第54話 しょうもない美夜だって知ってる。


大内さんがその切れ長の茶色の目で、俺たちを鋭く捉える。その瞳はバレーボール部エースらしい、勝負師の瞳だった。

言い逃れなど、もう通用しないだろうと思わせられる。


追い込まれて、俺は思考を整理した。


まぁ、ファンになってくれたこと自体は、ありがたいことこの上ないのだ。

言いふらさないでいてくれれば、彼女にバレるのもやむなしか。


隣では美夜も苦笑していた。こうなったらもう、言うしかなさそうだ。


「あの、実は俺た……」


口を開きかけたのだけど、


「すごい偶然です! うち、感動してるかも……。写真とってもいいですか!? お二人の写真!」


大内さくらのコメントは、予想の斜め上からだった。


ぽかんとして、俺はしばし固まる。大内さんは、そんな俺を不思議そうに見ながら、カメラの調整をはじめていた。


明るく高い笑い声が美夜の方から発される。

彼女はフラペチーノを横手において、腹を抱えていた。


「あは、あははっ、なにそれ〜! ちょっともう、ウケるよ、さすがに。やっぱり伊達じゃないね。『大内は変態』ってバレー部のみんなに言われるだけあるよ」

「う、ウケないでください! 変態じゃなくて、推しに真剣なんですよ、うちは。まずお二人で、そのあと、うちも混ぜて三人で撮りましょう!」


大内さんはそう言うと、デジカメのレンズをこちらへと向ける。


俺は慌ててスプーンを手にして、注文したぜんざいの白玉を意味なく掬って見せる。


日陰者の俺がただ映ってる写真なんて、面白くなさすぎるだろう。せめてもの、カメラサービスのつもりであった。


「あ、山名くん。もう少し美夜ちゃんの方に寄ってください」

「……こう、か?」


俺は距離感をはかりながらも、彼女の方へ少し、頭を傾けるが、まだ足りないらしい。

もうちょっと、とさらなる幅寄せを要求される。


それでも躊躇っていたら、美夜の方からぐっと間合いを近づけてきた。

そこでシャッターが切られる。


何枚か撮ったあとは、店員さんにカメラを渡して三人で映る。


「あら、三角関係!? いいわね、若いって~。あ、お姉さんも混ぜてくれる?」


なんて余計な茶々を入れられたせいで、頬が引きつったのは、なかなかに理不尽だった。の後、なぜか本当に店員のお姉さんまで混ざって、四人での写真も撮らされる。


写真の収まったデジカメを確認して、大内さんは頬を緩める。


「ありがとうございます! いつか『日夜カップルチャンネル』の本物さんに会うことがあったら、今の写真見せてもいいですか? 同名の子たちなんです! って」

「あぁ別に勝手にしてくれよ」


……って、その本物が二人揃って目の前にいるんだけどな?


幸い、その事実に大内さんが気づくことはなく、無事に撮影が終わる。



至るまでの過程はめちゃくちゃだったが、落ち着いた先は、高校生らしいワンシーンだった。

少なくとも、俺の暗めのハイスクールライフにおいては、この先を考えても上から数えて10番以内に入りそうな青春イベントだ。


俺が密かに感慨に浸っていると、大内さんがお手洗いのため、席を外す。

と、肘先を爪でちょんとつつかれた。


「山名ってばカメラ映り悪すぎ。なに照れてんの、撮られ慣れてるでしょ、いつも」

「それは動画の話だけだろー」

「まぁね。でも、ほらカメラの前って条件は同じじゃんか」


「他人に撮られるのも初めてだったからかな。……それに、視聴者さんだったわけだし」

「ほんと、びびったよね。しかもあのコメント、委員長のコメントだったなんてほんと面白い。それに、なんかやる気出てきたかも」

「その気持ちは、分かるよ。こうやって知ってもらえるようになるって、嬉しいもんだな」

「うん、だね。よーし、こうなったらもっと頑張らないとね? 恋人の練習も」


美夜は俺のスプーンを取ると、あんこを乗せて、こちらへ差し出す。


動画に本気になる、と決意した以上、これも大事な試練の一つだ。

まだ大内さんが戻らないのを確認してから咥えようとしたら、


「ん、甘っ! あんこもいいねぇ。抹茶にも合うかも」


スプーンは美夜の口に吸い込まれていた。


「なぁに、あーんでも期待した?」


また、してやられてしまったらしい。

美夜はスプーンを口から出したあと、そのラメの乗った薄桃色の唇の奥、少しだけ真っ白な歯を見せる。


これがカースト上位に、自然体で君臨する女子たるゆえんだった。彼女は今、遥か高みからわざわざ降りてきて、下民たる俺を弄んだのだ。


日陰者の意地として、一矢くらいは報いたかった。


「…………間接キスだけど、それはいいのかー」

「え、あ、ほんとだ……。う、う……こ、このスプーンはなし! もう使わせないし、今のは忘れて、ほら1、2のぼかん!」

「いや、ぽかんだろ、せめて……。ぼかんだと、俺、爆発してるから」


まぁ、こうしてしょうもないことで焦る彼女も最近になって、知ったのだけど。


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