003 胡蝶×信長

 一五四八年センゴヒャクヨンジュウハチネン四月、織田信秀おだのぶひで今川いまがわ松平連合軍まつだいられんごうぐんとの第二次だいにじ小豆坂あずきざかの戦いで、大敗たいはいを喫する。

 胡蝶こちょうちち美濃国みののくに岐阜県ぎふけん南部なんぶ)の斎藤山城守さいとうやましろのかみが、駿河国するがのくに静岡県シズオカケン中部ちゅうぶ北東部ほくとうぶ)の今川義元イマガワよしもとむすぶようなことがあれば、織田信秀おだのぶひで尾張国おわりのくに愛知県あいちけん西部せいぶ)は、十中八九じっちゅうはっくられる。

 最早もはや生存せいぞんみち斎藤家さいとうけ織田家おだけ和睦ワボクのみ――その手段シュダンとして、織田弾正忠家おだだんじょうのじょうけから胡蝶こちょう信長のぶなが政略結婚せいりゃくけっこんちかけた。


  * * *


 胡蝶こちょうは、輿入こしい早々そうそう信長のぶなが小刀こがたなを向ける。

三郎さぶろうおこないがわるければ、ブッころがすようめいじられとる」

 三郎さぶろうは、信長のぶなが通称つうしょう

 めいじたのは、胡蝶こちょうちち斎藤山城守さいとうやましろのかみ


 斎藤家さいとうけしゅ織田弾正忠家おだだんじょうのじょうけじゅう関係かんけい構築こうちくされている以上いじょう信長のぶなが胡蝶こちょうやいばけることは出来ない。

 生殺与奪権せいさつよだつけんにぎっているのは胡蝶こちょう


 斎藤山城守さいとうやましろのかみは一五三〇年、 主君しゅくんだった長井長弘ながいながひろおこないがわるかったことを理由りゆうに、夫妻ふさいともに殺害さつがい

 胡蝶こちょう元夫もとおっと二人は死去しきょしている。

 これらの出来事できごと周知しゅうち事実じじつ織田弾正忠家側おだだんじょうのじょうけがわは、信長のぶなが想定そうていし、そして回避かいひ不可能ふかのう判断はんだんしていた。


 信長のぶなが小刀こがたな凝視ぎょうしする。

「ええかたなや。孫六兼元まごろくかねもと業物わざものか?」

 孫六兼元まごろくかねもとは、せき孫六まごろくの名で知られる刀工とうこう

「ようわかったね。三郎さぶろう見所みどころあるわ。ところで織田弾正忠家おだだんじょうのじょうけは、どうなっとるん? うつけもの始末しまつ出来るええ機会きかいやて言われとる」

「俺は土田御前どたごぜんきらわれとるでな。胡蝶こちょうころさせて、勘十郎かんじゅうろう家督かとくがせる手筈テハズやろう」

 土田御前どたごぜん信長のぶなが実母じつぼ勘十郎かんじゅうろう次男じなん織田信勝おだのぶかつ通称つうしょう


「まるで他人事たにんごとやね。それ、うちのメリットあらへんやん。きょうめたわ」

 小刀こがたなろす胡蝶こちょう

「俺の目標もくひょう天下布武てんかふぶ

武力ぶりょく天下てんか平定へいていするか」

ちがう。は、ほこめるとく。目的もくてきは、いくさを止め、泰平たいへいきずくこと」

かぬなら、ころしてしまえ、時鳥ホトトギス

 胡蝶こちょうはなったは、江戸時代後期えどじだいこうき松浦静山まつらせいざんが、信長のぶなが表現ひょうげんするとして書いたもの。

時鳥ホトトギスくのは、縄張なわばりをまもるため。求愛きゅうあい以外いがいかずにごせるのが一番いちばんや」

 眼前がんぜん信長のぶながは、胡蝶こちょういていた人物像じんぶつぞう別人べつじん


 戦乱せんらん身内みうちにまでいのちねらわれている最中さなか泰平たいへいのぞむのは馬鹿ばか――まさに、おおうつけ。

面白おもしろいやん……うちが三郎さぶろうほこになったるわ。三郎さぶろうは、三郎さぶろうがしたいようにしやぁ。やけど、つまらんことしたら、ブッころがすでな」


「俺にはれとるおんながおる」

「それをうちに言ってどうするん? 政略結婚せいりゃくけっこんなんやで、好きにすればええやん」

相手あいては、生駒吉乃いこまきつの一目惚ひとめぼれして、今も生駒家いこまけ足繁あししげかよっとる」

「で、これからもかよいたいと? だまっとればええのに……おしえたら、ブッころがすかもしれんとはかんがえへんの? 三郎さぶろうは、律儀りちぎおとこやね。かまわんよ」

有難ありがとう。胡蝶こちょう一緒いっしょに行かんか。生駒家いこまけは、尾張国おわりのくに運送業馬借をしとる」

三郎さぶろうは、本当ほんとうれとるん? とみ財力ざいりょく情報力じょうほうりょく目当めあてで近付ちかづいたやろ」

最初さいしょはそうやった。でも、一目惚ひとめぼれしてからは本気ほんきや」

「それなら、ええわ。もしもたぶらかしとるんやったら、ブッころがしとったわ。けど、本気ほんきれとるんなら、応援おうえんしたる」

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