第10話 思い出の夜と決断



金森と南とも分かれ無事家に着く。

冷蔵庫を開けると豆腐と野菜、ソーセージ、残った白米が入っている。



「買い物、行かなきゃな。」




そう呟くが行く気にもならない。

残り物で炒飯を作る。こう見えて学生時代から1人暮らしをしていたので家事は一通り出来る。料理も大した物は出来ないが基本的には自炊派だ。




野菜とソーセージを細かく切る。


俺が料理してると後ろから腰に腕を回して俺の作業を見ていた春を思い出す。

「危ないだろ?」

そう言いながら笑いあっていた。そんな背中に感じていた吐息も、今は感じられない。




具材を切り終わり炒め味付けをする。


そういえば、残り物でご飯を作って怒られたっけ。せっかく彼女が来てるのに残り物を使うなって。残り物は味が落ちるから嫌なんだそうだ。


「うまっ…」

味見の為に口に入れた出来たての炒飯が舌の上で俺の味覚を刺激する。




出来た炒飯と豆腐を皿に盛り付ける。今夜は炒飯と冷奴とビールだ。


食器を出すと俺の家に最初に春が来てくれた時、俺が料理してる間楽しそうに買ってきたワインを準備していた春の姿を思い出す。お揃いで買ったワイングラス。そして、お皿、箸、カトラリー。




食卓につき、テレビをつけ、ビールを喉に流し込む。


テレビを見ながらお酒を飲んで下らない番組を見て笑いあってた。テレビについつい夢中になり、ご飯が冷める事なんてザラにあった。いつの間にか飲み物がぬるくなって氷を入れ過ぎて、お酒が薄くなっちゃったりしたっけ。





食事が終わり、食器を洗う。

ネイルが取れちゃうからって、食器洗いは俺の仕事だったよな。




風呂に入り、パソコンを開き明日の仕事の準備をする。

終わるまで待ってるってウトウト眠そうにしていた春の横顔を思い出す。




布団に入り、電気を消す。

俺の隣にあった体温、呼吸、心臓の鼓動。

おやすみって言ってくれる、あの声。あの視線。




「全部、全部…。」

思わず声が途切れる。



嘘だったのか。あれは俺に向けたものじゃなかった。俺ではなく俺のステータスが欲しかっただけだった。それだけの為に作られたものだった。




俺の感じていた幸せは偽物だった。




「全部。嘘だったんだな。」




自分のただ一人の彼女に向けて言葉を投げかける。今は隣にいない彼女に向けて。




カーテンの隙間から見える夜空を眺める。


「現実って残酷だ。」


隣で応援してくれる彼女がいる。それが俺の頑張る理由だった。俺の昇格が決まり、社内でも俺の名前が広まった頃に春と知り合ったんだ。




・・・


俺が行きつけの飲み屋で一人で飲んでたら、偶然俺の横に一人のOLが来た。「五條さんですか?」って言いながら俺の隣に座って来た。それが春との出会いだった。




その日以来、俺が一人で飲みに行くと頻繁に会った。最初は楽しそうに飲む子だなと思っていたが、ある時悲しそうな顔をしてた。人間関係が上手くいかないと泣きそうな顔で相談をしてきた。それからは会社でもよく話しかけてくるようになったんだっけ。




今思えば、きっとあれも春の計画通りだったのかもしれない。




きっと周りは気づいてたんだろうな。春の他の社員への態度や業務態度を知らないのは俺だけだったんだろうな。きっと俺が嬉しそうに春と接していたから周りも言いづらかったんだろう。




「俺ってバカだなぁ。」

天を仰ぎつつ溜め息と共に出た独り言が宙を舞う。そして、こんなにも周りが見えていない程に没頭していた俺にすら、気づかせるチャンスをくれた2人には改めて恩を感じつつ、微睡み(まどろみ)に落ちていった。



・・・

翌朝、もう俺に迷いは無かった。

すぐさま春の元へ行く。



「おはよう。」

「あ、おはよー!」

嬉しそうにこちらに春が寄ってくる。不思議なもので何の感情も湧かなくなっていた。



「昨日渡したペンダントなんだけど、ちょっと見せてもらっていいか?」


「ん?いいよ?」


そう言って春からペンダントをいとも簡単に回収する。


「さだくん、どしたの?」


こちらをじっと見つめてくる。昨日カメラで確認した目線とは違う、確実に媚びた視線だった。そうか、俺はこの視線に落とされていたのかと自分を冷静に分析する。




「端的に言わせてくれ。別れよう。」



春は驚いた顔をこちらに向ける。そして泣きそうな顔をしてこちらを見る。



「え?なんで?なんかした??」



その目も知っている。以前居酒屋で人間関係の相談を受けた時の顔だ。あの相談が本当の事だったかどうかなんて今となっては、どうでもいい事だった。




「俺さ、色々不思議だったんだ。以前からも気になってた事はあった。でもそこまで深く考えてなかった。春のこと信頼してたし、何より好きだったから。」

真剣な眼差しを向けて話を続ける。




「でも今回は違った。見て見ぬ振りが出来なかった。仕事も出来て、周りから信頼もあって。そんな人がなんでこんな外見になっちゃったのかなって。ずっと疑問だった。だから、春の周りの事色々調べたんだ。勤務態度、周りの人への態度、俺への考え、全部。」




「それを踏まえた上で、俺は考えたんだ。別れよう。」



言った。はっきり言った。

自分の気持ちに正直に向き合うことが出来た。肩の荷がおりた瞬間をはっきりと感じた。

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