プロローグ その二

 ベッドのそばには冬はこたつとしても使える小さなテーブルがある。時々2人で缶チューハイを並べ、スナック菓子を広げて騒いだその天板に今は便箋が置いてあるのを僕は見つけた。

 書き出しには「遺書」とあった。

 彼女の死を受け入れられない自分と死の理由を知りたい自分がいるのを感じた。

 彼女の自殺の理由は、なんとも衝撃的だった。

 遺書は高校生の頃に万引きをしたことがあるという告白から始まっていた。

 高校生活で抱えるストレスを歪な形で発散したくなり、ドラッグストアでリップクリームを鞄の中に忍ばせたという。犯行後は罪悪感に苦しめられ二度としないと誓った。

 店員の目を盗み、監視カメラの死角になるような場所での犯行だった。しかし完璧に思われた犯行を第三の目が捉えていた。

 当時偶然店に居合わせた同級生の男だった。

 卒業してからどう過ごしていたかも知らなかったこの男が、一年ほど前に連絡を寄越したらしい。卑劣な提案を持ちかけるためだった。

 就職の内定、周囲の人間の目、何より僕にその事を秘密にしたかった彼女は、彼の提案を受け入れていった。金の無心から始まり、体を求められることもあった。誰にも相談できず、逃げ道もない地獄の中で彼女は追い詰められていった。そして……

 読み進めるごとに涙が流れて止まらなかった。遺書の中にはしきりに僕に向けての謝罪の言葉が並んでいた。情けなさや怒り、何より悲しみの奔流が胸に起こった。トイレに駆け込み吐いた。


 彼女の元へ戻り、とにかく警察へ連絡しようと思った時だった。彼女の携帯電話に着信があった。

 思考が回っていなかった僕はその電話を取り上げ耳に当てた。

「もしもし?俺だけど」

「え……?」

「あ?男?すんません間違えました」

 それだけ言って電話は切れた。数秒の思考の隙間が今の声の主が憎むべき相手だと気づかせた。

 この時、僕は復讐を誓ったのである。

 警察に連絡する前に遺書を自分の鞄に仕舞い込んだ。この秘密を僕以外の人にできるだけ知られたくなかった。


 電話番号を知った僕はセールスのフリをしてみたり、電話番号が変わった友人のフリをしてみたりと情報を引き出し、そこからさらに調べ上げ、何とかこの男を家を突き止めた。最寄駅で一目見てその男はすぐわかった。飛びかかりたくなる気持ちを歯を食いしばって堪えた。

 僕はこれから奴の家に乗り込むつもりだ。大学は休学し今日のために全ての時間を費やしてきた。

 御守り代わりのこの手帳と、バイト代で買ったキャンプ用のナイフ。それ以外には何もいらない。それ以外に僕には何も残っていない。

 どうかあの世で見守っていてほしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る