第4話 ランキング


「……よし」


午後三時半。

家の鏡の前で念入りに髪をとかし、まつりは小さく拳をつくった。


「今日も頑張ります……っ!」


家を出て、まつりは仕事場――メイドカフェ、『ご主人さまのおうち』へと向かった。


外に出た途端、むわっと熱風がまつりを包み込む。


「あっつぅ……」


最寄りの駅に向かいながらも、まつりはぼうっと綾斗のことを考えていた。


まつりはすでに、綾斗だけの専属メイドと化していた。

こうやって暑い中カフェに行くのも、毎日五時ごろ、綾斗が来るから。


綾斗の喜ぶ顔が見たくて、昨日だって、夜遅くまでケチャップでハートを描く練習をしていた。


「あやとくんって、学校ではどんな人なんでしょうか」


思わずつぶやいてしまい、まつりは慌てて口を覆った。


――メイドは恋愛禁止。


これは、メイドカフェの掟。

破れば、もうメイドカフェで働くことはできない、最も大きな掟。


働き始めたころは、まつりは自信満々で『お客様に恋など、絶対にしません!』と思っていた。

思っていたはずだったのに、とまつりは火照った頬をぱんと叩いてみせた。


「べっ別に、好きとかじゃありませんし! ただ、初めてのご主人さまだから、浮かれているだけ! 誤解するな、私!」


自分に喝を入れ、まつりはぐいっと前を向いた。

その拍子に、バッグに入れていたマスクが飛び出し、地面に落ちた。


「……ぁぁ、マスクしないとダメなんでしたっけ」


まつりはすでに額に浮かんできた汗をぬぐいながらも、マスクを拾う。


メイドカフェのルールに、通勤中は必ずマスクをする、というものがあるのだ。

どうやら痴漢や住所特定を防ぐためらしい。


――『君たちはもうアイドルなんだから。気を付けなきゃダメだよ?』


「……マスクなんてつけなくても、誰にもバレませんよ……」


まつりはそう愚痴をこぼしながらも、メイドカフェの最寄り駅に着くバスに乗り込んだ。




♢♢♢




「あれっ、早めについちゃいました?」


午後三時五十分。

勤務は四時からで、辺りにはメイド仲間が全く見当たらない。


「さ、先に入っちゃいましょうか」


まつりはびくびくしながらも、『ご主人さまのおうち』の派手なピンク色の扉を開け、店内に入った。


「ちょっとあんたねえ! どういうつもり、これ!?」

「ひゃっ!?」


と入るなり、とあるメイドに詰め寄られ、まつりは危うく転倒しかける。


「意味わかんない! どうしてあんたなんかが……お駄賃ランキング一位なのよっ?!!」


「へ……ランキング……?」


まつりは目をぱちくりさせ、突っかかってくる猫耳メイド――ミコに向き直った。


いつも何かと絡んでくるのがこのメイド、ミコなのだ。

まつり自身、特に変なことはしていないつもりなのに、なぜかいつも責められてしまう。


ミコは大胆に胸をさらけ出すメイド服に身を包みながらも、まつりの腕をがしっと掴んだ。


「そうよ、ランキングよ! 早く来なさい!」

「へっ、わっ、わぁ?!」


まつりはずるずると、メイドたちが集まっている壁のそばまで連れてこられた。


「あっ……これ、お駄賃ランキングですね……」

「そうよ、最初から言ってたじゃない!」


このメイドカフェには、一週間に一回、週間ランキングが出る。

一週間でより多いお駄賃を得たメイドの名前が、ランキングになって紙に載るのだ。


まつり自身、これまで指名されたことがなかったため、ランキングなんて全く気にしていなかった。


「ほら見なさい!」


ミコに頭を押され、まつりは恐々とランキングを見た。


「えーっと、一位は……って、わ、わわわ私?!?!」

「言ってるじゃない! それに十九万って、どういうことよ!?」


『一位  佐倉さくらまつり  190000円』


これを見て、まつりはめまいがするのを感じた。


「あやとくん……っやっぱり多すぎます……よ……っ」

「な・に・が、あやとくんよ!! やっぱりおかしいんじゃない!! どうしてこの私が二位なの!?」


ランキングを見ると、『二位  愛琉あいるミコ  60000円』とあるのを見て、再びまつりはめまいを感じる。


「まつりちゃんだあ、一位おめでとう!」

「っ、さ、サク先輩!」


そんな中、ぽんと背中を叩かれ、まつりは勢いよく振り返る。

そこには、すでにメイクを済ませ、メイド服に身を包んだサクがにこっとほほ笑みかけていた。


「でも凄いねー、十九万円って。こんな数、これまで見た事ないよー」

「でででですよね……っ」


見ると、『三位  月宮サク  40000円』とある。

先輩を上回ってしまったのか……と、まつりは小さく震えた。


「……ぅぅ……っ」


それに、ランキング用紙の周りに群がったメイドたちの鋭い視線を感じ、まつりは一刻も早くその場から逃れようと、控室に飛び込んだ。



「……はぁ、はぁ、はぁ」


静まった控室の中、まつりは大きく息をついた。


やはり、ああいった冷たい視線には全く慣れない。あの視線は、一年前、ここに来た時から変わらない。


「……はっ、時間がまずい……着替えなきゃ」


まつりはロッカーからメイド服を取り出し、慌ててそれを身にまとわせる。

そして鏡のそばまで行き、頭にふりふりのホワイトブリムを装着する。


「よ、よし」

「なにがよし、よ! まつりさんねぇ!!」

「ひっ!?」


気付けば鬼のような形相をしたミコさんが鏡に映りこんでいて、まつりはびくっと身を震わせた。

どうやらまつりの後を追ってきたらしく、少し息が上がっている。


ミコは細い足を大胆にさらけ出しながらも、まつりに詰め寄った。


「あんた、どうせずるしてるんでしょ! あいつはあんたの親戚!? 友達とかなんじゃないの? あっ、まつりさんに友達なんていないか~」

「ち、違います! 彼は、そんなんじゃ! それに」

「嘘はバレるんだよ? ったく……店長に、あんたの数値はミスなんじゃないかって尋ねても、合ってるって言うし……」


ミコさんは荒々しく息をつき、まつりを壁際まで追い詰める。


「いい? みこには、専属の客が七人! 七人、いるのよ! あんたは所詮一人……たった一人! なのに! ずうずうしいのよ!!」

「わっ……」


頬を平手打ちされそうになり、まつりは慌ててしゃがみ回避する。

が、メイド服のロングスカートに足を取られ、盛大に尻もちをついてしまった。


「これまで全く人気じゃなかったあんたがランキング一位なんてっ、ふざけてるのよ!!」

「ぁぁっ……」


ミコさんが大きく手を振り上げる。


痛そう……と目をつむったその時、


「ミコちゃん!」

「……チッ」


うっすらと瞳を開くと、駆けつけたサクがミコの腕を掴んでいた。

サクは荒い息を繰り返しながらも、ミコをきっと睨んだ。


「まつりちゃんに、何しようとしてたの」

「別になにもー?」


まつりが小さくなって震える中、ミコは苛立ち気に立ち上がり、びしっとまつりを指した。


「いい? あんたは所詮、ダメメイドなんだから! この私を超えることなんて、絶対に有り得ないんだから、くそメイド!!」

「ミコちゃん!!!」


サクが珍しく声を荒らげると、ミコはお尻に付いた尻尾を揺らしながらも、逃げるようにして控室を出て行った。



「まつりちゃん、大丈夫?!」

「だ、大丈夫、です」

「大丈夫じゃないよね? 私、店長にちゃんと言っとくから、安心して」


艶やかなボブヘアーを揺らしながらも、サクはまつりに手を貸した。


(私もサク先輩みたいにできるメイドだったら⋯⋯こんな思いはしなくてよかったのにな)


サクを見つめながらも、まつりは落ち込む。


――『あんたは所詮、ダメメイドなんだから!』


(だよね……知ってる。ダメで落ちぶれたメイドだって、知ってる)


「まつりちゃん?」


サクに問いかけられ、まつりは慌てて手を借り、立ち上がった。


「どうする? ここで休んどく?」

「えっと……」


時計をちらりと見ると、時間は四時五十分を指していた。


(もうすぐあやとくんが来ちゃう……!)


「いや、行きます!」

「えぇっ、まつりちゃん!」


唯一のご主人さま。


(私はあやとくんのために、ここメイドカフェに来ていますから)


まつりは勢いをつけて立ち上がり、サクに一礼し、控え室を飛び出した。



「……あ」

「あっ」



店内を見渡すと、いつもの定位置に、彼は座っていた。


「あやと、くん」

「まつりちゃん……!」


綾斗はまつりを視界に捉えるなり、ぱあっと嬉しそうな顔になる。


その顔が見れただけで、まつりは幸せな気持ちに満たされた。


「まつりちゃん……今日も、よろしくお願いします」

「は、はい……っ!!」



まつりは返事をし、急いで綾斗のもとへ駆け寄った。










「……っ、クソメイドが……っ!!」



その光景を睨みつける、一人の猫耳のメイドがいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メイドカフェのダメダメメイドに貢いだら、めちゃくちゃ好かれ始めた件。さらに彼女歴ゼロの俺がなぜかモテ始めた。 未(ひつじ)ぺあ @hituji08

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ