第55話 私を見て。可愛いから。
「さっきから、こそこそなにやってるのー? スマホ見ないで前見て、景色見て。もしくは私見て。可愛いから」
「……また、えらく自信満々だな。でも、うん、知ってる。可愛いな、今日はまた一段と」
ふざけ合った流れの中で言ったが、紛れもなく本音である。
今日とて、細川美夜の美しさは燦然と輝き、その可憐さは、この嵐山の人混みの中でも群を抜いていた。
青みがかった髪はこっくりと深く魅入られるように艶があり、その白磁のような肌は降り注ぐ春の光を惜しげもなく弾き返す。
制服を着ていても、細かなオシャレは怠っていない点もさすがだ。
ちょっと折られた袖、奥から覗くシャツは少し大きめで、萌え袖状態。ハートの揺れるバングルが右腕には巻かれており、細い手首を強調していた。
たぶん誰が見ても、問答無用で可愛い。すれ違ったときに男が振り向く確率、7割以上。だから俺の感想も、本音そのもの。
……なのだけど、寄越されたのは不満げな視線であった。
「今適当に流したでしょ。というか、スマホなんていじってたら本当に置いていかれるよー。委員長、どんどん先行っちゃうし」
見れば、大内さんは確かにずいぶん先を歩いていた。
カメラをあちこちに振って、近くにいる外国人観光客が引くほど、シャッターを切りまくっている。
ごめん、と謝れば、美夜はため息を一つついた。
そのすぐあと、どういうわけか俺の手を握ってこようとする。
意図が読めず、その場で立ち止まり俺は逃げを打った。
「な、なんのつもりだよ。この辺は生徒たちも多いし、今はそういうのは――」
「片方塞いだら、スマホもしなくなるかなぁと思ったの。優しい美夜ちゃんの寛大な計らいだよ。
どうせ、また日野さんに連絡してるんでしょ。そういうの見たらさ、彼女としては複雑じゃん? やめてくれないなら、手を私に差し出しなさい」
「…………彼氏彼女は動画の中の話だろ」
「お決まりのツッコミはもういいよ。で、私の予想当たってる?」
こくり、俺は首を縦に振った。
まぁ彼女にとっては予想しやすい話だったろう。
普段の動画撮影時から、俺が頻繁に梨々子と連絡をとっていることを、美夜は一番そばで見てきているのだから。
「……まぁな。買ったお土産と場所、逐一報告するって話になってるんだ」
「なにそれ〜、ほとんどお母さんじゃん。そんなことする意味わかんないし」
「うちの姉に買ってくお土産被ったらまずいからな。これで意味分かったか?」
「分かんない。遥さんのことはともかく! 少なくとも、現在地の報告する意味なくない? 分かんない、分かんない~」
彼女は口を尖らせて、逃げる俺をなおも捕まえんとする。俺が、再びそれを避けると、美夜は口を尖らせた。
「なんで! 逃げないでよ」
「意地になるなって。それに、もうすぐ竹林に着くし……」
「それ、なんの関係があるの」
関係大ありだ。
ポピュラーな観光スポットだから、他の生徒たちが見ているということもあるが、それは主なものではない。
少し前方に、同じ制服を着た集団を見つける。なにやら少しもめていると思ったら、
「ねぇそろそろ次行かない? 日野~、そんなに竹林気に入ったの? たしかに心落ち着くけどさ」
「そうじゃなくて、ちょっと待ってる人がいるから。……あ、きた」
俺が待たせていた人物、幼なじみ・日野梨々子がそこにいた。
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