第六章 ほんばん!

第1話 春季大会の朝

 五月二十四日土曜日。快晴。春季大会当日の朝が来た。


 会場である交野山の最寄り駅はJR学研都市線の津田つだ駅。楠木くすのき高校のある楠木駅から北に向かって五駅。朝九時、駅の改札に集合。ユニフォームは着てきたが、まだ肌寒いような気がするのと、一人で着るのは恥ずかしいので上からジャージを羽織っている。


 ゴールデンウィークが終わってからこの日までは、修行で学んだことを生かしながら練習したり、再び交野山の下見をしたりして過ごした。イメージトレーニングも十分したはずだ。それでも何だか緊張する。


 いつもより張り詰めた空気……なのはあたしだけで、先輩たちは割といつもどおり。


「なんや、そら。緊張しとるんか?」

 卓美たくみ先輩があたしに話しかける。

「え、そう見えますか?」

「まぁなー」

「そうかもしれません」

「まぁ、万一道に迷っても、ちゃんと捜索したるから、心配すんな」

「いや、そういうことでは……」

 否定しつつも、そういうことでもあるかもなーなどと考える。いや、そうじゃないんだけど。


「天さんが気負うことはありませんよ。卓美が勝手に巻き込んだようなものですから……」

 りん先輩がそっとフォローしてくれる。


「そうそう。リラックスしていこな~」

 風子ふうこ先輩がポンポンとあたしの頭に手を置く。なんだかちょっといい香り。


「どうせ勝つのはオレらやしな。さ、行こうぜ」



 津田駅から線路沿いに南下、左に曲がって高速道路の下をくぐる。前方に見える発電所の敷地に沿って歩いていくと、沢が見えてくる。森の手前には神社がある。ここが山の入り口だ。


 道なりに進むと広場と東屋がある。そこが選手たちの集合場所となっている。

「こんにちは~」

「ちわっす」

「こんちは」

 他校の生徒たちとあいさつを交わしながら、適当な空きスペースに陣取る。


「ほな、先生に到着報告してくるわ」


 東屋には各校の顧問教師が集まっているようだった。我らが古文教師・本田和子ほんだかずこ先生の姿もある。帝王寺ていおうじ高校の日本史教師・中田史子なかたふみこ先生の姿がひときわ目立つ。オフィシャルな場でも例の元ヤン風ジャージファッションだった。


 部長がそちらへ駆けて行った。


「お、楠木高校オリエン部集合ですか」

 オリエンテーリング春季大会女子の部……のはずなのだが、少年の声。


「あら、あなたは……」

 風子先輩の振り返った方を見ると、そこにはクラスメイトの畷大地なわてだいちくんの姿があった。


「ども。楠木高校新聞部です。大会の取材に来ました!」

 森の中に似合わぬ学ラン姿。そろそろ暑くない? デジタルカメラとタブレット端末をその手に持っている。


「一人で女子の大会覗きに来たの? ある意味勇気あるね」

「しゃーないやん。新聞部員は手分けしていろんな部の大会を取材しに行ってんねんから」

 引き気味なあたしに、言い訳をする畷くん。


「女子の大会だからと言って、男子禁制ではないですからね。男の顧問の先生もいらっしゃいますし」

 燐先輩が優しくフォロー。


「それに、新聞部のデータベースが役に立つと思うで」

 畷くんは言いながら、タブレットを操作。


「たとえばあちらに見えるは堺市の府立大仙ヶ丘だいせんがおか高校。部長は坂井美邦さかいみくにさん」

 背中に鍵穴をひっくり返したみたいな校章をつけた四人。そういえば大阪には有名な前方後円墳があったような気がする。「気がする」なんて言うとあちらの日本史教師に怒られそうだが。


「そのお隣は天王寺区にある府立香月こうづき高校のみなさん。部長は高木津笠たかぎつかささん」

 こちらは桜の花を模した校章。校章が可愛らしくてちょっとうらやま。


「続きまして府立中津川なかつがわ高校の部長喜多乃音きたののんさん。学校は淀川区にあるで」

 喜多が苗字で乃音が名前。先輩なのだろうけれど、小さくてかわいい。背中の校章は六芒星。


「そして都島区にある工業高校、市立雛島ひなじま工業高校。部長は小島こじま宮子みやこさん」

 なんだかいかにも理系っぽい集団。歯車の校章。工業高校で女子を四人集めるのはなかなか大変だろうな。偏見だけど。


 オリエンテーリング部のある高校は進学校が多いらしく、メインのメンバーは二年生ばかりのようだった。あたしみたいに一年生が入っていることもしばしば。


「なんや、新聞部の一年生か」

 そこで卓美先輩が戻ってくる。

「はい。山川さんと同じクラスです」

「その情報、どうでもよくない?」

「そうかそうか。ほなその調子で天に一通り他校のメンバーを紹介したってくれ」

「了解っす……それではここから変化球系になるんですが」


 変化球は失礼では? と思いつつ、でも変化球と形容せずにはいられない集団がいくつかあった。


「東大阪市にある私立華園はなぞの大学附属高校、通称華大附属はなだいふぞく。大学付属で受験がない生徒もいるので、部長は三年生。鰍沢かじかざわみのぶさん。次期部長と言われているのが二年・勇魚いさなゆうさん。ちなみに彼女は、一度走り出したら止まらない『陸のマグロ』という異名があります」

 山の中を走り回る部活動なのに、魚で喩えるとは……ちなみに校章もおさかな。大学の方が魚の研究で有名らしい。ユニフォームはピチピチのウェットスーツに見える。体のラインが出まくりで、陸上で着用するにはやや心理的抵抗がある。

「え、やば……」

「空気の抵抗を減らすという意味では合理的なユニフォームかもしれませんね」

 引き気味のあたしに、冷静な燐先輩の分析。


「あちらは枚方市ひらかたしにあるカトリック系の女子高、私立紅焔こうえん学園。部長は飛沢とびさわ啓子けいこさん」

 そらもうカトリック系でしょうとも……という出で立ち。アニメやマンガに出てくる戦闘シスターといった服装の女子高生が四人。修道服っぽいんだけど、動きやすいようにという配慮なのか下が短いのでコスプレ集団にしか見えない。

「袖に仕込んだ十字架投げてくるとか、魔術を行使してくるとか、そういう系ですか?」

「そらアニメの見すぎやわ~。妨害行為はあかんで」

 興奮するあたしに、風子先輩のツッコミ。


「そして……ちょっと目を合わせるのは怖いんやけど、岸和田市の府立千亀利ちきり高校。部長は車地茉莉くるまじまつりさん」

 畷くんの「目を合わせるのが怖い」というのには同感で、あたしもここに来てからちょっと目をそらしているゾーンがあった。

 さらし法被はっぴというお祭りスタイルで広場の奥にヤンキー座りでたむろしている四人組。部長の車地さんは明るめの茶髪をギュッと高い位置で結び、ハチマキを巻いている。ギャルっぽいというかヤンキーっぽいというか、目を合わせたら絡まれそうで怖いのだ。


「見た目はアレやけど、実は偏差値も楠木高校と同じくらいやし、オリエンの大会ではいつも楠木高校と熾烈な二位争いを繰り広げる実力校なんや」

 畷くんのおそらくは悪気のない説明に、ピクリと反応する怖めの女子が二名。


「熾烈な二位争いってどういうこっちゃ。お前はどこの味方やねん」

 これは卓美先輩。


「見た目はアレって聞こえたけど、どこ見て言うとんねんあぁん?」

 ポケットに手を突っ込んでオラオラと歩いてくる車地先輩。口元にはたばこ……ではなくチュッパチャップス。オリエンは頭も使うから、糖分補給も大事だよね、うん。


「ひぃぃすいません……アッ」

 小さくなる畷大地くんが何かに気づく。怖いお姉さん方の注意を逸らすためではなく、本当に何かに気が付いたらしい。


「チッ、いちばん最後にお出ましか」

 車地茉莉先輩はチュッパチャップスを人差し指と中指に挟んで言う。彼女の千亀利高校とうちの楠木高校が二位争いをするということは、不動の一位がいるということ。


「ご存じ、帝王寺高校や」

 青の持田国恵もちだくにえ、朱の増井長谷子ますいはせこ、玄の多々良亜門たたらあもん、そして白の広瀬藍ひろせあい。帝王寺高校四天王を先頭にして、若干異様な空気を発する一団が入場する。


「オリエンテーリングの高校生大会は四人で1チーム。同じ学校から複数のチームを出してもええねんけど、それができるほどの部員数を抱えてるのは、大阪では帝王寺のみ」

 畷くんがスラスラと解説を続ける。姐御たちから注意を逸らそうと必死……という側面もあるのかも。


「てことは、後ろに従えているのは二軍三軍ってこと?」

「せやね」


 二軍三軍の面々も、あたしから見るとかなり強そう。四天王ほどではないものの、十二分に筋骨隆々だ。あれらを押しのけていきなり四天王に抜擢された広瀬藍ちゃんっていったい……。

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