第67話 敵発見?
「いつから来てたんだよ、梨々子」
「昼前。遥姉にお土産と、あとご飯作ろうかなって。よく寝てたね、こんな時間まで」
「あぁ、ちょっと夜遅かったから」
「今日が休みでよかったね。平日だったら叩き起こしてたところ」
……あれ、美夜がいることには気づいていない?
ということは、黙ってやり過ごすという手もあるんじゃーーーー
ダークサイドに落ちかけて、俺は踏みとどまる。
いや、正直にいうべきだ、間違いなく。
…………それに、梨々子に限って美夜の靴があることを見逃すわけがないのだ。俺の家にある靴くらい、彼女はすべて把握していておかしくない。
「そうしてくれたらよかったのに。細川さんが起きないんだよ」
「なんだ。あっさり言うんだ、つまんない」
やっぱり知っていたらしい。
遊んだのか試したのか、そこは分からなかった。
ただいずれにしても、さすがに悪女を自認するだけのことはある。
「部屋、覗いたのか?」
「まぁね。あのお邪魔虫、すごい寝相でびっくりした。あ、そうだ。帰ったらすぐに洗濯してあげる。匂い取らなきゃ」
「…………もっと怒るかと思ったけど」
「どうせ動画の編集中に寝落ちでもしたんでしょ、二人とも死んだみたいに寝てたから」
ずばずば的中させてくるあたりが、梨々子らしい。
彼女はそれくらい、俺のことをよく知っている。
それに気づけたあたり、逆もまた然りというわけだ。
「ご名答だ。時間が遅すぎて、家に帰せなかったから泊めた。昨日歩きすぎて、疲れてたんだよ」
「そういうことなら、うちで預かったのに」
「……いや、絶対行きたがらないだろうよ。昨日の件もあるし。それにもう、夜中だったから」
「そう、分かった。……それだけ?」
「おう、それだけだ」
本当は少しだけ違うけれど。
昨日二人でカップ麺を食べて話したこと、あの時間のことだけは言えないけれど。
梨々子は何か知ってるふうだが、これは可愛いカマかけだろう。
いくら隣の家とはいえ、あの時間だ。
まさか聞かれてはいないだろう。
俺はきっぱりと答えて、目を瞑った。片目を開ければ、梨々子が頷いている。
「じゃあ髪、直してきて」
「……やっぱり爆発してる? いや、予感はあるんだ。この感じは暴れん坊だって」
「うん、かなり激しい。頭洗った方がいいかも。セット、やってあげようか」
「そんなことくらいできるっての」
本当の母親より、ずっと母親みたいだ、我が幼馴染は。
そう思いながらも素直に聞いてしまうあたり、俺も子供っぽいのかもしれない。
あくびをしながらも洗面所へ向かうため、廊下へ出ようとしたときだ。
「おはよー、起きたらいないからびっくりしたよ。なにしてるの? 遥さんとごはん?」
目を擦りながら、彼女は現れてしまった。
今にもう一度寝そうな顔で、回りきらない舌で言う少女は、細川美夜だ。
サイズが少し合わなかったのか、寝巻きのズボンは少し床に擦っていた。少しふらふらと身体を左右に揺すっている。
「えっと、……その大丈夫か? なんか不安定に見えるけど」
「朝は弱いの。ほんと、まじで弱いの。低血圧で」
「それはなんていうか……ご飯のせいだろうな、たぶん」
寝起きの美夜は、新鮮だった。
大人だとか、余裕があるとか、いつもそんなふうに評価されている彼女を思うと、まるで別人みたいに幼い。
が、その無垢な瞳が、獲物を見つけた猫みたく一気に大きく見開かれた。
やっと梨々子の存在に気付いたらしい。
「な、なんで、日野さんここに……?」
敵発見、みたいな。それくらい、一気に纏う空気が変わっていく。
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