捨て犬と人狼

「ほら見たことか!やはり俺はハメられたんだ!」


「まあ、そういう事にしておこう。」


 顔を真っ赤にしてテーブルの上のものをはたき落とすドボールさんに、シリウスさんは冷たく言い放つように言った。


 抵抗しようと思えば抵抗できたはずなので、なんともですね。


「ともかく、何らかの計画があって行われた事なのでしょう」


「白魔女さん、これからどうする?もうすぐ夜だ。人狼のまま出歩いたら、さすがにリバーミルの人らに石を投げられそうなんだが」


「うむ、だろうな。」


 頷くドボールさんに私は小首をかしげた。


「ドボールさんはあまり人狼に偏見が無さそうですね?」


「ハッ!話の通じる奴かそうでないかくらい、においでわかるわ!兄弟団に同じようなヤツがいたからな。仲間にも敵にも人狼はおったわ」


「おや、ドボールさんが居た傭兵隊は、人狼にまで寛容だったのですね」


「そうとも。人間だっていうのが取柄の奴より、仲間と盾を並べて、ビビらずに槍を構えられるヤツのほうが兄弟団には必要だ。人狼なんて大した問題じゃない」


「そいつぁ嬉しい話だ。もっと前に出会いたかったね」


「お生憎様だが、とっくの昔に解散したよ」


 はぁ、と口をつく捨て犬さん。

 ちょっと、いや、かなり本気で残念そうですね。


「リフテンブルグの沼で出会った人狼、話の通じん方のヤツは今でも覚えとる。野郎目が腐ったオリーブみたいに真っ黒で、泡を吹いておったな」


「呪いの方の人狼症、その末期の症状ですね」


「うへー」


「ありゃあ誰だって見りゃわかる。ヤツは子供をさらって生きたまま肝を食らっておった。それに比べりゃ捨て犬、お前さんは十分マトモだよ。好きにはなれんが」


「お互い気が合うようで何よりだ」

「ハッ口の減らねぇ奴だ」


「それで、この問題を解決したら、メイビルの通行証を頂けるのですね?」


「ああ、約束しよう」


「そうだ、白魔女さん。さっき言った呪いの~とかの人狼の違いって何?前ちらっと聞いたような気がするけど、詳しい話はまだだったよな?」


「ちょっと長くなりますよ?」


「いいよ、ロウソクと暖炉のマキはドボールのだし」


「捨て犬、お前いい根性してんな。」


 お二人、意外とウマが合うのではないでしょうか?

 まあ続けましょう。


「人狼症にはいくつか種類があります」


「まず疫病のようなタイプですね。人狼の様に振る舞いますが、人狼化はしません。そして水を恐れるなど正気を失って、必ず死亡します。そして唾液や血液を通して他者に伝播します。」


「なんだかとても危なそうに聞こえるな」


「フゥム……俺が話した奴に似ているな?」


 ドボールの言葉に私は頷いた。

 そう、彼の話に出てきた人狼はおそらくこのタイプだ。


「ええ。人狼症の中で最も危険なタイプですね」


「つぎに、何者かに呪いを受けたことによって発生する人狼症ですね。こちらは前者よりは危険ではないです。あくまでも前者と比較して……ですが」


「おとぎ話なんかによくあるタイプか?」


「そうですね。このタイプの人狼は、昼間は普通の人間として生活しますが、夜になると人狼化して、制御不能の獣として振る舞います」


「そして次の日の朝、口の中にのこる血の味に気付いて、次第にその精神を病んでいきます。多くの場合、まず人狼の犠牲になるのは、彼の家族や知人ですから」


「そうなったら確かにやりきれんな。人を襲うようになるのも、わからんでもない」


「最後に部族や血縁に由来する人狼化です。シリウスさんのタイプですね?このタイプの人狼化は、前に並べたものたちと、すこしおもむきが異にします」


 「というと?」そう疑問を口にしたシリウスさんに対して息を継いで答える。


「人狼化はある大枠の一部なのです。その大枠とは部族のルーツや守護する存在である「祖霊」に変化できる存在を指します」


「『部族のルーツへと変化できる存在』がいた。そしてそれが『たまたま狼の姿』を取っていたということです」


「部族や血縁に由来した存在、つまり一族の祖霊の姿は、人狼に限らないからです。カラス、クマ、ヘビ、そう言ったものが存在します」


 暖炉に新しい薪を放り込んでいた彼は、腕を組んで「うぅむ」とうなった。


「獣に変身できる奴らが居た。それがウチの先祖で、たまたま狼だった。それだけの話ってコトでいいのか?」


「はい。シリウスさんが邪悪な人狼と扱われてしまうのは、前者のイメージに巻き込まれているだけの、いわば事故のようなものなのですね」


「……治すとかそういう話じゃなくなってきたな。ひとつ気になるんだが?」


「なんでしょう?」


「人狼になる呪いとか魔術があるだろ?それの元ってうちの一族が変身する……そのなんだ、魔法的な理屈を使い回してるとか、そういうのってないか?」


「断言はできませんが、流派や由来によっては、そういうものもあるかもしれませんね?何か気になる事でも?」


「いやなに、治療法を探し出そうとして研究して、そこから生まれたんじゃないかなって、ふと思ったんだ」


「……なるほど」


「ともかくだ、お前らは今日は泊っていけ。捨て犬は……馬小屋にでも突っ込んでおこうと思ったが、馬が怯えそうだな。客間をつかえ。クソすんなよ」


「犬扱いすんな!」


「ともかく詳しい調査は明日からですね……対岸でドーキンさんと、その魔女とやらの様子を調べるとしましょう」


「ああ」


★★★

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