第7話 遅れて現れたヒロイン

「藍子、どういうことだよ!」中肉中背、顔もごく平凡な男子高校生が怒鳴り声をあげた。

「アキラ、別れようと言ったじゃん!いい加減にしつこいよ!」

藍子は苛立ちを隠そうとしなかった。まるで張り合うように大声をあげた。

なるほど、藍子の元彼氏が目の前にいる男子高校生というわけか。蓮は状況を整理しながら次の行動に移った。

「アキラ君だっけ?藍子は今、俺と付き合っているだ。藍子に付き纏うのはやめてくてるかな?」

相手が高校生なので、蓮はわざと落ち着き払い、余裕があるフリをした。

「水瀬さん、それは逆効果です」真乃の声がイヤホンに飛び込んでくる。

「逆効果って・・・そもそも真乃ちゃんはどこにいるの?」

「おい、お前、舐めているとぶっ殺すぞ」

アキラという高校生は、ボクシングをするような構えをとった。

シュ、シュ、シャドウボクシングをするように右、左と拳を伸ばし、ステップまでとっている。

ただ、蓮にはアキラがボクシング経験者でないことがすぐにわかった。大学にはボクシング部に所属している友達がいるし、試合も観に行ったことがある。

要するに、いきがっているだけだ。ただ、一見普通に見える男のほうが何をしでかすかわからない。


「真乃ちゃん、何かアドバイスってないのかな?」

「え、ちょっと待ってくださ。えーと、水瀬さん、言い難いんですけど。彼のパンチを避けないでください」

「え?避けちゃダメなの?」

「私なりに考えていることがあって・・・」

真乃の考えが蓮には汲み取れなかった。

「ちょっと待って、何を考えているの?」

「おい、お前、誰と喋っているんだよ!」

蓮と真乃の会話の最中に耳を赤くしたアキラが一歩踏み出して蓮に近寄った。ストレートなのか、フックなのか、それともアッパーなのか、どう避ければいいのかわからない。

「おらっ!!」

「おいおい!危ないって!」蓮は上半身を左にくねらせて、アキラの攻撃をかわした。やはりボクシングの真似事だ。パンチが大振りで隙がだらけだ。

「くそが!!」

勢いだけ、いいや、勢いしかないアキラのパンチは虚しく宙を舞う。

これでは防戦一方だ。だが、ここでやり返すと話がややこしくなるし、真乃から避けないでくれと言われている。「はあ」蓮は溜め息を吐くと顔を覆いつくすように両手でガードのポーズを作った。

「こっちがガラ空きだよ!おっさん!」

蓮の左の脇腹に鈍痛が走る。こいつ、本当に殴りやがった。蓮は左の脇腹を押さえながら地面に膝を付いた。


「はい、そこまで。全部動画に撮ったから。これって暴行だよね?警察や学校に証拠として提出するけどいいの?」

蓮の左後方にあるパチンコ屋の看板の裏から、スマホを横にもった真乃が突然、姿を現した。

「真乃ちゃん!」

「藍子ちゃん、大丈夫?」

「なんだよ、お前らグルかよ、汚ねえことをしやがって」

「もうやめて!藍子ちゃんが迷惑しているって気がついてよ!」

真乃はスマホをアキラに向けて語気を荒くした。

「あー、ムカつくな」アキラはそのまま真乃の横を通り抜けて駅の方向へ向かって歩き出した。

「真乃ちゃん!怖かったよ」藍子は泣きそうな顔で真乃に抱き着いた。

「でも、どうして真乃ちゃんがここにいるの?」

「ええと、偶然、藍子ちゃんの姿を見つけて追いかけてきたら、なんだかとんでもないことになっているから、急いで動画を撮り始めたんだ」

「本当に、本当に、ありがとう」藍子は緊張の糸が切れたのか、泣き出してしまった。

「私は偶然居合わせただけだから。それよりも怖かったでしょ?もう大丈夫だから。それと藍子ちゃんのスマホにさっき撮影した動画を送るね。もう大丈夫だとは思うけど念の為に」

「うえーん、真乃ちゃん」


2人の女子高生が友情を確かめあっている間、蓮は脇腹の痛みに耐えながら、その光景を黙って眺めていた。

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