの子が多いイメージ」と共学の女の子に言われてびっくりしたことがある。四年間で、自分が女の子であることを強く意識して過ごしたことなどほとんどなかったからだ。

 自分が男の子だったらよかったのに。自分の性別について何か思ったのは初めてのことだった。もし自分が女の子でさえなければ、得意ではないメイクに苦戦することも、伝線に気をつけながら肌がむずがゆくなるストッキングを履くことも、スニーカーと履き替え用のヒールを持ち歩くことも、よく知らない男の人に家に誘われることもなく、のびのびと就活ができたはずだ。

 気づけばアイスカフェオレのグラスに、汗のようにびっしりと水滴が貼りついていた。


サワーとお菓子を買って武蔵小金井に向かった。野瀬さんはいつものように「おー、お疲れっす」と笑顔で迎えてくれた。

「春歌ちゃんが飲みたい気分ってめずらしいね! もしかして内定出たとか?」

 弾んだ声で訊かれ、「その逆です」とばっさりこたえるのも後ろめたく、「いや、就活の進捗関係なく、なんか、暑いなか歩き回ってたら飲みたくなって~」と適当なことを言ってこたえた。野瀬さんを相手ににきれいに取りつくろった建前を口にしてしまったことで苦い唾が湧き、カバンからほろよいのぶどうサワーを取り出して勝手にごくごくと飲む。「おっ、盛り上がってんじゃん」と野瀬さんが楽しそうに笑いかけてきて、へへへ、と情けない思いで笑い返した。

「お酒にあうおつまみ系でつくってみたよ」と野瀬さんはたこわさや豚キムチ、餃子、味玉などこまごまとした小皿をかいがいしく並べてくれた。ほろよいとビールで乾杯する。どの料理もいつもよりほんの少し味が濃くて、お酒が進む。かみしめるたび、唾液と一緒にじんわりとした満足感が湧き上がってくる。

「野瀬さんって本当料理上手いですよね……幸せ……」

「春ちゃんがうまそうに食ってくれるからさー、作り甲斐あるんだよね。自分のためだけだとこんなに頑張って作れないよ。忙しい時はカップ麺に全頼りしてるよ?」

「えー、そうなんだ。毎日ちゃんとしてるのかと思ってた。部屋もいつもきれいだし……」

 いやいやと野瀬さんが照れくさそうに笑った。身体が大きいからか、野瀬さんはお酒に強く、すでにビールは二缶目を空けようとしているのに、一切顔色は変わっていない。

箸が止まらなくなり、喉の渇きを覚えたらつづけざまにサワーを流し込んだ。何度か「顔赤いよ」「水も飲みなよ」と野瀬さんに言われたような気もしないでもなかったけれど、気づけば頭がふわふわして、顔周りが熱く火照っていた。何度もお手洗いに立ったものの、酔いが醒めることはなく、野瀬さんに進められるままに座椅子にもたれかかった。

「俺、すいすい飲むからてっきりお酒強いのかと思ってたよ。もっと早く止めればよかったねえ」

野瀬さんが申し訳なさそうに水を渡してくれた。おなかがすでにたっぽりと重く揺れているが、我慢してちびちび飲む。

「いやあの、わたしが勝手に飲み過ぎたんで……ごめんなさい。でも、時間が経てば抜けてくと思うんで」

「うーん……あとね、そろそろ十時半だからさ。新宿まで戻らないと。送っていこうか?」

「あ、今日の便は確か二十三時半だったからまだ余裕あるはず……あ」

 メールを確認したが、今日の便の予約完了メールが届いていない。どうやら予約したつもりが取れていなかったらしい。

「どうしたの?」

「あ……今日のバス、取れてなくて。余ってる便探します」

 奈良と東京をつなぐ夜行バスは本数が少ないからすぐに埋まってしまう。焦燥感と酔いのせいでおぼつかない手つきでスマホをさわっていると、代わりに野瀬さんがパソコンでバスサイトを調べてくれた。

「一応二十三時大宮発で何席か余ってるみたい。でも、ここから大宮だと、ちょーっと時間ぎりぎりかもね」

「う」

「ごめん、家のアクセス悪くて。新宿発は全席埋まってるみたいだし、今日は東京に残って明日の朝帰ったらどうかな? 何か用事がある?」

 一応キャリア支援センターのカウンセリングを予約していたが、別にキャンセルしても問題ない。ただ、泊まるとしたらほかにあてがないから、野瀬さんの家に泊めてもらうほかない。

「用事はないです。ただあの、えっと……」

 さっきまで宮島さんのことを散々愚痴っていたので、泊めてほしいと申し出るのはなんだか気が引けた。わかってる、というふうに野瀬さんが小さくうなずく。

「用事がないんだったら、うちを自由に使っていいよ。俺、明日午後からだから別に何時までいてくれてもいいし」

「すみません。そしたらお世話になります」

 野瀬さんはオッケー、と言い「明日の朝ごはんはフレンチトーストにでもしようか」と笑った。


 十二時近くになり、さすがに酔いが醒めてきた。春歌がぼんやりしている間、野瀬さんは布団を出したり部屋着を出したりかいがいしく動いてくれた。大きな背中を見ていると、思いだすことがあった。野瀬さんがまだバイト先に在籍していた時のことだ。

 野瀬ブー、就活一年くらいしてんのにいまだにまともな内定出せてないんだって。大変だよねえ。

 居酒屋がめずらしくガラガラで、裏手でおしぼりの整頓を任されて好き勝手おしゃべりしていたら美紀ちゃんが言い出した。野瀬さんはその頃、週一でシフトに入っていたものの、いつもより元気がないのは明確で「就活終わってないんだよお」とめずらしく愚痴めいたことを口にするのを春歌も聞いていた。「あ、でも事務員の内定は出てるらしいよ」と野瀬さんの肩を持つつもりで口にしたら、ほかのバイトメンバー二人はなんとも言えない表情で顔を見合わせた。

「いやあ……それはまあ、よっぽど大手じゃないかぎりそれはカウント外でしょー。まあ保険としてはいいのかもしれないけど」

 野瀬さんと同じ大学の舞さんが小さく肩をすくめて言った。

「え、なんで保険ってわかるんですか」

「あー……まあ、春歌ちゃんは二年だからまだわかんないかもだけど、事務って基本、女の子がやるイメージあるんだよね。稼げないし。野瀬ブーがあの感じで来年から事務員として会社員って、それはちょっと、ねえ」

「うーん、ちょっと巻き返しが必要かも」

 美紀ちゃんまでしたり顔でうなずいてた。よくわからないまま、そうなんですか? と相槌を打つ。

「いやあ、わたしも就活は苦労したけどさあ、男の子の方がちょっとぴりぴりしてたんだよね。やっぱ彼らの方が人生がここで決まる! って感じあるじゃん。大学受験よりもずっと」

わかる、彼氏もそうでした、と美紀ちゃんが大きくうなずく。

「入る会社とかやる仕事で全然年収違うからね。初任給だけじゃなくてその先の年収でだいぶ差がひらいちゃう感じ? まあ、野瀬ブーいいやつだからがんばってほしいけど、就活って見た目もキャラも大事だからなー」

 ちょっとお、と美紀ちゃんが舞さんの肩をぶつ。いなしているように見せて、彼女の口元が楽しそうに笑っているのに気づいていやな気持ちになった。

 その時は、まだ就活のことも社会に出ることもまるで現実味がなかったから正直二人の会話が何を意味しているのかわからないでいた。けれど、就活説明会に出席したりマイナビでエントリーするようになって、なんとなくあの時の会話を思いだすことがあった。美紀ちゃんが「彼氏、商社に内定決まったんですよ。三菱なんとかっていうところで~」となぜか自慢げに話していたことや「可愛い子は一般職の内定で満足できていいよねえ」と秋口まで就活していたゼミの先輩がぼそりとごく小さな声で掃き捨てていたことなんかも、一緒に。

 就活が大変なのはどんな学生でも同じ――けれど、男の子の方がもっと人生がかかっているから、真剣勝負になる。わかると言えばわかるのだが、「なんかそれって」と何か反撃したいような気持ちがめらりと火の粉のように奮い立つ。けれど、それをはっきりと言語化して口にすること自体、男女差別なような気がしないでもない。

「お風呂先に使う?」

 そろそろと気を遣ったような声色で訊かれ、間をおかないようにして「汗かいたんで使います」と立ち上がった。大きなTシャツと、太いズボンを借りたが、さすがにズボンのサイズが合わず、Tシャツをワンピースみたいにして着ることにした。膝小僧近くまで丈はあるとはいえ、なんとなく自分の格好が生々しく思えて落ち着かない。

 野瀬さんのシャワー音を聞きながら歯を磨く。身支度を整え終えると、途端に今の状況が落ち着かなくてそわそわしてしまう。

「ほんじゃー寝よっか。ごめんね床で寝させて」

「いえいえ、とんでもないです。ありがとうございます」

 ベッドの横に客用布団を敷いてもらい、そこで寝ることになった。ぼうっとしているうちに眠気にふんわりと包まれ、うとうとしていると声がした。

「あのさ、俺、前々から春ちゃんのこと泊めてあげたかったんだよ」

「……へ?」

 うまく意味を汲み取れず、ひらがなを零すように訊き返してしまう。「あ、違う違う、変な意味じゃない」と野瀬さんが早口で言った。

「バスで長時間行ったり来たりって、きついからさー。まあ、俺は特にデブだから横の人にいやな顔されるってのもあって余計アレだったんだけど。だから全然ここを東京の本拠地として使ってくれてもよかったんだけど、うん、まあ、言わない方がよかったのかなって今日の話聞いてて思ったりしたんだよね」

 野瀬さんが何を言おうとしているのか、ようやくつかめた。慌てて言い返す。

「野瀬さんは宮島さんとは違うって、それくらいわかってますよ」

「うん。大丈夫、それもわかってる。じゃなきゃ家来たりしないでしょ」

 ほっとした。けれど、おおらかでどこかゆるキャラめいた野瀬さんが、春歌に対してこんなにも気を遣っていたのだと知って、嬉しいというよりも申し訳なさで胸がいっぱいだった。

「俺、女の子だったらよかったのかなあって、たまに考えるんだよね。あ、ごめん、女の子の方が楽だからとかそういう意味ではないからね」

「うん、わかってます」思い切ってつづけた。「でもわたし、野瀬さんが女の人だったらよかったのになあとか、思ったことないですよ」

 間があった。野瀬さんが静かに笑う気配があり、「明日、一緒にフレンチトースト作ろうか。漬け込みなしで、レンジでふわふわにするやりかた教えるよ」と言う。

「はい、楽しみです」

 やさしい野瀬さんが、誰よりも幸せになれますように。そう思いながら目を閉じる。なぜだか、その日見た夢は内容は覚えていないのにたまご色をしていてとても楽しかった。

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ほしふたつ @_naranuhoka_

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