第2話 メイドとの出会い
「ご注文はなににしますか~? パンケーキおすすめだよ♡ オムライスも美味しいよお~!」
「ドリンクはどうする? ラブキュンスムージーなんかどうかな~?」
「はやくはやく、ご主人さま!」
「…………」
「あ、じゃあパンケーキと、そのらぶきゅ……ラブキュンスムージーってやつで!」
俺たちは早速ピンク色で彩られた店内に吸い込まれ、席に案内させられた。
何が起こっているかというと、さっきから俺らの座る席を、メイド衣装の美少女たちが囲ってきている。
大きなたわわを見せびらかすような衣装に、ふりふりなミニスカート……南の鼻下はびろんびろんに伸びている。
「ねーえ、聞いてるのかな?」
「ひっ、わっ、えっ」
はっとしてまばたきをすると、すぐ近くに美少女の顔面があり、俺はばっと身をのけぞらせた。
黒髪のボブに、派手なヘッドドレス。大きな胸はテーブルにどんと乗っかり、メイクの濃い目で俺を覗き込んでくる。
「ご主人さまがかまってくれないから、サク、悲しいなあ~」
「さささサクちゃん! むっはかわいい!!」
ぴえん顔をするメイドに若干引いていると、南が身を乗り出してメイドにラブを飛ばしている。どこまでもキモイ奴だ。
メイドは南にかわいい笑みを向けてから、もう一度俺に向き直った。
「キミもおんなじ注文でいいかなー? パンケーキに、ラブキュンスムージー」
「あ、はい。大丈夫です」
「むー、つれないご主人さまだなあー。悪いご主人さまにはいたずらしちゃうぞ♡」
黒髪ボブメイドは、俺をこしょこしょしようと手を伸ばしてくる。
「…………」
「……むー」
が、俺の引き顔を見てか、しゅんとして離れてしまった。なんか悪い気がしてきた。
メイドは注文を紙に書くなり、急にぱっと顔を明るくし、両手でハートをつくって見せる。いや表情の展開に追いつけん。
「じゃあ、お料理頑張ってくるから、ちょっと待っててね~! ごゆっくりどうぞ♡」
「はーい♡ サクちゃん最高!!」
目をハートにして、立ち去る黒髪ボブメイドを見つめる南を横目に、俺は小さく息をついた。
「ここ、本当に大丈夫だろうな? 評価とか」
「評価は多分ここらへんで一番いい! 超人気! ああサクちゃんかわええ……」
「だらしない顔だ……」
今南に何かを言っても無駄だろう。
諦め顔の俺に、先程のメイドがもう一度返ってきた。
「言い忘れてたよー、ご指名のメイドさんはいらっしゃいますか~?」
「え?」「は?」
尋ね返すと、メイドはフリルミニスカートを揺らしながらも両手を広げた。
「このメイドカフェの中にいる誰かを一人指名すると、キミたちの専属メイドになってくれちゃいます!」
「えっ何それ! 何それ! 俺、サクちゃんがいいなあー!」
「承知致しましたご主人さま、本日はよろしくお願いします!」
「でへへへへサクちゃあんへへへ」
南が一人とろけている中、俺はぼんやりと店内を見回す。
「専属メイド、ねえ……」
「決まりましたかあー? 私でもいいんですよ♡」
「ご主人さま、私!」
「私が専属メイドに!」
と、視界に華やかなメイドたちが飛び込んできて、俺は慌てて身を引く。
急に積極的だな……!? てか何人いるんだメイド!
「決められないようでしたら、こちらが勝手に決めちゃいますよご主人さま?」
「ぐぬ……!?」
正直誰でもいいのだが、ここでにぎやかなメイドに当たってしまうと、かなり面倒だ。
俺はハプニングを防ぐため、急いで店内を見回し――
「あっ、あの子! あの子で!!」
「……えっと、まつりの事ですか?」
店の隅っこにいた、おとなしそうなメイドを指さすと、メイドたちが怪訝そうな顔をした。
「まつり……うん多分そう、長い黒髪の子ね!」
途端に騒然とするメイドたち。
「え……っ、なんでまつり!?」
「あの子、これまで一回も指名されたことないんだけど!?」
「ご主人さま、本当の本当にあの子ですか!? あのメイドは地味……こ、こほん、かなりおとなしい子ですけど!?」
もう一度確かめられ頷くと、メイドたちは青い顔のまま、そのおとなしいメイドを呼ぶ。
「まつり、ご主人さまがお呼び!」
「……っ!? えぇえ!?」
店内の隅っこでぽつんと立っていた、まつりと呼ばれたメイドは、小動物のようにびくっと身を震わせ目を見開いた。
「急いで!」
「はっははははい!」
メイドは転びかけながらも、拙い足取りでこちらへ近づいてくる。
それだけで、メイドに慣れていないことがありありと伝わってきた。
メイドは俺の目の前まで近づいてき、視線を彷徨わせながらも一礼する。
「わっ、私をご指名ですか、ごごごご主人さま……っ!?!」
「よ、よろしくお願いします」
しどろもどろになりながらも返事をすると、他のメイドたちが慌てたようにして頭を下げ、去っていってしまう。
「「「ご、ごゆっくりどうぞ!」」」
「…………」
「……あっ、あの、えっと、えっと」
二人きりになり、メイドは頬を真っ赤にさせたまま、わたわたとせわしなく視線を彷徨わせた。
特に話すこともないので、俺はそのメイドを観察する。
青白い肌に、肌の露出の少ないクラシカルなメイド服。
メイド服は、白いフリルに黒の地。周りに比べると、かなりシンプルだ。
黒髪はすとんと腰まで伸び、頭にはホワイトブリムがつけられていて、男心を刺激する。
顔はあどけなく、薄めのメイクだが、ぱっちりとした瞳や整った鼻筋、綺麗な肌から、元がいいのだとわかる。
「……っっ」
――通算、めちゃくちゃドストライク、だった。
食い入るようにして見つめていると、メイド――まつりは、みるみるうちに頬を真っ赤にさせた。
「あっ、あああの、そんなに見つめられると……照れちゃい、ます……!」
「……!!!」
かわいい声でそう照れるまつり。ものすごく、最高にかわいい。
これは作ってるのか!? てかこのおとなしい性格も作ってる!? そうなのか!?
「ご主人さま、料理ができましたよー!」
と、他のメイドがパンケーキとスムージーを運んできてくれる。まつりはあわあわしながらもチョコペンを受け取り、パンケーキの上にチョコを出す。
「お、おいしくなーれの魔法を、かけちゃいます! おお、おいしくなーれ……っ!」
「かは……っ!!」
かわいさに心臓を射抜かれ、俺の心臓がばくばく鳴っているのを感じる。
まつりは一生懸命ハートを描こうと試行錯誤するが、なかなかうまくいかず、結果歪な形がパンケーキの上に描かれた。
「ごっ、ごめんなさい……っ!! わわ私、不器用で……っ」
「ぐは……っ!!」
と、さらさらの黒髪を揺らしながらも頭を下げてくるまつり……男心にぐさぐさと刺さってくる。
「だ、大丈夫、おいしそうだ」
「あ、ありがとうございます……!」
途端にぱあっと顔を輝かせるまつり。かわいすぎて、涙さえこぼれてきそう。
「じ、じゃあ……あーん!」
「ふぐ!?」
と、慣れない手つきでパンケーキを切り始めたかと思うと、まつりは俺の口に一切れを運んだ。
が、カットされたパンケーキがかなり大きく、俺は飲み込むのに苦労する。
「ごっごめんなさい、大丈夫ですか!?」
「はいひょうふ、ほいひい」
心配させないようにしてにっこり微笑むと、まつりはまた安心したようにしてほほ笑んだ。……マジ天使。
まつりが切ってあーんしてくれるパンケーキはかなり美味しく、俺はあっという間にパンケーキを食べ終えてしまった。
「ごちそうさまでした……美味しかった」
「ほほ本当ですか? よ、よかったです!」
ああかわいい、動作一つ一つがかわいい。なんだこの生き物。俺と同じものだとは思えん。
俺がスムージーを飲みながらもにやにやしていると、まつりが心配げに俺の裾を引いた。
「あ、あの。質問があって」
「何でも聞いてくれ!!」
俺がわくわくしながらもまつりを見上げると、まつりはものすごく不安そうに俺を見た。
「あの……どうして、私を選んでくれたんだろうって」
瞳は怯えたようにして震え、手は小さく震えているように見える。
俺は安心させようと、優しくほほ笑むよう努力する。
「なんでってそんなの、ま、まつり……ちゃんが、一番かわいかったからね」
「……っ!!!」
しどろもどろになりながらも、俺は慣れないセリフを言う。
「……? まつり、ちゃん?」
返事が返ってこず、俺が不安げにまつりを見上げると――
そこには、真っ赤な顔をしたまつりの顔があった。
「えっ、あ、え?」
「ご、ごめんなさ……っ」
まつりは恥ずかしくなったのか、ばっと顔を覆って隠してしまう。
「そ、それに、一番気が合う気がしたというか……凄く落ち着いてるように見えた」
「ひぅ……っ」
「俺の中では、メイドたちの中で一番かわいいよ?」
「も、もうやめてください……っ、どきどきしちゃいます」
メイドは恋愛禁止なんです、と言いながらも照れたように微笑むまつり。
……俺の脳は、限界を迎えたようだ。
俺の手はゆっくりまつりの方へと伸びる。
「まつ……」
「綾斗ー、帰るよー!」
「はうっ!?」
まつりの頬に伸びた手がまつりに触れる前に、ぐいっと体を引かれ、俺は危うく転びかけた。
「って、南!?」
「料理を食べ終わったら、すぐに帰る仕組みなんだって……ううサクちゃん……」
まじか……って、そりゃそうなのだ。メイドカフェでの時間は有限だ。
俺が歯を食いしばっている中、段々と混んできた店内から、いろんな会話が聞こえてくる。
「ミキちゃん、今日もかわいかったよ! はいお駄賃」
「きゃあ、いいんですかあ~? ミキ、今日も頑張れちゃう!」
「……お駄賃?」
「あ、渡せる感じなんだ! 俺、サクちゃんにあげてくるっ!!」
と、南は慌ててサクちゃんを捕まえに駆け出していく。
俺は、まだ横で立ったままだったまつりに向き直った。
「お駄賃あげるからちょっと待ってな」
「!! お駄賃!?」
と、口をぱくぱくさせるまつり。まさか貰えるとは思ってなかったんだろう。不慣れさがかわいすぎる。
俺は財布を開け、ちょうど昨日もらったバイトの給料に手をつける。
「サクちゃんサクちゃん、はいお駄賃!」
「ええ~いいの~? わあ千円、頂いちゃいまーす♡」
先程の黒髪ボブメイドは、慣れた手つきでお金を受け取っている。きっとこれからも、沢山の人から受け取るんだろう。
でもきっと、この後まつりは、店内の隅で立ち続けるのだろう。こんなにもかわいくて癒しなのにも関わらず。
なぜか怒りがわき、さらに不憫に思え、俺は気が付けば、財布の中の全財産に手を伸ばしていた。
「まつりちゃん、はい、お駄賃だ」
「へ……っ、えええええええええ!?!」
その絶叫で、他のメイドたちがこちらを見る。そして、
「「「な、何その札束!?!」」」
まつりの手に握らせた札束を見て、一斉に悲鳴を上げた。
そう、これは千円なんかじゃない。
これは……十万円、なのだ。
ゼロの数が圧倒的に違う。
「むむむ無理です、無理です、受け取れません!」
「いいんだ、三年前からお小遣いはためている。使い道がなかったが、こうして生き甲斐ができた」
「なんですかその生き甲斐!?」
わあわあやっていると、入ってきたお客さんが困ったようにしてこちらを見ているのを感じる。
これはまずい、この店の評判を落としかねない。
「じゃ、ま、受け取って! おい南、行くぞ」
「いやお前、十万円はさすがにやりすぎだぞ!? さすがに……」
「いいからいいから」
俺たちは注目を浴びる中、レジカウンターでお金を払い、店を後にした。
外に出ると、辺りはすでに暗くなってきていた。先程の暑さは消え、代わりに涼しげな風が吹いている。
「お、おい、綾斗……お前バカなのか? 今日初めて会ったメイドに、十万円なんて!?!」
「あれが運命の出会いだったからいいんだ!」
「はあぁああ!? お前あんなに乗り気じゃなかったくせに、どうして」
俺を恐々とした顔で見つめてくる南に、俺は得意げに、空に拳を突き出してみせた。
「よし決めた、南、明日から毎日ここに通うぞ!!」
「はああぁあぁ!? ま、まあいいんだが、いいんだけどよ……綾斗、本当にどうしちまったんだああ!?!」
俺は興奮で頬を高揚させながらも、へっぴり腰になって驚く南の手を引いて、帰路についたのだった。
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